異常な個体との戦闘
民家の陰から覗いて見た人型の魔物の背は大きく、筋肉量が異様に多い。所々血管が浮き出ている。僕が持ち上げられないほどの瓦礫を軽々と持ち、脇に放る。
ここからでは何をしているのか分からなかった。何かを探しているのか。背から必死さが滲んでるようだった。執着のようにも見える。あんな魔物は初めて見た。
「ミア、攻撃はまだ控えたほうが良さそうだと思う。」
「ええ。私たちじゃ相性あまり良さそうじゃないもんね。」
ミアの言うように、相性は悪そうだった。
僕の槍でどこまで貫けるか、突き刺した後、すんなり抜けるか、一番恐ろしいのは十分に怯ませられずにそのまま反撃される事。突き刺したまま、槍を手放してしまうこと。それが最悪の展開だった。それだけは避けないといけない。
矛先で斬り回避するイメージが上手く浮かばない。どう戦うか考える。
ミアの弓は強力だが、じりじり削るような戦いになると予想した。確証は無いけれど、悪い方に考えて丁度良い相手に見える。
そろそろ答えを出さないといけない。見つからないとも限らない。何かを探すのが目的なら、あの場から離れることも考えられる。
民家の陰に隠れ背を壁につけてミアを見た。大きな音と地響きは止まない。
「ギルさんとフレンさんと連携しないとヤバいよな。」
ミアに意見を求めるというより、同意を得て安心したかった。
「ええ。あの2人の力借りないとまずいわね。」
ギルさんの刃なら筋肉を断ちやすいだろう。あの手の魔物には魔法も有効に思える。少なくとも僕らだけで戦うのは、得策ではない。
地響きの後、音が止んだ。背筋が凍る。
「!…」
陰から覗くと、魔物と目が合った。白い息が溢れるように出て、赤い目が僕らをしっかり捉えていた。ゆっくり歩き出したように見えたが、手を地面に置き、4本の手足で駆けてくる。想像以上に速かった。
僕たちは建物の陰から飛び出した。
思考より先に体が動いていた。木が見える。ミアだけは絶対守らないといけない。僕は動きを変え、一歩魔物の方へ踏み込み構える。
「走れ!」
ミアはそのまま近くの木まで走り切る。冷静に僕の意図を汲んでくれた。
僕は詠唱して障壁を作る。恐らくほとんど意味はないだろう。僕の魔力は強くない。一瞬でも相手に隙が生まれればいい。
魔物は障壁の前で立ち上がり、拳を振りかぶる。障壁ごと僕を壊そうとしているのだろう。
魔物の一瞬の隙を埋めるように、ミアの矢が脇腹を抉り、深く突き刺さった。緑色の体液が勢いよく流れるが、構うことなく、僕を目掛けて飛び掛りながら拳を振り下ろす。
障壁はいとも簡単に砕け散った。後方へ飛び、拳を回避する。地面についた拳を見て、手首を矛先で斬ったが浅かった。
魔物は半歩踏み出し、バックハンドで払い上げる。追撃をギリギリ避けたが、魔物は払いあげの勢いで体を起こし、僕は蹴り上げられ吹き飛ばされた。
受け身を取れず、転がる。痛みが引かない。その場で蹲り、すぐ動けなかった。
「ロイ!!」
ミアの悲鳴のような声が聞こえて『動かないと死ぬ』と、本能に近い何かが、僕に動く力を与えた。
ポケットから錠剤を取り出し口に含む。こんな時でも苦い。
飲み込むと、壊れた内臓が強制的に動く感覚。僕は血を吐いた。
飲みたくなかったが背に腹は代えられない。
無理やり僕が立ち上がるのを見て、魔物は走ってくる。
ミアの放つ矢が、魔物の脚に深く刺さる。
僕は口の中に残っていた血を吐き捨てて、再び槍を構えた。
『ここで差し違えてでも仕留める。』
集中して動きを捉える。
「下がって!」
「…!」
フレンさんの声が聞こえて、後方へ下がる。
短い詠唱の後、魔物の周囲の空間が、瞬く間に燃え上がった。
強烈な熱に頬がひりつく。下がっていなければ、僕も巻き込まれていたかもしれない。身体についた火を消そうとその場で暴れる魔物。
「もう一回!」
宙に浮かんだ魔導書は、青い光に包まれている。パラパラとページが捲れ、任意のページが開かれたのか動きが止まった。
フレンさんは魔物の方へ手を伸ばす。
詠唱の後、魔物の足元に光の紋様が出現し、取り囲むように4本の火柱が上がる。
火柱は紋様へと収束し、渦を巻いて魔物を呑み込む。
今度は精密に、魔物を捉えた。魔物の周囲が燃える。
魔物の恐ろしい叫び声が響き、暴れる魔物の背後にチラチラと走るギルさんが見えた。
魔物は火から飛び出し、近くの僕を攻撃しに動く。
魔物の動きより速く、ギルさんは背中を畳み掛けるように斬りつけた。
ミアは木の陰から出て近づき、狙いを定めて、目一杯弦を引いた。
ミアの意図を汲み、ギルさんは退く。勢いよく飛ぶ矢は、破壊力を増して魔物の体を抉る。
魔物は初めて怯んだ。その一瞬を逃さず、僕は槍を突き刺す。
『なんとかしてここで決めないと…!』
「ギルさん!踵切って!」
「!…分かった!」
僕は渾身の力で、腹を突き刺した。
魔物は槍を引き抜こうと両手で掴み暴れるが、体力が落ちた魔物と僕の力は均衡した。
ミアは魔物の手を矢で射抜く。握力が弱くなり、一気に槍を押し込む。動きが鈍った。
「ギルさん!」
僕の呼び掛けに応じ、ギルさんは足と、肩の腱を切った。だらりと体勢が変わる。槍を抜き、倒れた魔物の頭を突き刺す。頭蓋骨は砕け、頭が潰れた。
槍を引き抜くと、矛先からピンクの肉片と緑色の体液が滴り落ちる。魔物はもう動かない。
フレンさんが魔導書を閉じると、周囲の燃えていた炎は消えた。
✱ ✱ ✱ ✱
「悪かった。こんなヤツがいるなんて…。知らなかったとは言え、危険な目に合わせてしまった。すまない。」
ギルさんは深く頭を下げた。
「いえ…。単純に僕の力不足でした。助かりました。」
ギルさんは、何か言いかけてやめた。
僕の力不足なのは否めない。次にまた同じ魔物と、僕とミアの2人だけで戦うことがあれば、僕は殺されるだろう。
今回は運が良かっただけだった。まだ腹が痛い。魔女の錠剤の副作用で目が霞む。僕は続けて話す。
「あの…。直近の偵察で見た時はコイツは居なかった?」
「そうだな…。見落とした可能性が無いと言い切れないが、確認した範囲では居なかった。」
周囲を静かに見渡していたミアが何かに気づく。
「…。建物の中に隠れてたのかも。ほら。」
ミアが指をさす。大きく穴の開いた民家があった。
僕たちは顔を合わせて、民家へ近づいていった。
フレンさんは口を塞ぎながら発した。
「なんなのこれ…。」
民家の中を覗くと息を呑んだ。
魔物が好んで食べる豚や鶏の家畜が無残な姿で散らばっていた。
「…。やっぱり何かおかしいよ。」
ミアは僕の方を見て、続けた。
「私たち、最初にあの魔物を見た時、瓦礫から何か探しているように見えたんです。一通り探し終えたのか、私たちの方へ歩いてきて、目が合って、戦闘になりました。」
ギルさんが口を開く。
「…。気になるな。全員でそれが何か調べよう。」
待機していたベンシル村とコンファス村の有志と
合流し、瓦礫や、民家の中を手分けして、調べる。
「なんだ…これは…フレン!来てくれ!」
僕の近くにいたギルさんが、驚き混じりにフレンさんを呼ぶ。ギルさんが見つけたものは、僕たちが人型の魔物の背を最初に見ていた時の、近くにあった瓦礫の山だった。
近くで見ると、黒色のオーラが漏れている鉱石に見えた。
「!…魔石ね。」
「魔石?」と、ミアが聞く。
「ええ。魔物が好むものよ。摂取すれば体が強くなるの。」
フレンさんは、魔導書の表紙の宝石を僕たちに見せた。
「私たち魔道士も、魔石を利用している。」
「ありふれたものなのか…?」
「ううん。貴重なものよ。農村に置く様なものじゃないわ。」
「まだあるかもしれない。探そう。」
再び手分けして探す。その後も魔石が次々と見つかった。
倒した魔物の元へ戻り、ギルさんは、魔物の腹を刀で開くと、大量の魔石が出てきた。
魔物の開いた腹からは、黒いオーラが溢れていた。
それは禍々しく、僕とミアの中にある、ずっと続いてきた違和感や不安を、体現しているようだった。




