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第一話

クソ上司が。

ブツブツと独り言を言いながらシャツのボタンを乱雑に外し、洗濯機に放り込む。

上裸の状態で洗面台に手をつき、鏡を眺めた。


「ちょっと老けたな‥‥」


浴室のドアを開ける。人一人が入るので精一杯の大きさ。

はあ、浴室では声がよく響く。ここ以外で自分の声が響くことなんてほとんどない


「クソッ!イライラする‥何なんだよあのデブは!」


頭を乱暴に洗いながら苛立ちを鏡の中の自分に吐露した。


「アキラ君、これ今日中にお願い」


机の上いっぱいの山積みになった書類。アキラの上司、大倉は置く場所がなかったのか床に自家で書類の束を置いた。


「すみません課長‥‥先程もらった分がまだ手つかずで‥‥これ以上はちょっと‥」


「ちょっと?何がちょっとだ。大した仕事もできないくせに量すらもこなせないのか?え?」


高圧的な態度で顔をアキラに近づける。フガフガと興奮気味に鼻息を荒くする大倉にアキラは吐き気を覚える。口元を抑えるアキラを見て大倉はアキラの腕を掴み怒鳴った。


「何だその手は!私が臭いっていう気か!?無能な木っ端のくせに態度だけは一丁前だな!」


言い終えると手を放るように放し書類を倒す。

拾え、と吐き捨てると大倉は背を向けオフィスから出ていった。

他の社員は見て見ぬふり、少し心配そうに眺めるものもいるが目立って味方はできない。


アキラは上司に嫌われている。


「ああ!気持ちわりい!あの豚が俺の手を掴んだ?吐き気がする!」


嫌な記憶を落とすようにシャワーを浴び全身の泡を流す。

鏡に映る自分の顔には涙か水滴かが流れている。

これは涙だ。

アキラは自分は鏡から目を背けた。


「なんでだよ‥‥」


顔にシャワーを当て、恥を流す。

湯船に浸かる。肩の力が抜けるように感じる。大きく息を吐き肩までゆっくり浸かる。


「早く終わってくれねえかな‥‥俺だっていい夢が見たい」


体がギリギリ納まる浴槽の中から憂鬱が溢れる。

スマホの着信がなった。

手が震える。スマホの画面を開く気になれない。

上司かもしれない、怖くて仕方がない。


震える手を押さえつけスマホを開いた。


「すず」


着信の主は幼馴染みの女友達すずだった。


『アキー!げんき?あたしは元気だよ!』


溌剌とした声にアキラは頬が緩む。すずとは長い仲だ。ほぼ無意味な連絡ができる唯一の存在。


「おかげさまで元気だよ。なんかあったのか?こんな時間に連絡してくるなんて」


アキラの疲れ切った声を聞き、すずは少しだけ言葉に詰まった。


『その感じ、元気ないよね?あたしはただアキの声聞きたかったのと...』


「と?」


アキラが聞き返すとすずは若干上擦った声で答えた。


『久しぶりに飲み行きたくってさ...昔潰れちゃった以来行ってなかったでしょ?』


なんだそんなことかとアキラは胸を撫で下ろす。久々の会話にアキラも浮ついていた。


「もちろん行くさ。都合のいい日また教えてくれよ」


電話の奥で小さな悲鳴が聞こえる。それと女性何人かの声も。


『やったあ!じゃあまた今度日付送る!』


ちょっと待っててね、すずはそういうとスマホを置いて離れたようだ。

ドタバタと何か騒がしい音が電話の先で聞こえる。

少しして、静かになった頃すずが戻ってきた。


『お待たせー...そうそう、飲みの話も大事だったんだけど、本題ね』


『アキさ、前の会社でまだ働いてる...?』


心臓がドクンと大きく拍動する。すずの声色は普段とは違う落ち着いた声だ。


まだ働いてる、アキラはただ一言事実を述べる。


『あたし、まだ社会人じゃないから完璧には分からないけどさ。嫌なことから逃げるのってたまにはいると思うの』


アキラはすずに聞こえない程に小さなため息をついた。

その言葉をアキラは何度も聞いてきた。

耳が腐るほどに。


『でもね、あたしは...そういう嫌なことに立ち向かってくアキのことも大好きなの』


あ、とすずは言ったまま静かになった。数秒のフリーズが終わり、咳払いをしてすずはまた話し出す。


『で、でもね。それってアキが元気だから成り立つ話なの。かっこいいとこも優しいとこも、アキがあたしに会える元気な体だから成立してる』


だからね、すずは少しづつ涙声になっていた。アキラも浴槽の中で涙をこぼす。その涙はさっきの涙とは違った。

暖かくキラキラと輝いて見える。


『そんな会社辞めて、またあたしの隣歩いてよ』


アキラは目を覆ったまま静かに答えた


「今までごめんよ。また一からやり直す」



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