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第1話 ――鳥かごの邸に降る雪

 最果ての森に、冬の間だけ現れる館がある。

 深い雪に閉ざされ、地図にも載らぬ辺境の地。けれど、年に一度、その館へ足を踏み入れる者がいる。


 ――その年も、彼は来た。


 雪を割って進む馬橇の影が、冷たい白に染まる森の縁に揺れていた。

 氷の林を越えて、朽ちた石畳の先に、灰色の館が佇んでいる。塔のような尖塔があるでもなく、ただ静かに、厳冬の中に沈む邸。


 男はゆっくりと橇を降り、館の扉を叩いた。


「……ご無沙汰しています、“レン”さんや」


 扉を開けたのは、丸眼鏡の年配の女性。ハンナと名乗るその老女は、去年と変わらぬ口調でそう言った。


「ルイーゼさまは、お部屋の外で小鳥と遊んでおられますよ。――また、あの習慣でね」


「習慣?」


 ハンナは微笑んで、廊下の奥を指さした。


「雪の日には、手にバターを乗せて小鳥を呼ぶのです。北の鳥は、脂を求めて寄ってきますから」


 静かな廊下を抜けて、扉の向こうに出ると、雪庭があった。


 そして、彼女がいた。


 白い外套の少女が、ただ静かに、手を差し出していた。

 その手のひらには、ほんの少しのバター。くちばしを鳴らしながら、一羽の小鳥が降り立つ。


「……あなたが、今年の“客”なのね」


 そう言った彼女の声は、どこか眠たげで、どこか澄んでいた。

 名前はルイーゼ。館の“姫”だ。


「私はルイーゼ。この館の……囚われの姫、らしいわ」


 らしいわ――という言い方だった。


 初めて彼女を見た時、レン(アロイス)は思った。

 この館は鳥かごで、彼女は小鳥なのかもしれないと。


 けれど、小鳥は自らの意志で、この手のひらに降り立っていた。


 そうだとすれば、彼女は――囚われているのではなく、自ら鳥かごに入っているのかもしれない。


 レンは、小さく息を吐いた。


 今年の任務は、「ルイーゼという少女を調べろ」。

 神託を得る奇跡の姫、あるいは、ただの囚われ人。真偽を探れと命じたのは、国の上層部だった。


 でも、今、目の前の少女はただの少女のように見える。


 ――その瞳が、なければ。


「あなたの名は?」


「レンと呼ばれている」


「それは偽名ね」


 少女は笑った。まるで何もかも見透かすように。


 ……予言姫。神に選ばれた者。

 この館に封じられた“聖域”。


 そして、この雪に閉ざされた冬のあいだだけ、彼は彼女と会うことを許される。


 ルイーゼが言った。


「Will you stay till spring?」


 それがこの物語のはじまりだった。



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