宴ののち、玉座に座す者
結婚式の宴。
花婿と花嫁が寝所に下がり、残された者たちは思い思いに過ごしていた。
歴史のある国が戦で敗れ、荒れた国土を立て直すために、新興国から花嫁を迎える。
新興国は戦には参加せず、終戦の仲介を頼まれた。
話し合いの中で、新興国から援助してほしい。それだけでなく縁組みをして共に栄えましょうと提案された。
――新興国の持ち出しと負担が大きいのでは?
そんな疑問も湧いたが、新興国の立場が強くなるチャンスだと言われ、その話を受けることにしたのだ。
なんとなく、話の上手な外務大臣に乗せられた感もあったが……。
夜も更けて宴の会場を去る者もいたが、残った者たちは両国の繁栄を願ったり、下卑た会話を楽しんだりしていた。
――いわゆる初夜なので。
そこに、下がったはずの花嫁が再登場した。
「国王陛下、あなたの息子が『お前のような蛮族を愛することはない』とおっしゃっています。
そういうことは、事前に言うべきではありませんか? この不誠実なあり方をどうお考えか?!」
国王は腰を抜かさんばかりに驚いた。
「いや、それは何かの間違いでは……」
「子爵令嬢に操を捧げるらしいですよ。
そちらの宰相は、いかがか?! 存じておらぬとおっしゃるのか?」
花嫁は国王と話しても埒があかないと切り捨て、宰相の方を向いた。
「別れるように……話しまして……ご納得いただいたはずですが」
宰相は真っ青になって答える。
「なるほど。貴殿の政治手腕はその程度ということですね」
まるで歴戦の将軍のように威厳をまとい、花嫁は断言した。
「子爵令嬢の親はここにおられるのか」
よく通る声で、会場中に呼びかけた。
華奢な足で仁王立ちをして、腕を組む花嫁。
湯浴みの後で薄化粧、結っていない髪は扇情的だ。
まろび出てきた子爵に、花嫁は問う。
「お前は、この事態を何と心得る。和平の縁に水を差すのか」
「と、とんでもないことでございます。も、申し訳ございま……」
「詫びではなく、意図を答えよ。
お前の娘は、わたくしを愚弄するつもりなのか。お前はそれを良しとしているのか」
「が、学生時代の一時の戯れとして……」
「卒業してから何年経っている。
すでに子もおるのではないか?
もうよい。この国がいかに我々を馬鹿にしているのか、ようわかった」
花嫁の目は鋭く、言葉を失った年上の男性たちを射貫いた。
「この場にご臨席いただいた諸外国の皆様、我々の怒りをご理解いただけますか。
我々の憤りに賛同してくださる方は、壁際に寄ってくださいませ」
客たちは顔を見合わせながら、賛同するという人々が壁際に移動していく。
「この国の人間は、国王陛下の周りに移動なさい」
怪訝な顔をしつつも、わらわらと人が動く。
この国の騎士たちも急きたてられて、中央に移動した。
花嫁がさっと右手を挙げると、会場をぐるりと囲む二階部分からざっと弓が放たれた。
国王のまわりの人間が射られ、うめき声をあげる。
第二射が放たれ、倒れる者、支えようとする者、逃げる者と大混乱に陥った。
二階からさっと飛び降りた数名が、逃げようとする者に襲いかかる。
予め壁に避難していた人たちに合流しようとした人は、無防備な背中を切られ、倒れていった。
二階にいる弓隊は騎士の服を着ている人間を優先的に狙う。
無力な人間は悲鳴をあげるが、容赦されなかった。この場にいるのは、なにがしかの権力を持つ者であるはずだから。
人の生け垣が崩れ、あっという間に国王は捕縛された。
その様子を冷めた目で眺める花嫁は、ゆっくりと空いた玉座に歩み寄り……座る。
「さきほど寝室で、王太子殿下から宣戦布告を受けまして。
開戦の『のろし』をあげさせていただきました。
といいますか、チェックメイトですね。
停戦を提案した時点でまともな軍は壊滅し、王都でくだを巻いていた役立たずしか残っていない国。
自力で再建できないから、我々の力を借りたかったのではないのですか?
まあ、これで、他国への援助ではなく『広がった自国領』への援助になりますから、復旧のスピードはあがりますね。
もしかして、それを狙っておられました? そうであるなら、なかなかの頭脳派と言えましょう」
勇猛果敢な将軍たちは、戦場で散っている。
やり手の外務大臣は、この国の勢力争いで破れ、殺されたらしい。
この国を救う手立ては、外国からの援助を受けるくらい……そんな道しか残されていなかったというのに。
働き手を失い、荒れた農地。備蓄を徴収され、野垂れ死ぬのを待つだけの村。材料が手に入らず、物音が消えた職人街。商品も買う人もまばらな商店。
それを横目に、贅沢をしていた豚野郎がここにいる。
人々の惨状に胸を痛め、駆けずり回った人は……ここには、いない。
遊牧騎馬民族が起源の新興国を蛮族と侮りながら、援助だけは搾り取るつもりであったようだ。
どちらが卑怯な野蛮人なのやら。
外務大臣は、遊牧の文化を認めてくれて、友好を結べたが……もう断ち切られた絆だ。
キツい馬乳酒をむせながら飲んだあと、目に涙を浮かべて笑った人。
捕縛された国王が、何やら喚いている。
よく聞くと、王太子が助けに駆けつけることを期待しているらしい。
「ああ、王太子殿下ですか。
急げば、一命は取り留められるかもしれませんね。もう子作りはできないと思いますが」
侮辱されて、黙って耐えるような性格はしていないのだ。
国王の目線を辿ると、弓で倒された中に宮廷医師がいるのかもしれない。
生きていたとして、酒を飲んだ状態で役に立つのかわからないけれど。
王国の未来がとか、光り輝く王太子がとか、国王は自分の立場を理解していないようで、埒もないことを叫んでいる。呻いている家臣たちを思いやることもせず。
「国王陛下ぁ、少しは反省なさったらいかがです?
大体ですねぇ……『自分の息子くらい、躾けておきなさい!』という話なんですよ?」
ちなみに、弓は三分割して服を止める帯に仕込み、弦も帯に織り込まれている。
矢尻は耳飾りに偽装して、片耳に二つ――つまり四射だけできるのだ。
騎馬民族のゆったりした服の下には、他の武器も隠すことができる。
剣の携帯は不可と言いながらボディチェックもしない、平和ボケの国など敵ではなかった。
戦争をしている国で平和ボケとは……他人を戦わせて、王都で変わらぬ日常を過ごしているなど、腐った権力者としか言いようがない。
しかも、人の閨を肴に酒を飲むようなゲスな人間たち。
この地をどう治めるかは、兄たちが決めるだろう。
あの外務大臣がいないのなら、自分は関わりたくない。
この国で再会できないと知った瞬間、胸の奥で何かが音を立てて切れた
恋ではないが、未来を作る同志になれると確信していたのに。
ほどなくして、花嫁に賛同した外国の要人たちは解放された。
「どうか、正しく本国にお伝えくださいね。――約束を守れない蛮族は、どちらだったのか」
微笑む花嫁を、彼らは一生忘れられないだろう。
2025.10.18 加筆しました。




