60 披瀝した
『それでね、少し観点は違うけどこの世のあらゆること、森羅万象隅々まで神さんの観察干渉が行き届いているわけじゃないと思うんだ。能力的にどうなのかは知んないけど、あらゆる生物の活動すべてに目を向けているかどうかは疑わしい。ましてや非生物になると、どっかの人里離れた山の中でたまたま何かの弾みで石が転がったなんてレベルのこと、いちいち感知してその原因や影響について考察するなんてしていないんじゃないか』
『まあ、そうかもしれないね』
少年の頷きを確かめて。あたしは――まあ比喩的表現だけど――ゆっくり、一息入れる。
長々とたいして重要とも思えない私的や考察を続けてきたけど、ようやくこの先が本題だ。
そう頭を切り替えていると、王子の方から続けてきた。
『それでも神さんがこの世界に関与することができる、特にやろうと思えば人の行動を操作することができると想像される以上、このシナリオ強制の流れに抗うのはかなり困難というか、ほぼ絶望的ってことになるよね』
『だねえ』
『何か策があるの? 叔母ちゃんに』
『一つだけ、確信は持てないけどそうじゃないかと仮定してよさそうな点がある』
『何だろう』
『我らがこの神さん、おそらくだけど、あたしという存在に気づいていないと思う』
『はあ?』
『何しろあたしは生物じゃないし、人との会話はこうして無音声でしかしていないからね』
『ああ』
『まあそれだけじゃ何の証明にもならないけどさ、かなりのところ信じるに足る情況証拠があるんだ。さっきいろいろ、ここ最近起きた魔物の襲来やら感染病やらの話をしたけどね』
『うん』
『あれ全部、解決したのはあたしなんだ』
『ええーーー?』
『こら、声を出さないように』
漏れかけた声を、王子は手で口を塞いで堪えている。
まあ、驚嘆に無理はないけど。
あたしは一件ずつ、経緯や対処を説明した。
『つまり――村人たちとの夢の会話と叔母ちゃんが身に着けた魔法なんかで、みんな解決できたと』
『そういうことになるね』
『呆れたっつーか、感心するつーか』
『その辺はともかく、これらの件みんな、神さんが小麦収穫に打撃を与えるために仕組んだと想像されるわけだ。一つ一つなら偶然と片づけられるかもしんないけど、この短期間にこれだけのことが続けざまに起きるなんてまずあり得ない。中でもジャイアントモールの出没なんて数十年に一度、地面龍に到ってはおそらくダンジョンの外に現れるのは史上初の出来事らしいし。それに、少なくとも隣国とか某侯爵とかの力で実現できるとも思えない』
『そうだね』
『その上これらの件、もう残り時間に余裕がないってことで、神さんとしても形振り構わずやってのけたことじゃないかと思われる。もし神さんがあたしの存在に気がついていたら、自分の思わくを邪魔する行為、絶対阻止していたはずだよ。あたしの行動は人目につかないようにしながらばかりだったから、かなり強引な手を下しても問題なかったと思うし。天からいきなり、あたしを破壊するくらいの雷を落とすとかさ』
『ああ』
『それにもう一つ、薬草の運搬の件さ。エトヴィンたちに対してはしつこいくらい阻止の手を差し向けてきたことになるよね。それも同行する他の者にさえ誰が何処に薬草を所持しているか分からないようにしていたものを、ピンポイントで狙ってきたっていうくらいに。それなのにあたしが運んだ薬草については王都に入るまで気がつかなかったみたいに放置、その後もただ相手がカルステンだから念のため狙ったっていうみたいにやや的外れの攻撃を仕掛けてきたことになるんだ。最後にはほとんど自己ルール破りすれすれじゃないかっていう、エトヴィンの助手を操作するってことまでして』
『そういうことになるね』
『まあもの凄く邪悪に考えると、今回はギリギリまで薬草を運び込ませておいて最後の最後にダメにさせるってことで、王子やエトヴィンを絶望のズンドコに落とそうとしたって可能性もあるけどね。あたしについてもずっと気がついていないふりをしておいて、土壇場で行動阻止してみんなの絶望の様を楽しもうとか。だけどちょっとこれ、余裕がなさ過ぎる綱渡りになると思う』
『うーん、そこまで深読みすると、何とも何ともだね』
『でももうこっちサイドとしては、この仮定に縋るしかないと思うよ。相手があたしの存在には気がついていないという前提で、今後の策を練るしか』
『そう――なりそうだね』
『そのクライマックスになると思われる隣国王女との会見の場も、あたしが潜んでいれば花粉を浴びせられるのを阻止できるんじゃないか』
『うーん』
『それと――あ、誰か来たね』
廊下側の戸口にノックの音がして、オーラフが出ていく気配があった。
侍女が長椅子によってきてかけていた布を除け、王子は身を起こし座り直す。
そこへ側仕えに導かれて、エトヴィンとカルステンが入ってきた。
伯爵家三男は、王子に近づくかなり前で足を止める。
「殿下、失礼いたします」
「うん」
「真に、申し訳ありません」
ほとんど腰が直角に曲がるほどに、エトヴィンは頭を下げていた。
斜め後ろで、護衛もそれに倣っている。
長椅子の横に立ったオーラフだけが、ぽかんと驚いた表情になった。
「調薬に失敗したということだね」
「はい。真に不本意ながら」
王子がすでに情報を得ているというのは秘密なので、側仕えたちに不思議がられないための意味もあり、エトヴィンは一切を逐一説明した。
服薬結果を期待を持って待っていたという国王にも、急遽面談を申し込んで説明したという。
この失敗を命をもって償えと申し渡されても仕方ない覚悟だったが、かなりの失望と怒りを堪えた様子で王はこの挽回を命じた。
薬草を入手するまでのエトヴィンたちの命がけの労苦がすでに伝わっていたことと、残った薬剤で全快は望めなくとも症状は抑えられる希望があるという報告に、望みを託したことになるようだ。
「残った回復薬の加工を進めているところですが、もう少しお待ちいただきたいと思います」
「うん」
「今回薬効を抽出した回復薬と、あと先日水に濡れて必要成分が激減したはずのいくつかの薬草も乾燥し直し、これを加えて少しでも効果を高められるように調整しています。おそらくもう数アーダ(時間)ほど漬け直せば、そこそこ薬効が得られると予想しております」
「そう。分かった」
そこまでの報告に続き、他の話もあるというエトヴィンに、王子は椅子にかけるよう促した。
恐縮しながら科学者は王子の対面に腰を下ろし、護衛は後ろに立つ。
それから一度席を立ち、エトヴィンは「失礼します」と王子の横に寄って、首筋に手を当てた。黒夢病による魔力の異常は、頸動脈付近が熱を持つかどうかで判断できるらしい。
そこに大きな変化はないということで、頷いて二人とも席に落ち着く。
オーラフが呼ばれて、あたしを机の上から長椅子前のテーブルに移動した。
その後王子の側仕えたちは、話の聞こえない部屋の隅まで下がる。これがいつもの習慣ということらしい。
「陛下に拝謁した折に宰相閣下や周辺のものから聞いたのですが、先日からの魔物の出没などに関して新しい情報が入っているようです」
「そうなの」
「それにまつわり、真に残念なお知らせをしなければなりません」
「何だろう」
「キュンツェル伯爵領の東部に地面龍が出現したという報告が入っており、こちらから調査の兵を派遣したいたのですが、その報告が入りました。森の中で巨大な地面龍の死骸と、十数名に及ぶ近衛兵らしき遺体が発見されたと」
「そうなんだ」
「それが……たいへん残念ながら……遺体はほとんど原形を留めないものばかりで、顔なども判別できない状況なのですが……その中に、明らかに王太子殿下の戦闘服と思われる服装のものがあったと」
「……そう」
「陛下も、たいへん沈痛慷慨のご様子です」
「そうか」
「まだはっきりご遺体を検分した結果ではない、と皆でお慰めしているようですが、まず希望は持てないと思われます」
「そう。こっちの調薬失敗と、陛下には悪い報せが重なったわけだね」
「はい」




