勇者
「魔物って何か知ってる?」
カルラの目は、まっすぐこちらから離れなかった。
「…、わかりません。」
僕たちが遭遇したあの化け物。
あれは世間では"魔物"と呼ばれている。
あのおどろおどろしい姿にはピッタリの呼び名だ。
だが、それが何かということは僕にはよく分からない。
素直に答えを聞くと、カルラさんは答えた。
「魔物はね、神の御使いなの。」
◆
この世界の特別な力ーー
魔法。
それは精霊を使役し、あらゆることを可能とする能力。
「精霊は、神の奇跡って言われてる。」
カルラは続ける。
昔、人類は自然と、精霊とともにあった。
しかしある時から、魔法が使われ始めた。
神の奇跡を使役する人間。
いったいどちらの方が"上"なのか。
人間の中で、神への信仰は揺らぎ始めた。
「それとほぼ時を同じくしてできたのが、このダンジョン。」
神への信仰が揺らぐと、自ずとその力は弱まる。
そうして世界に生じた亀裂は、神の世へつながる穴といわれている。
そしてー
「神の世を守るのが、魔物ってこと。」
カルラはそう締めくくった。
ーなんだそれ。
はっきり言って意味不明だ。
神の存在は、まぁ確かにあるのかも知れない。
実際僕も治癒魔法(?)を使ったわけだから。
けれど、ダンジョンの生まれた理由が信仰の揺らぎって…。
「神様はそんなにすごいんですかね。」
「まぁ、それが一番納得いく説明だからね。今のところ。」
カルラは笑いながら答える。
この人も神様云々に関しては、信じていないらしい。
ダンジョンは、やけに静かだった。
嵐の前の静けさとは、よく言ったものだ。
◆
しばらく歩いていくと、やはり地鳴りは起きた。
ーあのときと、同じだ。
足は恐怖を思い出した。
がくがく震えて、力の入れ方を忘れたかのようだった。
それでも、頭だけは冷静で、
ー今日は人がたくさんいる。
それにあの勇者の女の子。あの人はきっと強い。
そんなことをぐるぐる考えていた。
もう、治癒魔法のことは頭になかった。
とにかく、生き残りたかった。
木々が音を立てる。
熱帯雨林とタイガが混ざった林をぶち壊しながら、その魔物はやってきた。
相変わらず、ひどい姿だ。
ーあれが神の使いって、正気じゃない。
「全員でかかるぞ!前衛は盾を構えろ!魔法使い!火魔法で攻撃を!」
リーダー役の騎士団員が声を上げたその刹那ーー
グシャリ。
魔物は潰れた。
ーあ。
この光景を、見たことがある。
三日前。
病室で潰された水差しを思い出す。
ーこれが。
「勇者…。」
小さく声が漏れる。
皆の視点が、一人の少女へ向かう。
その少女の後ろ姿は、まさに、地獄に舞い降りた神のようだった。
◆
しばらく沈黙が続いた。
あまりの衝撃に、開いた口がふさがらない。
「すごいな…。」
一人の冒険者がつぶやいたのを皮切りに、みんなが一斉にその少女、リェレンを称える。
「今のなんだ?!魔法か?」
「精霊を使役したようには見えなかったけど!」
「詠唱の省略なんて技があるのか?!」
リェレンは集団の先頭まで歩き振り返って言った。
「私は、神に選ばれし勇者です!いずれ、北方の魔王をも、打ち倒してみせましょう!」
ーかっけ〜。
シンプルに、そう思った。
しかしーー
「ブフッ。」
誰かのこらえ笑いが聞こえる。
皆の間に、再びの沈黙が走った。
…。
もしかしてーー
勇者って、自称なの?!
◆
「レンはね、昔からああなの。神様と話した〜って言って聞かなくて。」
カルラはそう言って、自称勇者の説明をした。
「はぁ…。」
反応に困る。
顔面偏差値50ちょいの人が自虐ネタで「俺ブスだからさ〜」って言った時の、あの空気と一緒だ。
肯定もできないけど、思いっきり否定もできない。
勇者って、めんどくさい。
僕はこの人たちの仲間になるのか…。
♦
「それでは、本日はお疲れ様でした。」
市役所で今日のダンジョン探索の報酬と謝礼を頂き、市長宅で晩餐会も開かれた。
久々の肉である。
僕、砂金悠慈はほぼ何もしていないに等しい。
というか、今日ダンジョン探索に参加した中で何かした人というのは、指示を出していた冒険者&ギルド職員、そしてーー
ほぼ全ての魔物を一人で狩り尽くした勇者の少女のみ。
つまり、何もしていないのが普通。
行っただけ偉い。
肉を食っても誰も責めない。
「ユージ。」
しばらくお偉いさん方に囲まれていた少女が、こちらへやってきた。
話は終わったのか。
というよりもー
終わってしまったんだろう。
「はい。」
何日ぶりかもわからない肉を食べる手をとめ、彼女に向き直る。
「改めて、よろしく。」
目の前で左手を差し出す少女ーー
リェレン。
自称、勇者である。
それでも、いや、だからーー
僕は彼女についていこうと思う。
人を救える僕の力を、うまく使えるように。
♦
「……金が、無い??」
問題は、山積みである。




