ダンジョン調査
異世界に来て、1週間くらいが経過した。
分かったことはいくつかある。
1つ目。
この世界の通貨はペリル。
1ペリルは大体5円くらいのイメージ。
やっとの思いで購入した毛布が600ペリル。
依頼を4個こなしてやっと手に入れた。
食べ物は基本的に20〜40ペリルぐらいでやり取りされているから、食費はやさしい。
街の真ん中の方に行けば共同浴場がある。
洗濯と貸し出しのタオルも付いて、なんと5ペリル。
2つ目。
この世界に、魔法はある。
共同浴場の驚異の安さは水魔法が大きな要因となっている。
なにやら呪文を唱えてて水の精霊を使役するのだそう。
水があれば、あとは沸かすだけ。
そこで活躍したのが、火魔法。
こちらも火の精霊を使役して、下の方から温めているらしい。詳しくは知らない。
3つ目。
魔法のなかでの例外中の例外。
精霊を使役するのではなく、神と直接やり取りする魔法。
それがーー
治癒魔法。
僕が唯一扱えるかも知れない、魔法である。
◆
これらの知識はほぼすべて教会が広場で行っている授業で得た。
この世界の神様はエテルネスというらしい。
何やら永遠を司っている神様なんだそう。
僕がこの世界に来る前に話した神様ももしかしたらエテルネスだったのかもしれない。
まあ、そんなことはどうでもよい。
とにかく今はーー
金が必要だ。
街の中心から放射状に伸びる道を行くとギルドが立ち並ぶ通称ギルド街に着く。
商人ギルドを除くほぼ全てのギルドがここに集まっている。
そのうちの1つ。
冒険者ギルドの中へはいる。
正面に受付。
右手に買取カウンター。
左手にある依頼案内に迷わず向かう。
ー今日も高くて安全なやつを…。
「よぉ、少年。」
依頼を探していたところに、突然酒臭いおっさんが絡んできた。
「はい?」
ーめんどくさそう。臭いし。
「今ちょっと俺等困っててさ。今日の任務同行してくんね?」
おっさんの装備を見る。
胸あてというのだろうか、鉄製だ。
すね当てと腕のやつも銀色に輝いている。
「あ〜、僕戦えないし、ランクも一番下なので〜、残念だな〜。」
ー危険な任務なんか同行するかよ。
おっさんの手を振りほどいて背中を向ける。
こういう人には関わらないのが得策だ。
「良いのかい兄ちゃん。」
おっさんは声色を一気に低くして言った。
「報酬は、1,000ペリルだぞ。」
◆
「やぁ〜、助かったぜ、ユージ!」
報酬に釣られて、ついOKしてしまった。
1,000ペリルはさすがにデカい。
宿暮らしはまだできないが、それだけの報酬があれば生活が多少改善されるのは間違いない。
酒臭いおっさんはルクルさんというらしい。
そしてもう1人ー
「リーンです。」
小柄な女の子。
ルクルさんとは親子にも見える。
「ユージです。よろしくお願いします。」
今はルクルさんの奢りで街のごはん屋さんに来ている。
初めての…、外食…!
フュオコサンド、と言う名の完全なるフォカッチャサンドを食べる。
ーうめ〜!!
これが80ペリル。
だいたい僕の受ける依頼の半分くらいの額だ。
外食はハードルが高いと思い屋台飯ばかりだったが、案外経済的にもいけるな。
「それでだ…。本題の依頼の方なんだが。」
ビールを一気に飲み干してルクルさんが言った。
「壁外の森に発生したダンジョンの調査だ。」
◆
壁外に出たのは、初めてだった。
そして当然、ダンジョンも初めて。
ギルドから支給された防具を身にまとう。
心臓はありえないくらいに速い。
ーダンジョン…。
たどり着いたその入り口は、思っていたものとは違った。
まるで、世界に亀裂が生まれたかのようだった。
空間がそこだけまるっと抜けて、底の見えない闇が広がっている。
『大丈夫。俺はランク2だ。いざとなれば、すぐに逃がしてやれる。』
このおっさんはそう言っていたが、今になって気づく。
ーこいつも金に困ってんだな?
隣のリーンさんも、金持ちには見えない。
金に目が眩んだ奴らの末路…。
想像しただけで背筋が凍る。
「じゃあ、行くぞ。」
ルクルさんはそう言って、一歩ダンジョンへ踏み入れた。
僕らはしばらく震えていたが、やがてリーンさんが一歩を踏み出し、僕もそれに続いた。
ー祈れ。
一瞬だけ、神様の声が、聞こえた気がした。
その声は、このあと何が起こるか、すべて見通していたようだった。
◆
ダンジョン。
僕らの想像していたそれと、実際に足を踏み入れた先は、まるで違っていた。
水のあふれる森。
足元まで水浸しなのに、周囲には森。
川や海の気配はない。
「これが…。」
「あぁ、ダンジョンだ。世界が狂ったような場所だろ?」
世界が狂う。
まさに、その表現が正解のように思える。
ありえないほど大きな花、カラフルな雲、半分半分でくっついた月と太陽、猿とクジラを混ぜたような音。
天国みたいな、地獄だった。
◆
ルクルさんは僕らを先導しつつ、前衛としての役割を果たす。
彼はランク2なだけあって、やはり強かった。
出会う魔物全てを彼一人で倒してしまった。
「どうだ。調査の方は。」
僕とリーンさんはそれぞれ植物の様子と生物の様子を事前に渡された用紙に記録した。
これが、ダンジョン調査の依頼。
「いい感じです。」
僕は早くこの場から離れたい一心でそう言った。
「私も…。」
リーンさんも答える。
「よし、じゃあ、さっさと帰るか。」
ルクルさんとしても、この場に留まるつもりはないらしかった。
全員が入り口へ向かって歩き出した、その瞬間だった。
ダンジョン内に、マイクのハウリングのような音が響き渡った。
人の声にも、動物の叫び声のようにも聞こえる。
甲高い、何かを訴えるかのような声。
思わず耳をふさぎうずくまる。
ーなんだ?
数分間、その声は続いた。
「まずいな…。」
ルクルさんは言った。
「リーン、今のは危険度マックスだ。それだけ書けば伝わる。急いでー」
ルクルさんの言葉が止まる。
その理由は、僕にもわかる。
ー来る。
地面が揺れる。
ー祈れ。
また、神様の声がした。
僕らの左側に広がっていた林。
その木々をなぎ倒しながら、それはやってきた。
もう、形容できない姿を湛えて。




