56 驚嘆された
『あとあまり公になっていないけどもう一件、ティルピッツ侯爵領南部の地域で、最近になって突然そこの代官が、その地域特有の小麦生産を中止して他と同じ品種を植えよ、と命を下したということがあった。もしこれが実施されて冷害気味の気候に襲われたら、大きく小麦生産量に影響したかもしれない。そこの住民が従来生産の小麦の有用性を示して、この命令は取り下げられたけどね』
『そんなことも、あったんだ』
『他にも探せばあるのかもしれないけど、とにかくこんな出来事がこの半月程度の間に続けざまに起きているわけだね』
『どうなっているんだろう、これ……』
長椅子に横たわる少年は、ただ天井を凝視している。
こちらに視線は向けないけど、真剣に今の話について思い巡らす表情だ。
『で、かなりそれぞれ言葉を加えたから納得してもらえると思うけど、これらの件に明らかな共通点がある。どれも、放っておいたら小麦収穫に甚大な影響を与えていただろうってことだね』
『うん、そうなるね』
『つまりこれらは、現政権が低温対策などの手当てをして小麦不作を抑えようとした、ノベルストーリー回避の動きに対して、いわゆるシナリオ強制ってやつが働いた結果と想像することができる。目的は、その何たら侯爵がこちらの侯爵伯爵への懐柔を果たすこと、だろうね』
『そうなりそうだね』
『ここらで一つ、はっきり覚悟を決めて認識しておかないかい? この一連の出来事、人間業では実現しようがない。まずまちがいなく、この動きには隣の国の政権やその何たら侯爵の裏で、別の力が働いている』
『別の力?』
『おそらくのところ、神、あるいはそれに匹敵する力だね』
『ええーー?』
もちろん声になっていないんだけど、明らかに半分力の抜けた驚嘆めいた声音が返ってきた。
まあ当然っちゃ当然、この話の流れで驚きも呆れも無理のないところだわな。
『あんただって、考えるだけは考えていたんでしょ。この訳の分かんない、それこそ〈シナリオ強制〉とでも呼ぶしかなさそうな不合理な出来事の連続、神の仕業とでも思うしかないっての』
『まあ、そりゃそうだけど――それって、あり?』
『これがミステリ小説の中だったら、こんな結論にしたら〈無茶苦茶だ〉〈不合理だ〉〈アンフェアだ〉って、読者から石投げられるだろうね』
『だよねえ』
『一方でこれが異世界ものラノベだったら、何の疑問もないよね。世界に関与する神様が現存していて当たり前。人間以上に人間臭かったり、悪戯好きだったり間抜けだったりする神様が、嫌というほど登場する』
『そう、だけどさあ』
『いや、今いるこの世界がラノベの中だなんて、決めつける気はないよ。それでもこの事態を考察するに当たって、ここは腹をくくっておかなくちゃならないと思う。とにかくもここには、神レベルの力が働いている可能性が高いって』
『まあ――そうだね』
『それに、ミステリを引き合いに出したついでに表現すると、今我々が直面している事態は、フーダニットじゃなくて、正確な言い方じゃないけどハウダニットだ』
『ハウ――何?』
『〈Who done it〉ってのは、〈犯人は誰だ〉ってやつだね。一方〈How done it〉は、〈どうやってやった〉〈犯行方法は?〉って感じだけど。英語や専門用語に詳しくなくてごめん、今の我々の場合は過去形じゃなくて未来形、〈どうやってやる〉〈これを切り抜ける方法は?〉ってところだよね』
『ああ』
『ここがラノベの中なのか、本当に神が存在するのか、なんて疑問はとりあえずどうでもいい。とにかくも神レベルの力がここに働いているという前提で、これからの指針を考えなくちゃってことだ――何だかいろいろ言葉を捻くり回した末に、至極当たり前っぽい結論になっちゃうけどさ』
『ああ――まあ、そうだね』
『その〈どうやって〉を考えるとっかかりにもなるはずだから、ちょっと話を広げるとね。あたしがこの〈神レベル〉ってのを断定めかして言うのには、他にも理由っていうか、情況証拠みたいなのがあるんだ』
『何?』
こうして話しているだけでも、混乱してくるんだけどさあ。
こちらの現状と今後の予想、対策を検討するに当たって、あたしたちが以前生きていたいわゆる『前世』とそこに存在していたラノベやゲームというフィクション、それらとある程度比較、類似点と相違点を整理していかなくちゃならないと思うんだよね。
ここがラノベやゲームの中の世界だなんて思い込んでしまえば簡単なのかもしれないけど、さすがにそんな、一人や数名の作者が創造神となった世界だなんて断言できるほど、おめでたい頭になれそうにない。個人の想像や創造で構築した世界など、現実に人間やその他生物が生きていく中で、あちこち辻褄合わなくなるに決まってるわさ。
それでも少なくともこの世界に、『前世』にはなくラノベやゲームの中にしか存在しないものがいくつもある。加えて『テンテンテン』だっけか、ある特定のラノベのストーリーに近づく事態が進もうとしているように見える。これが無視できない以上嫌でも、前世のラノベやゲームとの比較検討は不可欠だよね。
そんなことを目の前の少年と言い交わし確認の上、話を進めることにする。
『いろいろあるっちゃあるんだけどね、いちばんはっきりしてるのは〈ダンジョン〉だと思うんだよね』
『ダンジョン? まああるらしいね、西部の森の方に。僕は行ってみたことがないけど』
『あたしもエトヴィンやカルステンから、概要を聞いただけなんだけどね。およそ五十年前くらいから、発見され始めている。大陸の中に数箇所あり、この国では西の山林地帯で三カ所見つかっている。森の中などにぽっかり口を開けていて、中は階層に分かれている。何処から湧いてきたか分からない魔物が大量に動き回り、それを狩ると死体が消えてドロップ品と呼ばれるものを残す。死んだ魔物は日が変わると自動的に復活するらしい』
『うん、そんな感じだね』
『五階層ごとに〈ボス部屋〉と呼ばれる場所があり、そこでボス魔物を倒すと、地上に戻ることができる転移陣を使える』
『うん』
『早い話が、前世のゲームやラノベでの設定、よくあるパターンを集約したみたいな感じだね』
『だね』
『確認するけど、例の〈テンテンテン〉とかいうラノベにも、こんなダンジョンっての出てくるわけ?』
『うん。ほぼ今出てきた設定そのままだったと思う』
『いやさ、魔法や魔物ってやつだけでも作り物めいていて現実世界に存在するっての信じられないわけだけど、ダンジョンときたらその非現実の度合、次元が違うよね。こんなものどう考えたって、自然にできるとは思えない』
『まあそうだねえ』
『生前読んだいくつものラノベの中に、まるで当たり前のように登場してくるわけだけどさ。明らかに他の自然摂理と違っているけど、それが何故どうやってできたのかノベルの中で説明されているケースはごく希だった。まあ一応、あれは瘴気の発生する場所でそのせいで魔獣が生まれてくるんだとか、ダンジョンそのものが魔物で人間を呼び込んで栄養や魔素を奪うんだとか、説明されているのは少数あったけど』
『うん、見たことあるね』
『でもそれにしたってそれらのやつ、今この世界にあるダンジョンの説明にはならないよね。瘴気の発生って観測はないみたいだし、何にしたってそんな説明、ドロップ品だとかボス部屋だとか転移陣だとかの存在理由になっていない。ダンジョンそのものの魔物が人間を誘う目的でやっているというのなら、絶対あり得なくもないかも知れないけどさ。どう考えたってこれらの設定、何らかの人間に近い意思を持ったものの創造物だよね。強大な魔物やら魔王やらどこぞの神様やら、そんなのが人間の嗜好に沿った創造を行っている、と』
『そうだねえ』
『そうした神レベルの創造者が人間の嗜好に合わせて造ったとしてもさ、今挙げたような設定がすべてあちらのゲームやラノベのものと一致するなんて、まず偶然じゃあり得ないっしょさ。いやこんなことが偶然起きる確率がどんだけか、あたしには計算もできないけどね。そんなことがあったとしたら、〈こんなのあり得ねえ!〉って天に向けて雄叫び上げたとして、誰も責められないと思うわ』
『ああ』
『あり得るただ一つの可能性は、あちらのラノベやらの内容を知っている神レベルの創造者がそれに似せるように造った、ということだと思う』
『うん』




