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『この森は、あんたの実家の領地内になるのか』

『西側のキュンツェル伯爵領と分け合っている格好ですね。森の中で境界がはっきりしているわけではないが』

『ここへは、薬草採取に来たと』

『そうです』


 エトヴィンは、ある高貴な子息に勉強と魔法の使い方を教える家庭教師をしている。

 その子息が命に関わる奇病にかかり、その治療にこの森にしか生息しない白夢草しろゆめくさという薬草が必要なのだという。

 たいへんな話だけど。それにしても。


――この世界、魔法が存在するのか。まあ異世界としちゃ定番だけどさ。


『私がこれまで生きていた世界には魔法というものがなかったので、どんなものか想像がつかないんだが』

『そうなのですか』


 ということで説明をもらったところ。

 この大陸の中の国では皆共通で、人間の約半数が魔法を使える。

 生まれつき『火』『水』『風』『土』という四属性のうち一~二種を適性として持ち、操ることができる。二属性持ちは比較的貴族に多い。

 名前の通り、『火』属性魔法ならば目の前に火を生み出せる。たいていは人の拳程度の大きさの火球を、石を投げるような感覚で飛ばすことができる。

『水』属性ならば人の拳二つ程度の大きさの水球を生み、飛ばすことができる。

『風』の場合は目に見えないので分かりにくいが、同様に人の拳二つ程度の大きさの風を生み、飛ばすことができる。

『土』属性は少し異なって、目の前の地面から桶一つ分程度の土を掘り、脇に除けることができる。

 当然ながら『火』はまきに火を点けるのに重宝するし、『水』は飲めるので生活用水に使える。

 ただどれも手元に生み出して保持するのは十数えるくらいの間が限界なので、例えば『火』を照明として使うのは現実的でない。

 飛ばす速度も距離も本当に石を投げる程度で、『火』や『水』にしても人や魔獣相手の戦闘で使えるとはいえ強力な武器にはならず、一瞬の脅かし程度だ。実際に石などを投擲する方が、効果は高いと言える。『風』や『土』はほぼそうした役に立たない。

 どの属性魔法も連続して使用できるが、たいてい二~三十回続けると魔力切れを起こして動けなくなる。魔力は空気中の『魔素』を身体に取り入れるもので、場所にもよるが数時間休息すれば回復する。

 どれも貴族なら多少強力に使えるという傾向はあるが、飛び抜けて強い魔法というものの話は聞いたことがない。


――ラノベなんかで見る、生活魔法という感じかな。


『わたしは〈水〉と〈風〉の適性があるのですが、まあ〈水〉はこうした野外活動での飲料水として役に立ちますね。今のような三人程度の分なら、すぐに用意できます』

『そういうことになりそうだな』

『護衛の二人が〈火〉属性だから、焚き火にも困りませんね』

『つまり〈火〉と〈水〉はそういうふうに役に立つ、と。〈風〉は――』

『自分のことではありますが、ほぼ役立たずの属性ということになっています。その辺の埃を払うのがせいぜいで、何か獣とかを吹き飛ばせる力があるわけではない。暑い日に人に向けてぶつけてやれば多少涼しく感じますが、ずっと続けられるものでなし、何かで扇いだ方が現実的です』

『ふうん。〈土〉は穴を掘るのに便利という感じか』


 これが最もラノベ定番とは異なる点で、土で壁や柱などを作るということができるわけではないようだ。

 もう単純に、桶一杯程度の分土を掘ることができる、それだけらしい。


『土を掘るのに便利で、まちがいなく農民にとってありがたい属性でしょうね。ただ畑を耕すのに使えるとは言っても、桶一杯分を二~三十回というのでは、現実の農作業にはまったく足りない。実際にはやはりくわなどで耕して、面倒な箇所だけ魔法を使う、ということになるようです』

『なるほど。まあ、ないよりはあったほうがいい、という感じか』

『一般にそういう常識ですね』

『エトヴィンさんは魔法を教えていると言ったね。初めて使うときは教えてもらわないと難しい?』

『いや、ふつうは子どもの頃から自然と使えるようになって、成人する頃には安定しているものです。私の生徒の場合〈火〉魔法が多少他より強力なので、その制御のようなものを指導しているわけです。私は王宮で魔法について研究しているもので』

『なるほど』

『あと、稀に適性はあってもなかなか使えるようにならないという子どもがいるので、貴族の家でそうした指導をすることもあります』

『ふうん――とにかく私はこれまで知らなかったことなので、魔法が使えるのは羨ましい気がするな』

『私たちにとっては当たり前の存在ですが。まあ確かに、使えない者からすると使える者は羨ましく見えるものですね』

『だろうね。それにしても、この世界に来たからには私に魔法が使えるということはないだろうか』

『――それは、何とも……』


 分かるはずはない、だろうなあ。

 エトヴィンがいくら魔法の専門家だとは言っても、こんな人ならざるものについての研究はしていないだろう。


『魔素を身体に取り入れて魔力にする、と言ったね。その魔素というのは、どういうものなんだろう』

『これは、説明しにくいのです。研究の末、どうも空気中にそうしたものがあるらしい、と分かっているだけで。何しろ目に見えないし、匂いやそんなものがあるわけでもない。魔力の回復が休息場所によって異なるので、回復はそんな魔素というものを取り入れることで行われる、場所によって魔素の量が違うのだろうと予想されるのです』

『ふうん。その、魔素の領が多いのはどういう場所か、分かっているんだろうか』

『いくつか条件がありますが、最も分かりやすいのは自然の水の近くとか、大きな木の近く、といったところですね。なので我々が休憩や野宿をするとき、こうした川の近くなどを選ぶわけです』

『水と木、ね――』


――何やら、連想されるものがあるんだけど。


 何処までこちらの実状を打ち明けてよいか、悩んでしまう。

 へたにこちらの手の内を曝すと、弱みまで掴まれて利用される恐れがありそうだ。この身体で何ができるということもなさそうだけど、とにかくも摩訶不思議な存在、科学者の興味は惹くだろう。そんな研究対象で何処かに閉じ込められるのは、望むところじゃない。

 しかし一方でこんな自分自身にも理解できない自分という存在の理解を深めるのに、このエトヴィンという科学者の知恵を借りるのは有用だと思うんだ。今のところこの男に、嘘や打算的な意図は感じられない、という辺りでは信じてもよさそうな。

 まあやるだけやってみて不本意な成り行きになりそうなら逃亡を図る、という目算でもいいだろうと思う。


『いや説明が難しいんだが――そもそも私がこの姿でここに出現したのもわずか半日程度前のことで、分からないことだらけだしね』

『はい』

『その上で、分かっている範囲でなんだが。この身体で動いたりすることはできるんだが、その動くためのもとのようなものが必要で、それが不足すると警告のようなものが頭の中に見えてくるんだ』

『……はい』

『それが、あんたの言う魔力の場合と同じように、適切な場所で休息していると回復するらしい。それもさっき私が見つけられた、水辺で木の下という場所が最も適しているようなんだ』

『それは、また――』

『その回復というか充填というかそうしたものもさっき一度行った、というより現在継続して行っているだけなんで、何ともはっきりしたことは言えないんだが、とにかく分かっている範囲でその魔力の回復ってやつと似ているものを感じるな』

『そうですねえ、確かに』

『私がこうして充填しているのは、もしかするとその魔素と呼ばれるものなんだろうか』

『確かにこうして聞く限りで、可能性は高そうな気がしますね。そもそも、調べてみなければ何とも分かりませんが、あなたの身体が本当に金属のようなものだけでできていて動物のようなものの力を借りずに動けているとしたら、そんな突拍子のない話を聞いたことはありません。一方で我々の研究成果として、魔素というものが四属性すべてに共通で同じものであることが分かっています。つまりどの属性でも同じ魔素を身体に取り入れて、それぞれ自分に合った形で何らかの力に変え、四属性いずれかの魔法を発現している、と考えられています』

『うん』

『要するに魔素というのはどの属性に寄るものでもなく、魔法のような力を生み出しているわけです。それがあなたの場合、その金属の身体を動かす力に使われているのだとして、あり得ないことではない気がします』

『ううむ』



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