63 提言した
「その地点に間に合わなければ、どうなる?」
「群れがそこを抜けた後には、今度は全方向の先に小麦畑が存在するわけですから、群れが散らばって思い思いの方向に突進することが考えられます。こうなると兵を何千名くり出しても即時討伐は困難ということになりそうです」
「何と」
過去、同様に大目鼠の大発生が起きたことがある。その際は北や東の地域で今回ほど広大な平地ではなかったが、鎮圧まで数ヶ月を要し、穀倉地帯の収穫はほぼすべて失われたという。
今回はこのままだと、国にとってその際の数倍、下手をすると数十倍の打撃ということになりかねない予想が立つ。キュンツェル伯爵領の小麦を食い尽くした魔獣の群れは、その広がりのままティルピッツ侯爵領に雪崩れ込むこと待ったなしと思われるのだ。
くり返し言及されていることだけど、この二領の小麦収穫が失われると王国全土の食糧が困窮する事態がほぼ確定してしまうんだ。
「つまり、その狭い岩地の箇所で征伐しなければ、その二領の小麦は絶望的というわけか」
「何にせよ、動きが素速いことで知られる魔獣です。その狭い箇所を全軍で囲んだとしても、すべて逃さず仕留められるという保証はありません。何人で人の壁を作ったとしても、足元をすり抜けられる危険は残ると言われます。それでもまちがいなく、他の場所で対敵するよりは征伐の効果は高いと言えるでしょう」
「しかしそれが、間に合わない公算が大きい、と。何とも、計ったようにこちらの対処が難しい襲撃が起こったものだな。それもまた、人間の謀としてはあり得ない、魔獣の出現ときている」
「そこなのですが殿下、今までの地面龍やジャイアントモールは別にして、この大目鼠に関しては人間の手で出現させることもできるかもしれないのです」
「そうなのか?」
「過去試みに、大目鼠の飼育と繁殖をして成功したという記録があるのです。この魔獣の生息地はもともと北方の山中なのですが、そこの近くでですね」
「へええ」
「何しろ雑食なので餌に困らないし、繁殖力も高くかなり手軽に殖やすことができた、と記録されています」
「なるほどな」
「しかしこの魔獣、人間の食糧にはできませんし何に役立つでもない、もし飼育場から逃亡すれば人里近くで繁殖してとんでもないことになりかねません。そういうことで、飼育実験も取りやめになったとか」
「何のための実験だったんだ?」
「さあ。まあ科学者というものは、何でも調べたり試してみたい習癖の持ち主ですので」
「へええ」
「しかし話を戻しますと、ですから人間の力で繁殖させた大目鼠を、王都南西部の地域に持ち込んで放すということも、できない相談ではないかもしれません」
「想像できるところでは、北の地域で繁殖させ、王都の北部や西部の人の少ない地を辿って運搬する、ということになりそうだな」
「はい。むしろ、過去王都より南でこの大目鼠の自然発生の実例はありませんから、この運搬の可能性の方がありそうなことだと言えます。千匹に及ぶ数を運ぶというのはたいへんな労力が必要でしょうが、不可能というわけではない」
「北の地域、か」
二人顔を見合わせ、溜息。
おそらく二人ともに、同じ領地名が頭に浮かんでいるんだろう。
『その隣国に協力していると思われる何とか侯爵、今の条件に当てはまるわけだね』
『うん、エクヴィルツ侯爵ね』
あたしが問いかけると、苦虫を噛み潰したみたいな返答が来る。
その顔のまま、王子は向かいともう一度頷き合い。
「ご苦労様なことだけど、手間に見合うだけの成果が見込めそうな策と言えそうか」
「ええ。今検討したように、兵を出しても全滅させることはほぼ望めません。かなりのところキュンツェル伯爵領に被害を与えられそうです」
「その上で援助を申し出て懐柔、王宮警備に綻びをもたらす、というのも可能?」
「かもしれません。もし想像が当たっているとしたら、仮にも同じ国の者として、何を考えて他国に協力し自国の滅亡に結びつきかねない暴挙を行うのか、と怒りが抑えられませんけどね」
「とにかく兵を間に合わせて、できるだけ多くその魔獣を狩るしかないわけだ。陛下や軍の上層部でもその辺考えているんだろうけど、出発した国軍の兵たちは何か策を持っているんだろうか」
「聞こえてくる限りでは、うまい策はないようです」
「間に合わせる手立てはないのか――ミーマを使っても無理か?」
「ミーマでも一日以上かかるでしょう。その上ご存知のように、ミーマは一日走り続けることができません。途中で交換するか休ませるかということになりますが、その岩地の地点まで行くのに、途中適当な交換の場所がないはずです。目的地のすぐ手前にライナーという町があってそこなら交換も可能ですが、休みなしでそこまで着くことができません。伯爵領領都からでも、事情は同じはずです」
「魔獣の群れがその地点まで、予想一日半と言ったな。ミーマが休みなく走ったとしたら間に合うかもしれない。数アーダ(時間)の休憩を入れた場合ぎりぎり間に合うか、魔獣の通過直後かというところか」
「そう考えられます。また千人近く派遣したという兵に、ミーマは全員分行き渡りません。せいぜい二~三百というところかと」
「王都からの兵が二~三百、間に合うかどうか、領都からのものも同様というわけだな」
「そういうことになります」
「間に合ったとしても、千名でも全滅は困難という相手に、数百名規模と」
「はい。間に合わせる方法があるかどうか、間に合ったとして全数近く征伐が可能かどうか、という問題になります」
「すばしっこい相手、か。何とか足を止める方策があればいいのだろうけど」
「今のところおそらく、そのような方策は見つかっていないと思われます」
うーん、と考え。
そこまで聞いて、あたしは王子に話しかけた。
「え?」
「え、どうしましたか、殿下」
「いや、ハルから話しかけられたんだけど。ハルなら、その岩地で横並び十数匹、全部で千匹程度の鼠魔獣、足を止められるかもって」
「はあ、何ですって?」
「エトヴィンたちは、実際に見たんだろう? ハルの水鉄砲ってやつ」
「ああ!」
「そうでした!」
いきなり、もう一名の叫び声が加わった。
エトヴィンのすぐ後ろに立つ、カルステンだ。
「でした。あの山中で、黒毛狼の集団を次々と動けなくさせていたのです」
「ああ、そうだった。水魔法を細く強く、目に命中させるのだったな」
「はい。狼に有効だったのですから、それより小さい鼠にはもっと効くでしょう。しかもかの魔獣、名前の通り目が大きく、命中させやすそうです。ハル殿の話では、およそ二十メートル先までならかなりの命中率を見込める、ということでしたね」
「そうだな。問題は、相手の素速い動きに合わせて連発できるかどうか、か」
「それもハルは、おそらく大丈夫って言ってるよ。横並び十数匹ならほぼ同時に連射できる。魔力量的に、それを千匹分くり返すのも問題ないって」
「なるほど、確かにハル殿なら可能と思われます」
「しかし問題は、軍と同じだね。ハルの足で、その鼠の通過に間に合わせることはできない。人間の速歩と同程度って聞いたけど、もう出発したはずの国軍にも後れをとってしまっている」
「そういうことですね」
「何か、方法はないでしょうか。また私がハル殿を背負ってミーマで走ることはできそうですが、やはり途中の休憩が必要です」
「それがいちばん速いのだろうが、今検討したように間に合う保証はありません。間に合うかどうか半々程度の予想で、ハル殿に無理させたくはありません」
「そうか、そうだなあ」
王子もエトヴィンも、示し合わせたかのように同じく腕組みの格好になっている。
この魔獣討伐が七日後に予想されている王宮での騒乱の成否に影響する、颯人の生まれ変わりたる第三王子の運命を左右するということなんだから、あたしとしては是が非でも実現させたい。
それでもこの世界に出現してからずっとの悩みだけどこの身体、移動速度の向上だけはどうにもならないんだから歯噛みする以外ないんだよねえ。




