帰ってくる
農奴生活は折り返し。
これが終われば、晴れて冒険者へ復帰し、野宿生活が再び幕を開けるわけだが…。
問題が1つだけある。
僕はまだ、リェレンと仲直りできていない。
初日の夜以降、カルラとはまた話すようになった。
晩ごはんの時も、会話はまた増え始めた。
けれど、まだリェレンと2人では話せていない。
僕が近づくとせかせかどこかへ行ってしまう。
お金の管理は、彼女のために申し出たのだが、言い方がよくなかったのだろう。
任せてはおけない、というのは良くなかった。
今後はみんなで考えよう?リェレンに従う?それも違う気がする。
とにかく、この生活が終わる前に、彼女と話さなくてはいけない。
いや、謝らなくてはいけない。
プライドを傷つけてしまったことも、変な空気にしてしまったことも。
両手いっぱいにカブを抱え、僕は決意した。
◆
最近は曇りが多い。
季節的には冬の入り口。
休ませていた畑には小麦が植えられている。
根本の歯をグッと掴んで、引き抜く。
ーこんなのばっかうまくなってどうする。
僕の本業は治癒術師。
農家じゃない。
治癒魔法をうまく使えるようになる。
それが、僕が勇者パーティーに入った理由。
こんな生活とは早いとこおさらばして、いい加減に冒険者らしいことをしないと。
ーぶちッ。
畑から聞こえないほうが良い音が聞こえた。
音のほうを見ると、案の定、自称勇者の少女がカブの葉をもって突っ立っていた。
不思議そうに首をかしげてもう一度カブの葉の根元をつかむ。
ーぶちッ。
いたって真剣。
それが、自称勇者、リェレン=クリスティ。
「レンさ、小麦畑のほう見ててよ。虫がいたら追っ払って。」
あまりに変わらない彼女の様子に、不思議と言葉が出てきた。
彼女はしばらく青くきれいな瞳でこちらを見ていた。
「ごめんね。」
彼女の返答は、謝罪だった。
カブの葉を握りしめる彼女の拳は、震えていた。
ーなにが。
そう聞く前に彼女は続けた。
「君はただの治癒魔法が使えるだけの男の子で、私は自称勇者の変な女。脅しまがいなことをして君をパーティーに巻き込んだのにできることは何にもない。怒られったってしょうがない。」
一息にそう言い切った彼女は、ずっと下を向いていた。
ーなんだ。
そんな彼女を見て、安堵と同情の混じった感情が沸き上がってきた。
気付いていたんだ。自分がどう見られているのか。
そして、それを、気にしていたんだ。
今、僕の目の前にいるのは、勇者じゃない。
ただ、正直でまっすぐで誠実な、一人の女の子。
「レンは…。」
正直、この言葉が彼女にどんな風に思われるのかは、わからない。
喜ばれるのか、嫌がられるのか。
それでもーー
「レンは、勇者、だと思う。」
勇者ーー
それは、単なる肩書き。
神の寵愛も、魔王も、教会も、世間も関係ない。
僕にとって、その肩書きが最も似合うのは、彼女だった。
彼女はしばらくうつむいて、それでも、口を開けた。
「小麦、畑だよね?」
悲しんでいるのか、怒っているのか、恥ずかしがっているのか、彼女の声は震えていた。
「レン。」
足早に去ろうとする彼女の背中に声をかける。
「な、何?」
彼女は振り返らずに足を止めた。
「僕は、このパーティーにいたい。好きだから。」
大切な言葉を、初めて、口にした気がした。
「はうぇ?!」
信じられないほど間抜けな声を上げて、彼女はこちらを見た。
トマトのように赤く顔を染めて、またすぐに背を向けて走って行ってしまった。
ーこの世界、トマトはあるのかな。
会話がうまくいったとは言えないが、それでも、ずれていた何かがはまったような感覚があった。
♦
一週間の農奴生活も終わり、僕らが初めて出会った都市、テンドへの帰り道。
「優しい領主さんだよね。余ったカブのパン全部くれるなんてさ。」
カブのパンが入った紙袋を抱えながらカルラは言う。
「食費が浮く。超最高。」
今月からは僕がこのパーティーの経営担当だ。
後であのパンだけで何日もつか確認しないと。
「私とレンはたぶんランクアップできるからたくさん稼げるようになるよ。」
「レンはランク4の依頼でも物足りないでしょ。」
振り向いて、そう声をかける。
しかし、話題のリェレン本人はどこか上の空の様子だ。
「何かした?」
カルラも彼女の違和感に気付いたらしいが、正直心当たりがない。
「特に何も。」
カルラは少し考えてから言った。
「よし!今日はビールのもう!あの店ツケ払いオッケーだから。」
ーそんなキャッシュレスみたいな言い方したって。
「明日大変になるけどいいの?」
「こういう時はレンの好きなものあげとけばいいの。」
さすが幼馴染というか、少しリェレンの扱いが雑になった気がする。
しかしーー
「ビール??行こう!!」
彼女は一気に元気になって、僕ら駆け寄り、そして僕らは、横一列で歩き出した。
♦
こうして、確かに世界の歯車は回っていく。
破壊も、再生も、すべてその歯車の運動の産物。
世界にひびが入る音に気が付いた者は、まだ、一人もいない。




