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7 侵入した

 そう判断すると、この先どうすべきか真剣に考えざるを得ない。


――いや、そうか? 本当に真剣さ、必要か?


 そんな反論も、頭に浮かぶ。

 そもそも異世界に転生したなんていう荒唐無稽な事実からして、受け入れがたいのだけど。過去読んだラノベの主人公大多数みたいに「ああこれが流行りの異世界転生か」などと即刻納得する頭の柔軟さを持ち合わせているわけじゃないけど。

 しかし今いるこれを現実と認める限り、自分が模型の姿をしていること、周囲が今までの世界と異なること、これだけは疑いようがない。

 しかし、そこまで認めたとして。

 あたしの現状において、既読のラノベなどと明らかに異なる事実がある。

 まず、さっきも考えたようにこれは例のないことじゃないけど、非生物転生であること。

 これだけで、大半のラノベに見る御機嫌展開はあり得ないことになる。

 つまりはチートな能力を駆使して無双し、多数の美少女やイケメンを侍らせてヒャッハーする――内心口にしているだけで、軽薄表現に恥ずかし情けなくなってきたけど――という、あれだ。

 何しろ模型の姿で、ハーレムの主になどなりようもない。

 また、もちろんラノベの中には非生物でも無双、ハーレム主、ヒャッハーの主人公はいるわけだけど。前のくり返しになるけど彼ら、例外なくチートで強大な魔法を駆使できる能力の持ち主のはずだ。

 あたしに、その気配はない。

 無双もハーレムもヒャーも別にほしくはないけど、それよりずっと以前の問題だ。

 この世界で、あたしに何かできることがありそうにない。

 できることは、たいして速くもない移動、見ること、聞くこと。以上。

 この世界でどの程度強い存在かは知らないけどさっきの兎野郎の前で、何一つなすすべなく死んだふりする他なかった。それが現実だもんね。

 それを考えると、


――あたし、この世界に居続ける必要、あるか?


 という、疑問だけが残る。

 動物とも人間とも、意思疎通の方法が見当たらない。

 動物には攻撃されっ放し。人間には捕まったらそのまま。

 この先何か、生きる楽しみ、目標など見つけられそうにない。何せ、生きていないんだから。

 そう考えると、この先どうすべきか真剣に考える必要など、ない気もしてくる。


――本当になすがまま、でいいんじゃね?


 何ならさっきも考えたように、このままここで動かず朽ちていってもいいんだけど。

 この身体、元ネタの映画設定寄りの超合金だとしたら、そうそうたやすく壊れたり朽ちたりしそうにない。

 訳の分からないこの非生物に取り憑いた意識、いつまでこのままなのかも分からない。

 もしかすると、永遠に不老不死(?)でこの世界に存在し続ける運命なのかもしれない。

 そうだとするとこのままここで動かずというのも、退屈極まりないことになりそうだ。退屈で死にそう、なんて言い方もシュールというか意味不明に響いてきそうな。

 生きる楽しみなど、ほぼ思いつかないけど。ただ一つあるとしたら、この異世界の観察かねえ。

 前世界と異なるところが多々あるんだろうから、それを見て歩くというのならわずかに興味を持てそうか。

 こうなった以上、前世と言っていいのか、今までアラサー女として生きてきて果たせなかった一つの目標、何処か海外旅行をしてみたい、という思いもあったけど。かなり状況は異なるものの、ここで希望を叶えられるかもしれないじゃん。

 この先彼らの目を盗んで逃亡するのも不可能じゃないかもしれないけど、このままじゃその後、今いる森の中をさまようだけだろう。せっかく異世界観光するなら、自然だけでなく人間の営みも見てみたい。

 そうなるとここは、大人しくこの男たちに運ばれていくというのが得策か。もしかすると、人が住んでいる町などまで苦労せず行き着けるかもしれない。

 映画寄り設定ボディでまちがいなければ、彼らに破壊分解されることもなさそうだし。もしそこらに廃棄されても、よじ登って来れそうだし。


――よし、それでいこう。あんたたち、あたしの運搬役になっとくれ。


 ある程度腹を決めて落ち着き、周囲を見回す。

 さっきの食事のときより、焚き火は小さくなっている。たきぎを無駄に使わないということか。見張りの緑騎士が、傍に積んだ木の枝を時おり足している。

 二人の寝息は、静かに続く。

 そんな長閑な様子に、本来ならこちらも眠気が差してきそうなところだけど。しつこいようだけど、そんな気配はない。

 このまま徹夜して、体力の不安がありそうにない。むしろ充電が進んで、力が戻ってきている感覚だ。

 そうだとは言うものの、やっぱりすることがなくじっとしていると、何となく――頭がぼうっと――浮遊していく感じを――覚える。

 …………。


――……え?


 気がつくとあたしは、ぼんやりした薄闇の中にいた。

 さっきまでの森の中、じゃない。

 見渡しても、何もない――いや――。

 少し離れて、人が地面に座っていた。

 ややぼやけた感じだけど、何とか判別できる。青い髪、濃灰色のローブ姿。

 ついさっきまで焚き火の傍で寝ていた、あのローブ男だ。

 はっきり目を開いて、あたしを見つめてくる。


『君は、誰?』


 その言葉が、理解できた。

 日本語とは異なる、聞いたことのない言語のはずなのに、何故か意味がとれる。


『そちらこそ、誰だ』


 あたしが発した言葉も、相手の言語に一致しているようだ。

 やや驚いたように目を瞠り、男は応えた。


『私はエトヴィン・ラングハンスという、王宮所属の科学者だ。今はこの森に、ある薬草を探しに来ている』

『そうか』


 ある程度まともな返答をされて、こちらの態度をどうすべきか、迷ってしまう。

 いろいろ疑問はあるけど、とにかく今は会話が成立しているらしい。

 特に元日本人として、初対面の相手に対する言葉遣いに悩むのだけれど。

 この世界が想像される中世ヨーロッパ風とかナーロッパとかそんな感じ――いやそうじゃなくてもとにかく――だとしたら、こちらの性別が女だと知れると対等近く扱われない恐れを感じるんだよね。

 まあ何であれ現状は性別など無関係の存在なんだから、ここはその辺秘匿の方針でいこうと思う。


『いや何と言うか、いろいろ分からず混乱している状態なのだが。失礼ながら、まず一つ確認したい。私からあんたはローブ姿の男性と見えているのだが、あんたから私はどう見えているのだろうか』

『そこは答えに苦しむな。何も見えていない、と言うか、ぼんやりそこに存在する、どうも人間らしい、としか分からない』

『そうなのか』

『私は今、確かに眠っているはずなのだ。私の認識でここは夢の中、君は私の夢への侵入者と思える。しかし見た目ははっきりしないのに、声は鮮明だ。夢なのか現実なのか、理解に苦しむ』

『なるほど。訳が分からないのは、私も同じだ。私の名は、ハルキという』


 このあたしの名前、子どもの頃からしょっちゅう、音だけだと男にまちがえられることが多かった。悠姫という漢字を見せればまず、日本人には女と信じてもらえたわけだけど。

 音だけだと、外国でもどちらかというと男性名寄りに聞こえるんじゃないかな。

 この推定異世界ではどうなのか、まったく予想つかないんだけど。


『ハル――ケィ?』

『発音しにくければ、ハルでいい』


 日本語の発音が外国人には難しいというのはよく使われるネタだけど、どういう原因によるものなのかよく知らないんだよねえ。

 今の場合何となく、ル、キ、という並びがすべて子音+母音の組合せになっているのが馴染まないんじゃないか、と勝手に推測してみる。

 ハルだけなら、最後の母音の発音は曖昧でも、それらしく聞こえるっしょ。


『うむ済まない、ハル、だな』

『信じてもらえるか分からないが、少し前までおそらくこことは違う世界で生きていた。それが突然、この森に落ちてきた、という感覚だ』

『落ちてきた?』

『ますます信じられないかもしれないが、今の私の姿は、さっきあんたに運ばれてきた焦茶色で箱型の物体だ』

『何だと?』



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