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Last Escape

映画館はすいていた。二人は適当な空席を確保し、美里は飲み物を買いに行った。波子は既に買っていたパンフレットをめくり、出ている俳優をチェックしていると、美里が波子の分のジュースも買ってきて渡す。波子のお目当ての俳優を「どこがいいの?」とからかう。


“アツシくんから聞いた?映画のこと”

“あの女、あの映画に出てたんだ”


美里があの映画に出ていた。

この事実を知ってから波子はあの映画について考えざるを得なかった。

「あの映画」の事は思い出したくもなかった。

「あの映画」と「あの日」の事は。


目を反らし続けていた。

でもそろそろ限界だということを波子は悟り始めていた。


「美里」

低い声がはっきり波子の口からこぼれる。美里はパンフレットから顔をあげて波子を見た。

「美里は…何が言いたいの?あの映画に出てたって本当?」

場内が静かになった。映画の予告が始まる。

美里はしばらく口を開かなかった。

やがてぼそぼそとしゃべり出した。


「波子のことをずっと前から知ってた。あの映画の撮影に初めて参加した日にアツシくんと初めて会って…と言っても大賀からいろいろ聞いてたから初対面って感じがしなかったけど。

アツシくんは私がサークルの人間じゃないから気を使ってよく話しかけてくれた。アツシくんは多分自分で認識してる以上にあなたのことしゃべってたと思う。

のろけてる、ってかんじじゃなかったな。

アツシくんが話す波子という女の子はすごく好感がもてた。会ってみたい、って思ったくらい」


波子は先程美里が買ってきてくれたジュースを一口飲んだ。つられたように美里もジュースを口に運んだ。座席にもたれていた波子は体を起こすと、美里がしゃべり出すのを待った。

「上映会の1ヶ月くらい前からアツシくん、波子とうまくいってないんだってこぼしてて元気なかった。でも上映会には来てくれるはずだって言ってた。当日、私の隣りで映画を観ていた女の子が途中で席を立ってそのまま戻ってこなかった」

美里はちょっと黙った。波子はジュースを強く握りしめた。

「その時はわからなかったけど、その女の子は波子だった」

美里はそこまで言うとやっと波子の方に顔を向けた。

映画の予告が終わり、本編が始まった。

波子はバッグとジャケットを荒々しく掴んで立ち上がった。周りの客の迷惑そうな一瞥が注がれる。

「行かないで」

美里は波子の腕を掴んだ。

「私、私…行かないと…アツシと話さなきゃ。今すぐ」

波子はうわごとのように言い、美里の手を払いのけようとしたがその力は思いの外強く、無理だった。

「離して、美里」

波子は、静かに、諭すように美里に言った。

「お願い、離して」

美里はようやく手を離し、波子は出口に向かって小走りに去っていった。



波子が映画館から出ていくのを目の端で確認すると美里の目から大粒の涙が流れた。

美里はゆっくり手で顔を覆った。




あの時私は映画を最後まで見なかった。

あの日、上映会の行われた大教室で私はアツシが来るのを待っていた。

上映時間ギリギリになってアツシは私の知らない女の子と楽しげに話しながら教室に入ってきた。上映会に呼んでおきながら私の存在に気がつきもしなかったし、探すような素振りもしなかった。


映画の内容は酷いものだった。二人の男が徐々に関係を崩していった。その様を何度も私達と重ねた。私は1時間程で退席し、キャンパス内をやみくもに歩き回った。こんな映画をぜひ見て欲しいなんてアツシは悪趣味だと心の中でなじりながら。

涙が止まらなかった。この溢れ出る感情はなんだろう?

怒り?悲しみ?………嫉妬?

つらい。ただ、つらいだけだ。



もう、私の生活にアツシなんか、いらない。

そして、私はアツシから逃げた。



そして、現実から



***************************************************



ヒトミは車内でずっと歌っていた。賢治とトモオは特にしゃべりもせずヒトミの歌に耳を傾けていた。彼女は歌が上手かった。

しばらくすると賢治が口をはさんだ。

「その歌、なんてタイトル?」

「さぁ…知らない」

ヒトミはそっけなく言って歌うのを止めてしまった。

「トモオ、覚えてるか?FMでこの曲がよく流れてた時期があったな…」

「うん」

トモオは頷いて、賢治の穏やかな横顔を確認し、小さく安堵のため息をついた。

賢治が機嫌よく話しかけてきたのを何日かぶりだった。

何かが変わった、とトモオは確信した。

ヒトミは窓を半分開けてタバコを吸い出した。

「帰ろうか」

突然、賢治がぽつりと言った。

「どこへ?」

ヒトミは窓からタバコを投げ捨てると身を乗り出して尋ねる。

賢治はアクセルを一気に踏んだ。車が加速する。

賢治とトモオは笑っていた。

ヒトミはこいつらヘン、とぶつぶつ言って窓を全開にした。



***************************************************



波子は映画館を出ると携帯の電源を入れ、焦る気持ちを抑え、番号を素早く押した。

携帯がつながり、呼び出し音に耳を傾けながら大きく息を吸う。

……はい

「アツシ?」

……波子?おぉ、なんだよ。

突然、波子が電話してきてもアツシはいつもと変わらない様子だった。むしろ、この状況を楽しんでいる空気さえ感じられた。

天真爛漫でまっすぐ。空気を読まなくて周りを自分のペースで巻き込む。つき合いたての頃はそんなアツシの性格が居心地よかったっけ、と波子は思う。

多分、その頃とアツシは何一つ変わってないはずだ。

今度は逃げずに向き合えるだろうか?

波子は汗ばんだ携帯を握りなおした。

言葉が出てこない。自分の言動がおかしく思えて波子は笑ってしまった。

「ごめん、変だよね、私。元気だった?」

……元気だけど。この通り。あっ、見えないのか。

アツシは笑った。

波子も笑った。




そして、波子は一番言いたかった一言を言った。

「これから会って欲しい。私、アツシと会って話したい」



--------END--------


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