世界を救う序の序の序
家に帰ったら、何をしよう。
学校からの帰り道。
砂金悠慈は考える。
アニメの最新話を見る、ギターを弾く、宿題をする、ごはんを作る。
やりたいことも、やらなくちゃいけないこともたくさんだ。
冬の空気は乾いていて、夕焼けはやけに遠かった。
ー!!
公園のそばを通り抜けようとしたとき、一人の子供が飛び出してくるのが見えた。
向こうからトラックもやってくる。
ーやばい!ひかれる!!
「危ない!!!」
とっさに、僕の体は動いていた。
ーあ、今日はあのアニメ、閑話か…。
子供を突き飛ばす。
驚いた顔が何個か見える。
ー変な顔してんな。皆。
そこで、僕の意識は途絶えた。
♦
ーさん。
誰…?
ーイサゴ・ユージさん!
しきりに僕の名前を呼ぶ声に、僕は目を覚ました。
「ここは…?」
星?宇宙か?
暗闇の中にまばらに光る点がある。
『ここは、冥界。死後の世界です。』
その声は答えた。
声のする方向を絞ろうにも全方向から聞こえてきて、その姿を視認することはできない。
「死後の世界…。」
そうか。僕は死んだのか。
「これからどうなるんですか。」
思ったよりも、自分が死んだことへのショックや悲しみはなかった。
いや、まだ実感がないだけかもしれない。
『これから、あなたを私の管理する別の世界へ送ります。』
その声は、女性のようにも男性のようにも聞こえた。
『あなたには、その世界で勇者たる私の娘、神の子の手助けをしてもらいます。』
私の娘…。
「手助けって、具体的に何を?」
『簡単です。私があなたに一つ、特別な才能をプレゼントします。その能力を私の娘のために使ってください。』
ー特別な才能ってなんだよ。
『さぁ、選びなさい。あなたが世界を救うための力を。』
「え、いや、だから。どんな力があるんですか?」
『早く!時間がないの!!』
ーなんだこの神様。
思い返す。
異世界転生の時のプレゼント。
ーやっぱり魔法の才能、なのか?
「魔法を。」
『治癒魔法ですね??』
魔法をください。
そう言い終わる前に、神様は割り込んできた。
「治癒魔法が必要なんですか?あなたの娘さんには。」
『…はい。』
ー治癒魔法か。
「わかりました。治癒魔法でいいです。」
『本当に?ありがとう!』
突然、暗い世界に眩しい光が差し込んだ。
『イサゴ・ユージ。あなたに治癒魔法のギフトを授けます。』
ーあれが、神様か。
その姿は眩しすぎてよく見えない。
『どうか、私の娘と、私の世界をお救いください。』
その言葉を最後に、また、僕の意識は途絶えた。
♦
ー!!
気付いた時には、僕は見慣れない場所に座っていた。
後ろには噴水、
石畳の道が、放射状に広がっている。
明らかに、日本ではない。
どうやら、本当に異世界に来たようだった。
ー治癒魔法…。
自分の左右の手を見る。
特に変わった感じはしない。
あの神様、ちゃんと才能をくれたのか?
まぁ、魔法なんかなくてもかまわない。
一気に立ち上がる。
仕事を探そう。
できれば、安全なやつを。
僕は、痛いのも、怖いのも、疲れるのも、嫌いなんだ。
癒す力は、そんな僕にうってつけだった。
♦
小一時間地元の方に聞き込みを続けながら歩いて、ようやくたどり着いた。
結局、無職の状態で何も持たず所属できる職業集団は冒険者ギルドしかなかった。
壁に囲まれた都市。
自由都市か、自治都市か。
中世ヨーロッパみたいな世界だ。
教会みたいな見た目の建物の扉を開けて受付へ向かう。
「初めまして。冒険者ギルドへようこそ。」
金髪の受付嬢が頭を下げる。
「あぁ、冒険者になりたくて。」
なんていうのが正解なんだ。
「冒険者の新規登録ですね。商人ギルドへの参加はご希望ですか?」
やっぱり、異世界アニメと一緒か。
採集して得たものを売って金にする。
「そうした方が金になりますか?」
商人ギルドの仕組みはよくわかっていない。
交易するなら所属しろ、という感じだろうか。
「ほかの都市との交易をなさるおつもりでしたら、所属は義務となっております。素材に関しては、依頼主と冒険者をこのギルドが仲介する形で買い取ります。商人ギルドへ所属されれば、ギルドでの依頼品以外も売れる場合がございますし、仲介手数料の差し引きがなくなりますのでお金稼ぎでしたら加入をお勧めしますよ?」
なるほど。
個人で採集した品を高く売るのが商人ギルド。
依頼を受けて安い金を得るのが冒険者ギルドか。
個人でやる分責任とかもついて回るし、激務になりそう。
「いったんは、冒険者登録だけで大丈夫です。」
あまり大変な仕事を早いうちからやるのはよくないだろう。
それに僕はヒーラーなんだ。
採集だって安全とは限らないんだし。
「承知いたしました。少々お待ちください。」
しばらくたって、受付嬢は紙を持ってきた。
「こちらの用紙にお名前と、あればご住所を。」
ーあれば。
やっぱり冒険者はその日暮らしが多いらしい。
B5用紙をさらに半分にしたサイズくらいの紙に名前を書く。
「はい、イサゴ・ユージさん。」
受付嬢は分厚い糸綴じの冊子にその紙を綴った。
「冒険者ギルドでは市場の安定性管理のため一人当たりの依頼達成数の下限、上限が決まっています。ユージさんは今は一番下のランク5。月ごとの依頼達成の下限は2,000ぺリル。上限は3,000ぺリルです。」
ーぺリル。
「えぇと、安宿一泊で、どんくらいですか?」
そこを相場に日本円に換算しながら考えよう。
「そうですね~。大体400ぺリルくらいですかね。」
一泊400。
ひと月当たり3,000が限界で。
足りない。
「ランクアップのためには、どうすれば?」
「継続期間に応じる形です。ランク4へは1か月。ランク3へは3か月の継続が必要です。」
…。終わった。
「あの、ユージさん。」
受付嬢はそんな悲嘆にくれる僕に言った。
「冒険者の方は、基本野宿ですよ?」
…。
ーこの世界、嫌だな。
僕は目を閉じ、息を吐いた。
♦
戦うのも、痛いのも、怖いのも全部きらい。
今夜の寝床も、ご飯も確保できないようなヒーラーが、世界を救うのは、まだまだずっと先のお話。




