第5話:影の残響、薄れゆく輪郭
ノクトの「影渡り」は、街で噂の的となっていました。
「どんな閉ざされた扉も通り抜け、一瞬で現れ、一瞬で去っていく黒猫の配達員」。
その噂を聞きつけ、ノクトの元にはより困難で、より切実な依頼が舞い込むようになります。
ノクトが新しく見出したのは、**「持ち主の影に残された記憶を辿る」**という応用技でした。
ある時、認知症を患い、亡き妻との約束の場所を忘れてしまった老紳士から依頼を受けます。ノクトは老紳士の影に触れ、そこから零れ落ちた「過去の光」の断片を影渡りで追いかけました。
セピア色に染まった影の世界を駆け抜け、ノクトは数十年前にその場所で交わされた「愛の言葉」を、一通の手紙の形に具現化して現実へと持ち帰ったのです。
それは、物理的な荷物だけでなく**「失われた心」**さえも届ける、究極の配達でした。
-訪れる代償:薄氷の存在-
しかし、能力を酷使するにつれ、ノクトの体に異変が起こります。
影の世界に長く留まりすぎたせいで、ノクト自身の「実体」が薄れ始めました。時折、触れようとしたカップをすり抜けてしまったり、自分の鳴き声が自分に聞こえなくなったりするのです。そして、ノクトの美しい金色の瞳が、少しずつ影と同じ深い灰色に染まっていきます。このままでは、彼自身が「影そのもの」になり、二度と太陽の下へ戻れなくなる危険がありました。
影渡りから帰還するたび、ノクトはまるで魂を削られたような深い眠りに落ちるようになりました。
-アルスの鞄が守るもの-
ある日、限界を迎えて道端で倒れ込み、影に呑み込まれそうになったノクト。
その時、背負っていたアルスの鞄がカチリと音を立てて開きました。
中から溢れ出したのは、かつてアルスが届けてきた数え切れないほどの人々の「感謝の念」でした。その温かな光が、ノクトの輪郭をこの世界に繋ぎ止め、薄れゆく体を再び現実へと引き戻したのです。
ノクトは気づきました。
「影渡り」は孤独な力。けれど、自分が背負っているのは、人と人とを繋いできた温かな歴史なのだと。
「……にゃあ(まだ、行ける)」
ノクトは、灰色になりかけていた瞳に再び金色の光を灯しました。
代償を払いながらも、彼は自分を必要とする誰かのために、影と光の境界線を走り続ける覚悟を決めたのです。




