治癒術師
「はじめまして。勇者リェレンと申します。」
ベッドの足元の椅子に座る女性は、そう自分を紹介した。
「勇者…。」
「単刀直入に聞きます。イサゴ・ユージ。」
彼女は椅子から立ち上がり言った。
「あなたが治癒魔法を使ったんですか?」
ー治癒魔法。
そうだ。あの時の、あれは…。
「……分かりません。」
あれが魔法だったのか、僕にはわからない。
「ルクルとリーン、それとテンド軍の証言から察するに、あなたがルクルに治癒魔術を施したとしか考えられません。」
「あのときは、夢中だったので…。何が起きたのか、正直分からなくて。」
「なるほど。」
彼女は少しだけ目を細めた。
「治癒術師は、この国では管理対象です。」
その言葉は、少し想定外だった。
「…管理?」
「教会と王国騎士団のどちらかが保護し、戦力として管理します。所属が未登録のままでいることは、推奨されません。」
沈黙が落ちた。
つまり、僕がこのままソロの冒険者を続けていくことは、もう叶わないということ。
「仲間になってください。」
また、彼女は妙なことを言った。
「なぜ?」
「魔王を倒すためです。」
その瞬間、胸の奥がざわついた。
―この人か。
神様の言葉を思い出した。
『娘を託した。』
だとしても。
僕はー
「……戦いたくありません。」
あのとき、何があったのか正直覚えていない。
けれど、恐怖だけは、身体が覚えている。
「戦うのは私です。」
彼女は心底不思議そうに言った。
「あなたのそばに立てば、それは戦うことと同義です。」
勇者とか魔王とか。
怪我するのは嫌なんだ。
「傷つくのが怖いのですか?」
そんな僕の心の中を見透かしたように、彼女は言った。
「…そうです。」
そんな僕の返事に、彼女は迷いなく頷いた。
「当然です。」
意外な返答に、言葉を失う。
「だからこそ、治癒術師は前に出るべきではない。」
「…え?」
「守られるべき存在です。」
静かな声だった。
「3日後、あのダンジョンに再調査が入ります。」
心臓が跳ねた。
「あそこは、危険度マックスと判断されました。」
危険度マックス。あの怪物を指すのか、それとも。
「なら、尚更…。」
「だからこそ、あなたが必要です。」
ついて行く気にはなれなかった。
彼女の言葉は、やっぱりどこか僕の意図とはズレている。
「私が前に立ちます。」
彼女は、まっすぐこちらを見る。
「あなたは、後ろにいてください。」
…。
後ろにいたところで、彼女がルクルのようにならないとは限らない。
僕は何も答えられなかった。
「では、見せます。」
一歩、彼女が近づいた。
次の瞬間―
空気が揺れた。
音もなく、
窓際に置かれていた金属製の水差し潰れた。
彼女はそれに触れてすらいない。
「私がいる限り、あなたは死にません。」
その言葉に、嘘偽りはなかった。
圧倒的な強さ。
「来てください。」
そう言って、彼女、リェレンは部屋を出た。
ただ、潰れた水差しから目が離せなかった。
◆
3日後。
「…!ユージ。」
僕は、またダンジョンの前へ来ていた。
考えた。
もし、僕が治癒魔法を使えなかったら。
ルクルはあの時どうなっていた。
怖くないわけじゃない。
それでも、今日ここへ来たほうがいいと、思った。
リェレンは笑顔を浮かべてこちらへやってきた。
「どうもありがとう。」
差し伸べられた右手をにぎり返す。
上背は彼女のほうが少しあるらしい。
けれど、手の大きさはあまり変わらなかった。
◆
今日、僕たちがダンジョンへ潜る理由は2つ。
1つ目。
このダンジョンの広さを知る。
2つ目。
あの化け物を討伐すること。
ギルドから派遣されたランク2以上の冒険者数名、この都市の防衛軍であるテンド軍の調査隊、教会団、そして、勇者一行。
総勢にして20名ほどの大集団が、ダンジョンへ足を踏み入れた。
「ユージくん。」
僕と同じ、集団の最後方を歩く女性が、声をかけてきた。
「何ですか?」
ーと言うか誰だ。
「私はカルラ。リェレンとは幼馴染なの。」
その女性、カルラは続けた。
「レンはね、自分から『仲間になって〜』なんて言ったことなかったんだよ。」
僕に話しかけながら、カルラの目は前方、リェレンの方を向いている。
「はぁ…。」
返答に困る。
「だから、お願いね。治癒術師さん?」
「わかってます。」
僕は、誰かを救いたい。
だから、今日ここへ来た。
あの時みたいなヘマはもうしない。
「そうだ。」
カルラは思い出したように言った。
「魔物って、何か知ってる?」
ダンジョンの中には、まだ見ぬ"何か"の声が響いていた。




