61 考量した
「この件はその後の調査を待たなければなりませんので、話を進めます。先日から報告が来始めていた件で、ティルピッツ侯爵領の南部でゴブリンの大群が目撃されたというものは、最初の村が総出でゴブリンの集落を攻撃し、根絶やしに成功したということです。またキュンツェル伯爵領の南部複数の村で呪いが広がっているという騒ぎが起きたようですが、どうも呪いの正体は感染系の病だったらしく、幸い一つの村である程度治療に成功したようです」
「うん」
「時系列的には、この後にキュンツェル伯爵領の東部で地面龍が目撃された、ということになるようです。少なくともこちらは地面龍の死骸が見つかって、人里などへの被害は未然に防がれたということになります」
「そうだね」
「あともう一件、先ほど報告が入っていました。キュンツェル伯爵領北部の農村を、ジャイアントモールという魔物の群れが襲ったというのです。奇天烈な名前で分かりにくいのですが、大きなモグラの魔物らしくそれが三十匹程度の群れで地中を進んできたようで、そのまま通過を許すと畑の作物は全滅、人家などの建物も崩壊させられるということです」
「へええ」
村人と夢会話したときも感じたんだけど、この「ジャイアントモール」という名称、やっぱり現地語でこのままの発音らしい。
日本人が聞いたら少なくとも「ジャイアント」は英語で「大きい」という意味だとほとんどに通じるだろう。プロ野球球団名にあるし、昔はプロレスラーにもそんな名前の人がいたらしいしね。ああ、パンダの名称にもくっついていたか。
一方こちらではかなり博識のエトヴィンに意味が通じていないみたいなところを見ると、この名付けが何処から来たか、どうしても気になる案件だ。
「ただこれも幸いなことに、二つ目の村に達する直前に村人たちが征伐したようです。一つ目の村が襲われた時点で領都に連絡が走り、すぐに領兵を向かわせたようなのですが、そのままでは二つ目の村の被害に間に合わないはずだった、被害が広がらずに済んで不幸中の幸いだった、とキュンツェル伯爵領から王宮に報告が入ったということです」
「そうなんだ」
「ただ不思議なことには、村人たちもどうしてそいつらを征伐できたのか分からないと言っていると。数人の者たちが赴いたところ、目の前でいつの間にか魔物たちが地中から飛び出して動けなくなっていた、ということのようなのです」
「そう……」
頷いて、王子はテーブルの上のあたしを見下ろした。
察してあたしは無言通信を繋げる。
『この件、話しちゃっていいのかな』
『いいよ』
さっきからエトヴィンの表情は、王子が話を聞いてあまり驚かないことを不審がっているみたいだ。
その辺この腹心に疑問を持たせ続けるのも得策じゃないし、この先の対策を話し合うためにもこの情報は共有していていいと思われる。
離れた側仕えたちに聞こえないようにと、王子はいくぶん声を低める。
「いや、僕があまり驚かないので不思議かもしれないけど、全部すでに聞いていたんだ。今出た件の解決すべて、このハルのしたことらしい」
「何と、そうでしたか。地面龍の件は、私も聞いていましたが」
道中の五日ごとの会話でもその後でも、薬草運搬についてなど他の件の確認が優先で、これらについては触れていなかったはずだ。
「今のジャイアントモールの件だと、村人たちより先に群れに近づいて、土魔法で魔物を掘り出し、水魔法で体内から水分を奪って動けなくした、という手順らしいよ」
「そうなのですか――水魔法で体内から――地面龍の際もその方法をとったと聞きましたが、そんなことができるのですね」
「らしいね。それからゴブリンに対しては、風魔法で足の腱を切って動けなくした、と」
「ああ、ハル殿の物を切る風魔法ですね。私も教えてもらいましたが、ハル殿ほどうまくいきません」
「ハルでも地面龍やジャイアントモールを斬ることはできなかったらしいから、限定的みたいだね」
「なるほど。しかしその水も風も今までなかった魔法の使い方ですので、研究してみたいところです――ああいや、今抱えている問題を解決してからということになりますが」
「そうだね」
「しかしすべて、ハル殿が解決したとは。言われてみればこれら、時系列で見てハル殿の移動と一致していますね。そうだ、呪いと思われていた病も、ですか」
「どうも、前世の知識がうまく結びついたみたいだ。感染予防法と患者を弱らせにくい看病のし方程度らしいけど」
「そんな知識があったとは。これも幸いでしたね、我が国にとって」
「そうだね」
「返す返すも、ハル殿のお陰で救われたということになりますね。我々個人もですが、二つの領を始め国家全体までと言えそうです」
「そうなるね」
『これで、小麦の壊滅的被害は防げたんだろうか』
『そこ、気になるところだよね』
問いかけると、王子は小さく頷いた。
そのままその問いを、向かいの腹心に向ける。
「ハルからの質問なんだけど、これで小麦の壊滅的被害は防げたことになる?」
「おお、本当にハル殿と随時話ができるのですね。はい、小麦の被害ですね。まだ十分な調査もできていないはずですが、宰相閣下の周辺で取り急ぎ被害面積の概要をまとめて、おそらく他国からの輸入を増やすなどのまでの必要はない範囲だろう、という見込みを立てています」
「そうなんだ」
「ただどうもまだ報告に上がってきていない被害もあるようなので、安心しきれないところのようです」
「ふうん」
「これだけの魔物出現が重なるなど前代未聞で、原因も未だ不明ですので、同様のことが続く恐れも消し去れませんし」
「そうだね」
そこは確かに、何とも言えないところだよね。
こちらの想像通り、この一連の件が神の仕組んだことだとしたら。その目的は、ティルピッツ侯爵領とキュンツェル伯爵領の小麦収穫量に打撃を与え、エクヴィルツ侯爵がその二領に取り引きを持ちかけ懐柔して、隣国王女訪問時のクーデターを成功させることと思われる。
そうだとしたら、もうそろそろこれもタイムリミットなんだ。
必要レベルの小麦被害を実現して取り引きを行うためには、それなりの時間がかかる。隣国王女訪問は、七日後だ。もう時間がないと判断されれば、神にこの事態を続ける意味はなくなる。
しかし一方まだ神に継続の意思があるなら、こんな魔物襲来の頻発といっためったに起きるはずのないことも、ふつうの自然現象の理とは無関係に発生が続くこともあり得る。
つまり困ったことにすべては神の思し召し次第、過去の記録や自然に沿った予測など考慮しても、まったく無駄ということになりそうなんだよなあ。
ここまでの失敗を覆すために、神さんが一発逆転の大業を振るってくるってことだって、あり得ないとは言えそうにない。そしてもしそんなことがあるとすれば、おそらく今日明日のうち、ということになりそうだ。
さすがにこの神さんの関与についてはエトヴィンに対しても説明のしようがないので、この辺はテオバルト王子とだけ検討するしかないんだけどさ。
『ティルピッツ侯爵とキュンツェル伯爵について、もう少し詳しく知りたい』
『分かった』
頷いて、王子は向かいに問いかけてくれる。
「今回のこの魔物襲来なんかの事態、最も影響があるのはティルピッツ侯爵領とキュンツェル伯爵領の小麦収穫量だと予想されるんだよね? ハルがこの侯爵と伯爵について知りたいと言っている。どちらも、現王家に協力的な貴族だったよね』
「はい。どちらも王家に協力的ですが、第一王子殿下と第二王子殿下の後目争いに関しては中立を守っている立場です。それぞれの殿下を推している派閥としては、ぜひとも味方に引き入れたい存在でしょうね」




