最終話:夜明けの境界線 ―また会う日まで―
街の危機を救った後、深い眠りに落ちたノクト。
彼が目を覚ましたのは、街の時計塔でもパン屋のベッドでもありませんでした。そこは、現実と影、生と死、そして過去と未来が溶け合う、白銀の光に満ちた「夜明けの境界線」でした。
どこまでも続く静かな水面のようなその場所で、ノクトは一人の人物の背中を見つけます。
ボロボロの青い制服。大きな、使い込まれた革の鞄。
それは、あの日見送ったはずの、若かりし日の姿をしたアルスでした。
-最高の報酬-
アルスはゆっくりと振り返りました。その表情には、もはや老いも疲れもなく、ただ晴れやかな微笑みがありました。
「……よく頑張ったね、ノクト」
その声が響いた瞬間、ノクトは子猫のようにアルスの足元へ駆け寄り、その脛に頭をこすりつけました。アルスの大きな手が、ノクトの耳の後ろを優しく掻きます。それは、何よりもノクトが欲していた、魔法よりも温かな報酬でした。
「おまえが影の中に紡いできたものは、ただの荷物じゃない。人と人の心、そして明日への希望だ。私を超えて、立派な配達員になった」
-鞄の真の主-
アルスは腰を落とし、ノクトが背負っている鞄にそっと手を触れました。
「この鞄はもう、私の形見ではない。おまえ自身の誇りだ。ノクト、おまえの影はもう、闇に怯えるためのものではなく、誰かを温めるための光の道筋になったんだよ」
アルスの体が、次第に朝日の中に溶け込むように透き通り始めます。別れの時が来たことを悟り、ノクトは悲しげに喉を鳴らしました。しかし、アルスは強く、優しく首を振りました。
「さようならは言わないよ。おまえが誰かのために影を渡るたび、私はその足跡の中にいる。……さあ、行きなさい。夜明けが待っている」
-影を紡ぐ黒猫は、光を届ける-
眩い光に包まれ、ノクトが次に目を開けたとき。
そこは、いつもの時計塔の屋上でした。朝露に濡れた自分の毛並みが、朝日を浴びてキラキラと輝いています。
胸の青い徽章は、アルスの瞳と同じ色で静かに澄んでいました。
ノクトは立ち上がり、街を見下ろしました。
煙突からはパンを焼く煙が立ち上り、子供たちの笑い声が聞こえ始めます。ノクトは一回だけ、誇らしく尻尾を振ると、アルスの鞄を揺らしながら軽やかに屋根を蹴りました。
届けるべき手紙は、まだたくさんあります。
影を紡ぎ、光を運ぶ。
黒猫ノクトの配達便は、今日という新しい「夜明け」を乗せて、今日も誰かの元へと駆け抜けていくのです。
「ノクトと夜明けの配達便 -影を紡ぐ黒猫は、光を届ける-」 完




