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8 感謝された

『信じられないと思うが――』

『そうすると君は、我々の命の恩人か?』

『は?』

『さっき昼過ぎ、我々はこの森で思いがけず大王熊だいおうぐまと遭遇した。護衛二人を連れているが到底敵う相手ではなく、逃げるすべなく接近されて死を覚悟するしかなかった。それがいきなり何か焦茶色のものが空から降ってきて、かの凶暴な魔獣を征伐してくれた。その救いのぬしが君――あなたというわけなのだろう?』

『あ、ああ――そういうことになるな』

『そうか、あなたには幾重にも感謝申し上げたい。本当にあなたは、我々の命の恩人だ』

『はあ……』


 やっぱり、あたしの転落先は魔獣のドタマに見事命中、という次第になっていたらしい。

 その事実だけなら、この男の主張にまちがいないんだろうけど。


『しかし、私は自分でも分からないうちに上空から落下していた。魔獣の頭に命中したのは、信じられないほどの確率と言える偶然に過ぎない。私が感謝されるいわれはないぞ』

『それでもです。あなたがこの場に現れたのが何らかの奇跡によるものか神の采配の故か分かりませんが、とにかく我々にとってはあなたの存在に感謝しかない』

『何だか、大袈裟だなあ』

『この恩には、必ず何かをもって報いたいと思います』

『報いる、ねえ……』


 少なくとも、礼に金品をもらっても何の役にも立ちそうにないんだよね。使いようがないし、そもそもそんなものを持ち運ぶ方法さえありそうにない。

 だんだん妙に口調が丁寧になってきて、何処か前のめりに目を輝かせたような様子のエトヴィンという男も、その辺はすぐ思い至ったらしい。


『とにかくも、もちろん十分とはいかないでしょうがこの森であなたが不自由のないようにお世話しますし、貴方がこの先行きたいところでもあるのでしたら助力させてもらいましょう』

『ああ、森の中を当てなく彷徨さまようことを思えば、ありがたいが』

『ええ。あ――え? その言い方ですと、ハル殿のこの身体、移動することは可能なのですか』

『ああ、まあ』

『失礼ながら足も何もなく、歩けるとは思えないのですが』


 確かに、足など何処にもないもんなあ。

 車輪はキャタピラに囲まれていて、さらに全身同色で目立たない。

 おそらくのところこの世界では、車輪は存在していてもキャタピラはないんじゃないかと思われる。


『説明が必要かな。本当に何故私の意識だか魂だかがこの中に入ってしまっているのか、見当もつかないんだが。この箱のようなものは、私が生きていた世界での乗り物を縮小した模型なんだ。正確には現実のそうしたものをもとにした、空想物語に登場する高性能なものを模型化したことになる』

『乗り物、ですか』

『うん。現実の大きさなら、上にある口を開閉して人が乗り降りできる。両側の下部に車輪がついているんだが、それをキャタピラというもので囲んでいて、それらを同時に回転して前後に動くことができる』

『そ、そうなのですか。人間やムマなどの獣が引くというわけでなく?』

『ムマというのは、そうした車などを引くのに使われる動物なのだろうか』

『ご存じないですか。ええ、体高は大人の女ほどある四つ足の獣です。それほど速さは出ませんが力はあるので、大きな町の中では人や荷物を載せた車体を引く〈ムマ車〉というものが使われているのです』

『なるほど』


 聞いた限りでは、牛か馬か、という辺りの動物なんだろう。速さはなく力があるということでは、牛に近いのか。


『とにかく、そうした引く力は要らない。現実のものは動物の力を使わない動力が開発されていて、それを搭載している。こちらは模型なわけで、そんな動力が使われているのか別の何かで動いているのか自分でも分からないのだが、とにかく動くことはできる』

『それは是非、見てみたいものです』

『夜が明けたら、見せよう――と言いたいのだが、本当に見せてよいものか、ためらいもある』

『ああ、そうだな。そんな不思議な力で動いていると知れたら、ふつうの民衆からは奇跡の存在扱い、科学者からは挙って研究の対象、それから――もしかすると教会から神の使いと讃えられる? または神の意思に反する存在――』

『どれをとっても、面倒極まりないことになりそうだな』

『ですねえ。あなたがそういう目に触れたくないという思いでしたら、そのように協力しますよ。ただ手前勝手でずるいと思われるかもしれませんが、私にだけは見せてもらって、それなりの判断をさせてもらえばと』

『……あんた、科学者だと言ったな』

『ええ。ですので、そうした好奇心を抑えられないというのは認めます。しかし恩に報いたいというのも本心で、他の者からの見られ方については、最大限あなたの意思を尊重します』

『まあ、確かに。あんたにだけは見てもらわないと、判断の下しようはないか』

『そう思いますよ』


 初対面の人物をそんな簡単に信用していいものか、迷うところだけどね。

 さっきからのこの不思議空間での会話、何とも表現しにくいんだけど、相手のこのエトヴィンという男が嘘をついていないということが、感じとれる気がするんだ。

 予想の通りならここはエトヴィンの夢の中、あたしはある種テレパシーのようなものでそこに侵入している、と思われる。そんな事情でエトヴィンは嘘をつかない、ついたとしたらそれを感じとれる、という感覚なんだと思う。事実の保障は何処にもないんだけど。

 それでも、少しは慎重に考慮することにする。


『とりあえずそこは、少し考えさせてほしい』

『そうですか』

『その前にお願いしたいんだが。言ったように私は、この世界のことが何も分からない。その辺、教えてもらえないだろうか』

『ああ、いいですよ。王宮の機密事項以外でしたら』

『助かる』


 快く了承してくれたエトヴィンの説明によると。

 この国の名は、オイレンベルク王国。現国王の名はマインラート・レーヴェレンツ。六代前の国王がそれまでの王家を攻め滅ぼし、今の地位に就いた。その後百五十年余り、現在の王家が続いている。

 オイレンベルク王国は大陸の中央から少し西寄りに位置し、南は海に接する。北、東、西は山地などを挟んでそれぞれ他国と境界を持っている。

 大陸にある主要七カ国のうち、国土面積、人口、国力など、ほぼ中頃の存在だ。

 国内は今の王家成立前からの有力者と、政変時に新王家に協力して爵位を得た者など、二十数名の貴族が領地を分け合っている。王家が国内全土を有し領主に統治を任せている建前だが、各領の自治はそこそこ強いようだ。

 爵位は高位から順に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。王家の血筋を引く公爵家が三家あり、残りは子爵以上が領地を持つ。男爵と一部子爵は領地を持たず王宮で職位を得るか、侯爵家などの家臣となっている。

 なおエトヴィンは今いるハインケス大森林の東に領地を持つラングハンス伯爵家の三男で、24歳だという。


『伯爵家子息――貴族だったのか』

『家を継ぐ可能性はほぼなく、王宮勤めが本職です』

『そうすると貴族でもない身として、敬意をもって接する必要があるんだろうな』

『あなたは命の恩人ですし、このような夢の中でしか話すことができないというのでしょう?』

『ああ。ふだんは見ることと聞くことができるが、話すことはできない』

『でしたら、この場では今のままで構いませんよ。その方が話しやすいのでしょう?』

『ああ、助かる。この国でのかしこまった話し方などは知らないし』

『話しやすいようにしてください』


 正直、言語は自動翻訳されている感触で、日本語で敬語を使えばそれなりの敬意を表す話し方になりそうな気はする。これまでの仕事柄、敬語を使うことだけなら不得意ではない。

 ただ問題は、丁寧な話し方をすると女言葉に近くなりそうなことなんだ。自動翻訳でその辺がどうなるものか、保証の限りじゃないわけで。

 さっきも考えた事情で、あまり女っぽさを出したくない、という気がする。

 本当にこうした夢の中に限られるということなら、本人が許すなら甘えておいていいだろうと思う。少なくとも現状こんな見てくれの存在で、外でうっかり話し方や態度をまちがって誰かに咎められる、などという要素も考えられないし。



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