6 充電した
ややしばらく、じっと辛抱を決め込んで。
時刻表示と思われる数字が16:00になったところで、ゲージ横の表記は40になっていた。
こちらは5刻みでしか表示されないらしいので正確ではないけど、およそのところ20分で20パーセント分充電、100パーセントにかかる時間は約100分と予想される。
――場所によっても違いそうだから余裕をとって、二時間充電と考えておけばいいかな。家電製品によくある仕様だし。
そんなふうに思い、あと約60分超、この体勢を続けることにする。
こんな身体だから、じっとしていて疲れたり何処か痛くなったりはしない。ただただ、退屈さが精神的に応えるだけだ。
これまでの生活の中でだったらこんなぼうっとしていたら眠気が差してきそうなものだけど、今はそんな兆しもない。この模型の身体で、睡眠は必要としないのだろうか。
――もしそうだとすると、便利というかありがたい状況かもしれない。
もし睡眠や休憩がほぼ要らず二時間程度の充電だけで済むということだとすると、ブラック企業の社畜なら泣いて喜ぶか、無間地獄に陥りそうで悲嘆するか。
まあこの身体で、社畜の代わりはできないだろうけど。
そんな下らないことを考えていると、近くでガサリという音が聞こえた。
あの三人の人間たちに見つかりそうになったら草叢に潜って隠れようと思っていたので、即座に後ろへ移動する。
そうしながら、物音の方向を見やると。見たことのない薄茶色の動物がこちらを睨んでいた。
考えごとをしていたせいで、隠れるのが間に合わなかったみたいだ。
こちらの身体が小さくなっている分、物の大きさの判断がしづらいのだけど。齧歯類ふうの小型っぽい獣に見えるものの、あちらで見た人間の半分ほどの体高がありそうだ。
――そうだ、『鑑定』
その獣を注視すると、やはり字幕が現れた。
【直角兎と呼ばれる魔獣。肉食。食用になる】
これも魔獣か。兎と言われればそんな姿形に見えなくはないけど、名前の通り額に真っ直ぐな角があり、耳は長くない。
兎の名に似合わず、動物の肉を食う。一方で人間の食用にもなる、ということらしい。
食用ということなら狩りの対象になるのかもしれないけど、そこそこの大きさで凶暴そうに見える。以前動物園で見た小熊より大きいくらいだ。こうして山の中などで遭遇したら、人間にとってなかなかの脅威だろう。
そんな他人事めいた観察をしながら、現在進行で恐怖を覚えずにいられない。
肉食というのは当然動物に対するもので、この超合金車体はその対象でないだろうとは思うものの、こちらの数倍の大きさ、一跳びで襲いかかられそうな近さなんだ。元生き物として、本能的に震えが迫り上がってくるのを抑えられない。
思っているうち、敵はひょいと造作ない跳躍。一瞬でこちらのすぐ横に来ていた。
すぐに、前足が振り下ろされる。鋭い爪が伸びているのが、間近に目に入る。
ガキッ
しっかり出入口を閉じた上面に、爪が当たる衝撃があった。
車体に傷がついたかどうかは、分からない。
ガキ、ガキ、と連続して攻撃が加えられる。
――頼むよ、超合金。映画の設定なら、どんな攻撃でも傷つかないはずだよね。
模型の亜鉛合金製というそのままが現実だとしたら、保証の限りじゃないのだけれど。理由は分からないけどこれまでの確認である程度期待してもよさそうで、今は映画の設定寄りということを願うしかない。
走って逃げようとしてもおそらく足で敵わないだろうから、ここはじっと我慢、相手が飽きるのを待つ一手と思われる。
ガキ、ガキ、ガキ、と兎野郎のちょっかいは終わらない。
それが。
突然前触れもなく止まったと思うと、ザザ、と跳躍して兎は逃げ去っていった。
助かった、と思う暇もなく、上から音声が落ちてきた。
「××××」
ちらり見上げると、白めいた色の服装。さっき向こうにいた三人のうち、騎士っぽい身なりに見えた一人だ。当然、兎はこの人を警戒したんだろう。
こちらを見下ろし、顔を近づけ、騎士は首を傾げている。
そうして身を伸ばし、
「おーーい、××××」
と、声を上げた。向こうに残っている二人に声をかけた、ということらしい。
すぐに、がさがさと足音が近づいてきた。
先にいた橙色髪の騎士に、ローブの男と緑髪の騎士が並ぶ。
「××××」
「××××」
「××××」
当然、何を言っているのか分からないんだけど。
こちらを指さして言葉を交わしている様子からして、この見たこともない超合金装甲車模型の発見に、何やかやと疑問や意見を出しているんだろう。
特にローブの男が興味深げで、こちらの上面に触れたり顔を近づけて観察したりしてくる。そうして見直してみると何となくこの男、何処か研究者っぽく見える。
「××××」
「××××」
「××××」
何度か言葉を交わし、それからいきなりローブ男はあたしを両手で抱え上げた。
元未婚女性としては悲鳴を上げたくなる状況なんだけど、当然声は発せられない。それに少しでも動いて見せたらさらに興味持たれたり警戒されたりしかねないので、ここはじっと辛抱することに決める。
男に抱えられてやや広い草の平地に戻ると、そこに横たわった大王熊のなれの果ては、さっき見たときよりあちこち切り開かれた様子だ。食用に肉を切り取ったのか、いわゆる素材のようなものを探したのか、とにかくこの三人の作業の結果だろう。
その近くで一度立ち止まり、何やら言い交わして、三人は歩き出した。
必要な作業を終えて、移動を開始することにしたのか。
見回すと、辺りにはやや暗さが落ちてきている。よく分からないけどさっきの確認で時刻は16時を過ぎていたのだから、そろそろ陽が沈み始める頃なのかもしれない。
それから三人は少し歩いて、小さな川の近くで立ち止まった。
担いでいた袋とあたしを大きな岩の近くに降ろし、何やら動き始める。どうもここで休憩か野宿の準備をするようだ。
とりあえず三人の目が少し離れた隙に、潜望鏡を立てて自分の上面を観察してみた。幸いさっきの兎野郎の攻撃でも傷はついていない。超合金、かなりの硬度を期待してよさそうだ。
しばらく協力して動き回り、三人は焚き火を点けたり川から水を汲んできたりして、火を囲み腰を下ろして落ち着いた。
やがて荷物から出してきた干し肉みたいなものを囓って、食事を始める。
「××××」
「××××」
「××××」
もちろん言っていることは分からないんだけど、交わしている会話の調子は面白おかしいものでなく、そこそこシリアスな感じに聞こえる。何となくの感じでは、ローブ男がリーダーで騎士二人に指示をしているようだ。
その後見る見るうちに陽は落ちて、やはり三人はここで野宿をするらしい支度を始めた。
ローブ男と橙騎士が背負い袋を枕に地べたに横たわり、緑騎士が焚き火近くに胡座をかく。不寝番をするのだろうか。もしかすると三人交代制なのかもしれない。
辺りは闇に沈み、焚き火の周囲だけが灯りに包まれる。
やがて、二人の寝息が聞こえてきた。
あたしはというと、寝る前にローブ男の荷物と合わせすぐ傍らに鎮座させられた。すっかりこの男の持ち物に加えられたようだ。
真正面になってしまった位置関係からして、不寝番の目を盗んで逃亡するのは無理そうだ。
――しばらくは、なすがまましか仕方ないかなあ。
少し、朗報があった。
動かないまま視界を探ってみると、この場所で充電の続きができるようだ。さっきのベストポジションよりは少し弱いけど、そこそこゲージに色がついている。おそらくのところ、朝までには完全充電されるのではないか。
それを縁にして、このまま大人しくしていることにしようか。
うーーん、と内心唸り。改めて思考を巡らせる。
さっきからの出来事、特にこの人間たちに捕獲されてからの流れは、映像が途絶えたり飛んだりぼやけたりなど一切なく、リアルに自然に続いている。
つまりはこれが夢の中という可能性は弱まり、現実という方に軍配を上げざるを得ない気がしてくる。
それも、人間たちの髪の色やあの魔獣たちの存在からして、明らかにこれまで生きていた世界とは異なる。
要するに、あたしは異世界で超合金模型に転生した、という現実だ。
――やっぱり、夢の中と思いたいんだけど。