58 深考した
『まあ前世のラノベの記述自体は、どうでもいいわさ。とにかくこちらの世界では、そんな疑問が生じても不思議じゃない名称が、こっちの人々には意味が分からないままに名づけられ使われているってことなんだ。カルステンも、ギルドとかクエストとかってどっから来た言葉なのか知らないって言ってたよ。まずまちがいなく神さん個人の拘りで、その当時の責任者あたりに否応なく押しつけたって感じなのかな。押しつけられた本人にその自覚はないかもしれないけどさ』
『ああ……』
『だからまず一つ言えるのは、こちらの我らが神さん、自分の拘り実現のためには手段を選ばず、現地人が疑問を持とうがどうだろうが構わず、無理矢理押し通しているって感じなわけだね』
『まあ、そういうことになるか』
『この辺はまあ、責任者トップの一人か二人でも操って決定させれば実現する話だしね。他の人たちは訳分からなくても、名称程度は何であれ慣れてしまえば実害がないから、そのまま定着するってことじゃないか』
『だね』
『ただそのあたり微妙な件もあるみたいでね。さっきも挙げたギルドの受け付け、当初は制服を着た女性が担当していた』
『うん』
『こんな商会とかみたいな大きな組織に女性の職員が雇用されるなんて、この時代この世界では珍しいわけだけど、まあそこは他から文句をつける筋合いでもない。全員同じ制服着用なんてまったく他では見られない習慣だけど、悪いことってわけじゃない。どうも世間一般からかけ離れた、もしかしてあたしたちの目から見ても垢抜けて見えるかもしれないレベルの、見慣れないデザイン――さすがにミニスカートじゃなかったらしい――だったみたいだけどさ。そんなんで最初は、雇用された女性たちも喜んで勤務していたらしいね。でもさ、冒険者相手の受付だよ。気の荒い体力持て余したみたいな連中がぞろぞろやってくるわけだ。気に入らないことがあったら沸点低くすぐに叫き出す。この辺はノベルを参照するまでもなく、容易に想像される話だよね』
『だね』
『ノベルだとここに、一家に一人という感じで必ず、屈強な冒険者を怒鳴りつけて黙らせる頼れる姉御さんが配置されてるわけだけど、現実にそんなのゴロゴロいる訳もない。当然のごとく、怯えた女性職員は職を離れていく。一年もしないうちに、受付の女性は壊滅したらしい』
『ああ、そうなんだ』
『それから別件。ギルドでは当初、冒険者に対するクエストを紙に書いて壁に貼り出す方法をとっていた。でもさ、この世界の識字率は貴族を含めても十パーセントいくかどうかみたいだよ。冒険者になるような層の人間が、そうそうそんな貼り紙なんて読めるはずがない。人に読んでもらうのも限界がある。そうでなくても紙は高価なんだ、そんな読んでもらえるかどうか分からない貼り出しに毎日取り替えるなんて使い方、もったいないだけだろうさ。早々《そうそう》にそんなやり方は改められて、受付の職員に話を聞く方法に落ち着いたみたいだ。貼り紙なんて方法を最初に誰がどういう理由で言い出したのか、今となっては謎らしい』
『へええ』
『こんなの調べたら他にもいろいろあるのかもしれないけどね。おそらく何処ぞの神さんが、自分の拘り追求のために誰かを操ってやり方を決めた。しかし現地の実状に合わずに継続できなかったってことなんだろうと思うね。でもさ、本当に全知全能の神だったら、そんな現地の実状まで改変して無理矢理やり通すことだってできそうじゃない。神さんの能力の限界か自己ルールみたいなものの結果かで、そこまではできなかったわけだ。つまりこの神さんはこの世界で、ある意味全知全能の力を使い放題しているわけじゃないってことになりそうだ』
『ああ』
『具体的に見えるところでは、必要があれば一人や数人の人間を操ることはできるけど、もっと多数の人間を操って社会の常識や人間の本能みたいなところまで変えることはできない、あるいはしない、ってことじゃないかな』
『そう――なりそうだね』
長椅子に仰臥した少年は、何度も小さく頷いている。
一度周囲に耳を澄まし、まだ王宮内に王子に向けて何らかの動きはないみたいなので、会話を続けることにする。
『今挙げたギルドの例は、神さんにとっても人間にとってもたいした影響の起きる問題じゃないから、それほど拘らなかったのかもしれないけどね。もっと大きな影響を持つ話でさ、その〈テンテンテン〉ってノベル、他の数多の作品に倣って、おそらく貴族学校みたいなのが登場していたんじゃない?』
『ああ、あったね。そこに留学で来ていた隣国の王女とこちらの第二王子が、貴族学院で出会って意気投合するんだ』
『でも、実際にこの国には、そんな学院はない』
『そうだね』
『これ、不思議な話だと思わない? ラノベに近づけることに熱意を持っていると思われる神さんが、学校がないままで放置するなんて。冒険者ギルドと貴族学校は、ある意味ラノベに不可欠な二大要素だよ。圧倒的多数の諸作品に、みんな同じく当然のように設定されている。まるでこの二つがなければまともなラノベと認定されないんじゃないかってくらいに。これを神さんが見落とすはずがないと思う』
『だねえ』
『でね、あたしはエトヴィンから聞いたんだけど、知ってるかな。三十年以上前にこの国でも、貴族の子女対象の学校を作ろうという提案が持ち上がったことがあるんだって』
『それは、知らなかった』
『政権上層部の重鎮の一人が言い出して、他のお歴々も一度は承認の方向に動き出していた。それがしばらくして反対意見が増えて、没案になったんだって』
『へええ。どうしてなのかな』
『まあ考えてみれば分かる、こんな話が承認されるわけがないんだ』
『えーー、だってノベルではふつうに何処でも存在するものなんだよ』
『ノベルではどういう理由で設立されたのか知らないけどね、おそらくこちらの現実であっちと異なるのは、こっちの王族貴族が自分の地位と血統を存続させたい意思を持っているってことだと思う』
『…………』
『――――』
『……えーと、それって現実でもフィクションでも、至極当然のことじゃないのかな』
『常識的にはそう思うけどね、フィクションの中のことはよく知らない。とにかく考えてみればさ、政権を担う王族とその周辺にとって絶対避けたいのは、政権に反抗する勢力が力をつけることと、そんな複数の勢力が手を結ぶことだよ。この世界、火薬や銃が開発されていないことや他の点を見て、前世日本に当てはめるとムロマチから戦国時代に近い感じがするよね。地方の領地では小競り合いや領土の取り合いなんかも時々起きているらしいけど、中央の指導がある程度届いているみたいだから、ムロマチ時代とエド時代の中間みたいなイメージかな。だから分かりやすいところでエドのトクガワ幕府を例にとると、トクガワの将軍さんがまず気を入れたのはその、いわゆる外様大名が力をつけることと複数のそんな藩が協力し合うことが、絶対起きないようにする体制作りだったはずだ』
『うん、そんな感じのこと、本で読んだ』
『細かいこととかいろいろ言ったらキリがないけどさ、そんな施策がある程度功を奏して、エド幕府は二百年以上も続いたと言われる。その末にこれもいろいろあるけど、一つの要因として外様であるサツマ藩とかチョーシュー藩とかが手を組んだ結果、幕府に反旗を翻して将軍位返上に到ったわけだよね。もの凄く単純に言うと、二百年間この外様対策を徹底してきたから幕府を継続できた、その対策が続かなくなって幕府は滅びた。しつこいけれどこれだけが要因じゃない、いろいろ挙げたらキリがないんだろうけどね』
『そんなのも読んだな』
『本当に古今東西、異世界まで含めてさまざまな王家の事情とか知り尽くすことはできないけどさ、まずまちがいなくこの外様大名対策みたいなのは、どの政権でも多かれ少なかれ頭にあったと思うよ。そんな政権が、全貴族の子女対象の学校なんて、思いつくはずもないし設立に到るはずもない』
『ああ』
『簡単に言って、エド幕府がサツマの跡取りに実力をつけさせるための機構を作ろうと思うか? サツマとチョーシューの後継者同士が意気投合するかもしれない機会を提供するか? そういう話だよね。教育は力だって言われるけどさ、この時代の上の人たちにとって国全体の力を向上させることより、自分の家を守る、対抗勢力に力をつけさせないっていう方が圧倒的に重要のはずだよ』
『だ……ね』
『もっと言えば、男女共学なんてお花畑思考、絶対生まれるはずがない。ノベルではよく貴族当主が、我が子には政略結婚を強いなければいけないが恋愛の機会も持たせてやりたい、なんて言ってるけどさ、そんなお気楽な考えでお家の継続なんてできるはずがない。婚姻は親の意思以外でさせられるわけもないさ。それにもまして政権にとって、貴族たちに勝手に婚姻関係を結んで勢力拡大なんかされるのは、脅威でしかない。エド幕府は大名たちのそんな婚姻を管理したはずだし、それこそサツマの息子とチョーシューの娘とかが勝手にくっついたりしないように、最大限目を光らせていたはずだよ』
『だろうねえ』




