64 運搬された
わ、わ、わ、わ――。
ひゃ、ひゃ、ひゃーーー。
――揺れる、揺れる――。
当然ながら音声にならない、悲鳴を心中上げ続ける。
全方向の視界真っ暗なまま、上下前後左右、嫌というほど揺れ躍り続けながら。
それでも明らかに、前方へと高速移動の感触に安堵して。
あたしは今、そんな不安定な状態のまま、目的地へ向けて全速力で運ばれている。
時刻はもう夜中、場所は王都から南に向かう街道の上、のはず。
本来なら到底甘受できない待遇、のはずなんだけど、もうこれしか方法はないというんなら仕方ない。
これが人間の身だったらとっくに乗物酔い酩酊状態、全身あちこち打ちつけて息も絶え絶えで不思議ないところだけど、この身体が頑丈かつ鈍感な作りだということが何とか幸いしているわけだ。
こんなあたしの運命は、ついさっきまで続いていた第三王子とエトヴィンの話し合いの中ようやく思いついた案で、決せられた。
「どうしようもないんだよな。移動手段で最も速いのはミーマ、しかしこれは連続走行が可能なのが半日程度、数アーダ(時間)の休憩を挟んでも合計一日程度が限界、と」
「はい、これ以上の方法は存在しません」
「手紙や小荷物程度なら、伝書鳥やグーズ便があるわけですけどねえ」
カルステンの発言が、ちりりとあたしの頭を刺激した。
すぐに、王子に質問を発する。
「え、ああ――うん。エトヴィン、ハルから質問だ。伝書鳥とグーズ便の詳細を求む、と。僕にしても名前を知っている程度で、詳しく説明はできない」
「ああ、はい。伝書鳥は鳥型魔獣を調教したもので、手紙や小荷物のようなものを足に結わえて目的地まで飛ばすことができます。ただ決められた拠点の間だけの飛行に限られるわけで、だいたいは王都と各領都程度ですね。グーズは見た目犬に近い四つ足の魔獣で、伝書鳥よりはやや重さのある小荷物も運べます。貴族だけでなく商会などもよく利用していて、目的地の指定も多くなっていますね」
「――それぞれ、速度と運べる荷物の重量は?」
「速度――今話題にするということは、その岩地、と言うか手前の町ライナーまでの問題ですよね。伝書鳥なら一~二アーダ(時間)、グーズなら一日前後というところではないかと思われます。重量は正確に記憶していませんが、鳥だと一マガーマ(キログラム)程度、グーズだと四~五マガーマ(キログラム)といったところではないかと」
「ライナーまで伝書鳥は飛ばせないんだな。グーズ便は可能か?」
「比較的大きな町ですのでおそらく可能かと」
「グーズはミーマより速いわけだな。連続走行は?」
「二日程度は休まず走り続けられる、夜闇の中でも大丈夫、と聞きます」
「自己申告だと、ハルの重さは三マガーマ(キログラム)くらいじゃないかと言っている」
「え? じゃあ、グーズ便で運搬可能だと?」
「そういうことになりそうだ」
「だとすると、今すぐ出発できればその岩地の大目鼠通過に間に合うかもしれない!」
「ハルは、是非ともその方法に乗りたいと言っている」
「すぐ、準備しましょう! ハル殿の重量を量り、グーズ便の手配を」
というわけで。
あたしは今、風呂敷のような布に包まれ、黒いグーズの首に紐で結びつけると同時に布の上端を口に咥えられ。全速走行の魔獣の口先でぶらぶら揺られっぱなしという境遇に相成った次第。
グーズは見た目中型犬、という感じの大人しい魔獣だ。魔獣というだけあって、肉体の強さは犬に勝るのだという。
目的地はライナーのグーズ便取扱店。
王都を真夜中過ぎに出立したので、到着予定は翌日の夜ということになる。取扱店は閉まっているだろうけど、躾けられているグーズはその店の前に荷物を下ろす。風呂敷もどきの布はあたしのハンドで解けるので、そのまま自力移動を開始。そこから約三ケター(キロメートル)の距離だという岩地を目指す。
こちらと同時に、カルステンもミーマに騎乗してライナーに向かっている。
途中休憩も挟むのでグーズよりかなり遅れることになるけど、ライナーであたしを待つことになる。ミッション終了後のあたしは、カルステンに回収されて王都に帰還する予定というわけだ。
――首尾よく、間に合うことができるか。
机上の計算では、大目鼠がその岩地を通過すると予想される早朝より、あたしのライナー到着の方がそこそこ早いことになる。
けれどグーズの走行が万事予定通り進む保証は、何処にもない。
ましてや鼠群れの進行など、まったく予想と言うより想像程度にしか掴めていないんだ。明日の早朝より大幅に早くても遅くても、まったく驚嘆に値しないってことになる。
それでもとにかく今のあたしには、このグーズの進行に何の邪魔も入らず無事走破してくれることを祈るだけだ。
揺られ振り回され放題で多少の居心地の悪さなど、構っていられる場合じゃない。
――いや、でき得れば平穏静かに運ばれるのが理想、だけどね。
布に包まれた境遇だし外はまだ夜、視界は真っ暗で自分の運搬がどんな進行をしているのか窺い知ることもできない。
ただとりあえず、体内時計を装備しているのは幸いだ。
頭の中を探ると、午前三時過ぎ。聞いた限りこの季節だと、そろそろ日の出が近いはずだ。
そのまま走行は続き。やがて包まれた布の外は白んできたみたいだ。
本当にこのグーズという魔獣、疲れ知らずのようだ。あくまであたしの体感ということになるけど、出発後ずっと変わりなく一定の速さで力強く走り続けていることになるらしい。
足音も、それほど立てない。た、た、た、た、という軽快な鈍い響きが、ただ不変のリズムで続いている。
こちらだけは甘受するしかない、ぶんぶん振り回されるがまま、着実に運搬は進んでいると思っていいだろう。
時計は正午を過ぎ、午後も深まり、やがて周囲の明るさは落ちてきた。
頼もしい走行は、ただ愚直に進む。
また布の外が暗くなっても、ただただ一定の揺れのまま。
時計は進み、夜は更け。0時を回って間もなく、グーズの足どりが緩んだ。
と、と、と、とまるで惰走といったように進み足の力が抜け、やがて静止する。
そう躾けられているということで器用に首を捻って結わえた紐を外したらしく、咥えた荷物を地面に下ろす。ここはほとんど振動や衝突刺激がないというのが、驚きだ。
あたしが布を解いて顔を出すと、グーズは店らしい木戸を閉じた建物の前に用意されている桶から、水を飲んでいる。一仕事終えたご褒美となっているんだろう。
――ご苦労様、ありがとう。
当然声は出せないので、あたしはただその尻に向けて手を振った。
そうして。さて、と遠くを見回す。
幸い晴れた夜で、十三夜程度かという月が闇に浮かんでいる。右方向はかなり低くまで青黒い空が続き、左向きには少し離れた山の形が見てとれる。目的地は山方向、十数キロメートル幅の山地のほぼ中央にある岩地だと教えられている。
迷わず、あたしは方向を定めて走り出す。
山があるのが西の方向、グーズの終着点である店は町のかなり西端近くになっているらしい。
土の露出した町中通りに通行人はなく、両側の建物もやがて切れ切れになる。
そうした果てに、道は畑の中に入った。麦だろうかそこそこ高い実りが続く中を縫い、山の方角に続いている。
細くなった道の両側に、同じような実りが続く。
してみると、まだここに大目鼠は到達していないと思ってよさそうだ。
岩地に着くまで同様に作物の無事が続くことを願いながら、あたしは足を急がせる。とは言っても相変わらず、人の速歩程度が限界なわけだけどね。
徐々に、山の聳えが近づく。
しばらく右へ左へと位置を調整すると、教えられたように岩地らしきものが左先に見えてきた。
あれだろう、と勇んでそちらを目指す。
まったく安堵したことに、そちらまで続く畑にまだ食い散らかされた痕跡は見えないみたいだ。
――間に合った。
敵はまだ未着、と確信し、岩地の隙間を探す。




