65 待伏《まちぶせ》した
それからさらに岩地近くの左右を辿り、明らかに大形動物以外なら通り抜けられそうな幅の裂け目を見つけた。
ここが問題の地点なんだろう。幅二~三メートル、奥行き数百メートル程度、両側から垂直に近い岩盤が迫った狭い抜け道の格好になっている。
確かにこの様相だと、鼠の類いなら不可能でないにしても、両側の高みに登るのは困難そうだ。大群で殺到して抜けようという魔獣たちも、一応は行儀よく順番に潜ろうとするのではないか。
両横の方向は数キロメートルに及ぶのではないかという岩山、そしてかなりの高さの山が続いているらしい。山の向こうからこの近辺の麦の実りを嗅ぎつけて向かってくるのなら、まちがいなくこの道を通ることになる。
――あとは、待つだけ。
岩の裂け目出口から十数メートル離れて、ちょっとした茂みがある。近辺にはっきりした道はなく、ほとんど荒れ放題の草地が広がる。中でもその茂みの中なら、あたしが身を隠して潜望鏡で見張りを続けるのに好都合と思われる。
ごそごそと、草の間にあたしは潜り込む。
後ろを振り返ると見通す限り山などはなく、低くまで夜闇が続く手前にぼんやりと町の佇まいが沈んでいる。そこからこちらに向けてしばらく畑が続き、この近辺に来て草地が広がる。ずっと星月の下で真っ暗ではないものの、光景はそうしたものがぼんやり見てとれる程度だ。
そちらが東方向のはずでやがて陽が昇るのだろうけど、まだその予兆も見えない。
時刻は、二時をかなり回っている。
日の出まであと二時間といったところか。エトヴィンの情報で、魔獣のこの地点到着予想は早朝ということだった。
――さて、どれだけ待つことになるか。
ほとんど魔素は消費していないけど、一応充電をしながらじっとしていることにする。
以前行った概算で、充電満タンならあたしの魔法は休みなく使用して六アーダ(時間)以上は続けられる、と予想されるんだ。ここは怠りなく準備しておく一択だ。
一時間以上が経過して、背後の方角が薄明るくなってきた。正面の岩地も、少しずつ細かい外観まで判別できるようになってくる。
今のうちに一回試し、とその狭い裂け目脇の岩に目を凝らす。
レーザー砲を取り出しざま、水鉄砲発射。
水の筋は、狙い通りの箇所に命中。かすかに、岩の表面が削れたみたいだ。
相手は動きが速いと聞いているので絶対の自信は持てないけど、まずこの場所からの狙撃で目を射貫くことは可能と思っていいだろうね。
一応試行に満足して、待機体勢を継続。
徐々に、背後からの明るさが増してきている。振り向くと、地平線に陽の形が覗き出したところだ。
こちらが少し高所になるためか、射し出した朝陽の輝きが全世界を照らし始めるみたいな広大な光景が見渡せる。
視界のかなりの部分は、緑の畑。おそらくのところ生育の進んだ小麦が大半なんだろう。
この緑を守るのが、今のあたしに課せられたミッションだ。
理想としては、この地点でかの魔獣を一匹たりとも逃さず仕留めなくちゃならない。
現実を言えば数匹程度逃しても、今回問題にしている喫緊の重大な危機は払拭できるんだろうけど。鼠魔獣の繁殖力を考えると、数匹の残兵でも将来的にこちらの地域での脅威が残ると予想されているんだ。
――あたしにはできる、と信じるっきゃないよなあ。
朝日が完全に昇り。見つめ続ける岩地は細部まで鮮明に判別できるようになってきた。
あの箇所に、魔獣が横並びに現れる。岩地を抜ける瞬間を狙い、横払いに連続射撃する。
一回の横払いは、ものの数秒で済ませられるだろう。問題は、それを何回連続しなくちゃならないか、だ。
頭の中でそんなシミュレートを続けながら、待つ。
ひたすら、待つ。
そろそろ、到着予想時刻のはず。とは言えこんなの、正確な対象観察から導き出した予想じゃない。いくらでも誤差などあり得るだろう。
そもそも、きやつらの群れがこの地点を通ることそのものも、決定事項じゃない。この地の現状や相手の習性に鑑みて、高い確率で予想されるっていうだけだ。
ここまで必死に準備したけど、空振りになる可能性だって残されている。
とは言え、今のあたしに他の可能性を追う余地は残されちゃいない。とにかくこの可能性に賭けて、ひたすら待つだけだ。
待つ。
ひたすら、待つ。
朝陽はかなり地平線を離れ、世界は新しい日を迎えた輝きを増している。
東方向、ほぼ一面緑の眺望に、米粒より小さいものの動きが見え出した。
畑で、農作業が始まっているんだろうか。
このまま魔獣の侵攻を許したら、あの農民たちもすぐさま避難しなくちゃならなくなるんだろうけど。たぶんこの地域にそんな触れが回る余裕はないままなんだろうな。
見直した岩の裂け目に、目と耳を凝らす。
前方に変化が生まれるとしたらまず音からだろうという予想で、最大限に耳を澄ます感覚を求める。
鼠魔獣の大群接近がどんな音声を伴うかは経験がないので分からないけど、おそらく鳴き声とか足音とかは届いてくるんじゃないかと思うんだ。
耳を澄ます。
と、今までにない音が聞こえた。
しかし待ち侘びている前方でなく、逆方向からだ。
カ、カ、カ、という、予想される魔獣よりは大きめの足音らしきもの。それは、先日カルステンに運搬された際に聞き続けていたものと、同種に思われる。
振り返ると、やっぱり。数十頭かと思われるミーマが列をなして近づいてきていた。
騎乗しているのは全員同じ色の簡易鎧姿、王宮の衛兵と似通っているところからすると、国軍だろうか。
騎馬集団は、見る見るこちらに近づいてくる。おそらく大目鼠征伐に派遣された国軍のうち、ミーマに騎乗しているため先行を命じられた一群だろう。ミーマを駆けさせるなら休憩をとりながらで魔獣通過に間に合うか五分五分とエトヴィンが言っていた、結果がいい方に転んだみたいだ。
とは言え。
――そうすると、あたしはどうするか。
たぶんここで最良の策は、魔獣の群れに対してあたしが水鉄砲で足を止め、彼らが剣などで仕留めるというふうに役割分担することだ。
しかしあたしに、そんな相談をする方法がない。
このままあの兵たちの前に出ても、そもそもあたしの正体や立場などを伝えるすべがないんだ。
マズったな、と思う。
こんな可能性を予測して、王子かエトヴィンかの一筆を持参してくるべきだったか。
まああの話し合いの最後は、とにかくグーズ便を何とか間に合わせようと急ぐしかなかったしなあ。
――それにもしそういう手紙などを用意したって、スムーズに意思疎通や理解が成立するとは思えないわけだし。
ここは彼らに任せて、あたしは傍観に回るのが最善か。
彼らが岩地出口を囲む形をとったら、あたしからの視界は遮られて水鉄砲を使えない。
でもエトヴィンの話だと、大目鼠はとにかくすばしこい、この岩地からの出口を大勢で囲んだとしてもある程度は足元をすり抜けられてしまうんじゃないか、ということだった。
魔獣の大群をかなり減らすことだけでもできれば、この地の当面すぐの壊滅的被害は避けられるかもしれない。最低目標は達成できると思っていいか。
しかし何度も言及しているように、数匹でも取り逃がしてこの先に生息を始められると、繁殖力の強い魔獣ということで将来的長期にわたって農業被害が続くことが懸念されるという。
国の将来を思うと、ここでやつらを根絶することが理想だ。
――どうするか。
あたしが唸り黙考する間に、ミーマの集団はすぐ手前まで近づいてきていた。
とにかくもこの姿を見つけられて要らぬ騒ぎを起こすのは愚策、兵士たちの魔獣征伐活動の邪魔をすることになりかねない。
そういうことであたしは、草の中を見つからないように少し離れた場所まで移動する。
カ、カ、カ、とミーマの足音が大きくなり。
「停まれ!」
「おう!」
岩地の抜け道の手前で、全軍停止した。
その数、三~四十名というところか。




