第6話:受け取ったのは、無償の愛
ノクトが目を覚ますと、そこは香ばしい小麦の香りと、パチパチとはぜる暖炉の音に包まれた部屋でした。
「おや、気がついたかい? 小さな配達員さん」
そこにいたのは、以前ノクトが「雨に濡れた手紙」を届けた図書室の老婦人と、その友人のパン屋の店主でした。ノクトの体は、温かい毛布で包まれ、透けかかっていた足先もしっかりとした実体を取り戻していました。
-届けられる側の時間-
ノクトは焦って起き上がろうとしましたが、体が鉛のように重く、動けません。
「無理をしてはいけないよ。君はずっと、この街のために走ってくれた。今は、私たちが君に届ける番なんだから」
老婦人は、特別に用意した温かいミルクに、滋養のある蜂蜜を垂らして差し出しました。パン屋の店主は、アルスの形見である鞄を丁寧に磨き上げ、傷ついた革にクリームを塗り込んでくれています。
これまでノクトは、「届けること」こそが自分の使命であり、存在意義だと思っていました。しかし、何もできずにただ横たわっている自分に、人々は優しい言葉と温もりを注いでくれます。
影の世界の冷たさとは対照的な、ゴツゴツとした、けれど温かな掌。
「ノクト、偉いね」「いつもありがとう」アルスがくれた自慢の名前を呼ぶ声。
アルスが言っていた「光」とは、手紙の内容だけではなく、こうした「誰かを想う心」そのものだったのだと、ノクトは深く理解しました。
-影の浄化と再生-
数日間の休息の中で、ノクトの瞳に宿っていた「影の灰色」は、ゆっくりと消えていきました。
街の人々がノクトに注いだ「感謝」と「慈しみ」という名の光が、彼の内側に溜まった影の毒を浄化していったのです。
不思議なことに、以前よりも毛並みは艶やかになり、胸の青い徽章はより一層深く、静かな輝きを放つようになりました。
それは、一方的に力を使い果たす「孤独な超人」から、街の一部として愛される「守護者」への進化でした。
-旅立ちの朝-
元気を取り戻したノクトが、再び鞄を背負って立ち上がった朝。
パン屋の店主は、ノクトの鞄のサイドポケットに、小さな、けれど栄養たっぷりの特製ビスケットを忍ばせました。
「これは君への『配達料』だ。お腹が空いたら食べなさい」
ノクトは短く、けれど今までで一番力強い声で「にゃあ」と鳴きました。
彼は窓から朝日の中へと飛び出します。
影渡りの力は消えていません。しかし、今のノクトには、それを使いこなすための「心の重し」がありました。自分を待ってくれている人がいる。自分を愛してくれる人がいる。その実感が、彼を影の世界に飲み込ませない最強のアンカー(錨)となったのです。




