54 想起した
『もうそろそろ、王宮内の人の動きが活発になってくる頃と思われます。私は目覚め次第、残った回復薬の確認に向かいます。その後、辛い話になりますが、王子殿下にこのことをお伝えしなければなりません。陛下にも報告をしなければなりませんし』
『その王子殿下に関してだけれどね、私の正体を伝えてあるので』
今後話を進めるに当たって、この点だけは共有しておいた方がいい、と伝えることにする。
エトヴィンはわずかに目を瞠って、それから頷いた。
『そうなのですか。殿下とこのように話をされたと』
『そう。いや、それ以上に驚いたことがある』
『何でしょう』
『殿下とはこのような夢の中、つまり眠った状態でなく、起きていらっしゃるときでも心の中で会話ができることが分かった』
『そうなのですか?』
『私の能力に変化が起きたのかとも考えてみたが、どうもこれは相手が王子殿下の場合に限られるようだ』
『それは何とも、驚くべきことと言いますか――まずこのハル殿の能力自体、驚く他ないわけですが――何でしょうね、殿下の属性とか、魔力の強さとかが関係するのでしょうか』
『まったく、見当もつかないね』
『研究者としてはいろいろ調べてみたくて堪りませんが、今はそれどころではありませんね。しかしそうすると、殿下を介してなら昼間もハル殿と会話ができるということですか』
『そうなるね』
『それは助かると言いますか。とにかくこうした件について、すべてを明かして相談したり愚痴を言ったりできる相手が限られますので』
『だろうね。私が他に口外しないという安心があるのだろうし、エトヴィンさんも感じているかもしれないが、どうもこの夢の中の会話では相手がかなり隠し事なく本音で話してくれるらしい実感がある』
『それは、そうかもしれませんね』
『王子殿下から、病を罹患した経過などについて話を聞いたのだが。殿下がいちばん恐れているのは、その魔法爆発か、それが両親の国王ご夫妻に害をなすかもしれない、ということらしい』
『ああ、はい。そうした悪い夢を何度もご覧になったということです』
『まちがいなくそうした悲劇が起きないように対策していかなければならないのだろうが、今までの経過や今日の出来事からしても、何か見えない力で強引に悪い方へと事態が動かされるのではないかという懸念があるのではないか』
『非科学的ではありますが、確かにそう思ってしまいますね』
『その辺も含めて、今後の対策を殿下と話し合うべきだと思う。病の治療に当たっても、本人の精神安定は重要なのだろう?』
『そうですね。昨日も正確な情報開示を求めていらっしゃいましたが、聡明な方ですので妙な隠し事は慎んだ方がよさそうです』
『調薬の頓挫については、エトヴィンさん本人からいきなり報告はしにくいのではないか。あらかじめ私から簡略に殿下に伝えておこうか。今回は予期せぬ事態が起きたが、まだ悲観の必要はないと』
『ああ……そうしてもらえると、助かるかもしれません。こちらが責任回避をするようで、気が引けますが』
『エトヴィンさんはまだそちらの事後処理があるんだろうが、殿下にとって時間は貴重だ。情報伝達は早くした方がいいと思う』
『そうですね、確かに』
全快に到るはずだった治療薬の製造に失敗した。王子に対して、なかなか配下の立場から率直に伝えにくい話だと思う。
ましてや相手はまだ12歳の子ども。平静を失っても仕方のないところだ。
前世からを考えれば付き合いの長い、加えて現状あの王子が自分の生についてもどこか傍観めいた落ち着きを持って見ているということを感じとっている、あたしからの方が説明はしやすいのではないかと思うんだ。
それに今言った通り、情報伝達は早く進めた方がいい。まだまだあの王子と周囲の状況整理を進め、検討を行わなければならない事項は、嫌というほど積み上がっている感じだ。
そう言えば、と思い出す。
『昨日から、南の侯爵伯爵領に異変が起きている話題が出ていたね。王子殿下はそのことについても気に病まれているようだ。これも、できれば正確な情報を伝えた方がいいと思う。続報について調べることはできないだろうか』
『ああ、何点か昨夜と今朝に連絡が入っていましたね。何とか沈静したというものもあるようです』
『そうなのか』
『時期的にいちばん先だったと思われるのは半月ほど前、ティルピッツ侯爵領の南部でゴブリンの大群が目撃されたという件なのですが』
『ほう』
『何しろけっこうな遠方なので、大群が発見された、放置するといくつもの村が壊滅されるかもしれないという報告が王宮に入ったのが、三日ほど前でした。それが昨夜の続報では、何とか最初の村が総出でゴブリンの集落を攻撃し、根絶やしに成功したと。百匹以上の魔物に対して十数名の農民が殲滅を果たしたなどなかなか聞かない話ですが、遅れて現場に入った領兵たちが多量の死骸を確認したということです。半月ほど前に起きたことですが、その確認と領主への報告に時間がかかったため、こちらへの報告は昨日になったということのようですね。事の次第によっては国軍を動かすことも検討していた上層部は、とりあえずこの件については一安心、できればもっと早く続報を寄越してほしかった、と話題にしているようです』
『……ほう』
半月ほど前――。
ゴブリン百匹以上――。
何となく何処かで聞いた話、に思えるんだけど。
あたしにとってはもう済んだ、ずっと以前の出来事っていう感覚なんだけど、考えてみればそうなんだ。
――この世界の情報伝達速度、実感として捉えていなかった。
つい少し前にも、聞いた。
ここでの通信速度、最も速いのは鳥型魔獣を調教して飛ばす伝書鳥や、見た目犬に近い魔獣グーズを走らせる便だという。人の脚より速いし、ミーマより長距離に使えるとのこと。
しかしこれらは運べる情報料に限りがあるし高価な上、やはり許容距離や行く先に制限があるようだ。
そうするとやはり、ふつうの情報運搬手段は人の脚ということになる。まあ日本でいう飛脚だな。
それと比べるなら、あのゴブリン征伐の後あたしは、一つの村で一日動けなくなった他はおそらく、休憩時間が少なく済む点を考え合わせて飛脚と遜色のない速度で移動してきている。しかも最後の二日はミーマを使って。
つまり、かの侯爵領からの報告があたしの王宮到着とさほど変わらなくて、何の不思議もないんだ。
『南の領に異変という点で、時系列的に次に来るのは魔物ではないんですが六日ほど前、キュンツェル伯爵領の南部複数の村で呪いが広がっているという騒ぎが起きたようでして。これも今朝、続報が入りました。どうも呪いの正体は感染系の病だったようなのですが、幸い一つの村である程度治療に成功して、他の村々にもその情報が伝えられているということのようです』
『…………』
『これも放っておいたらもっと広範囲に被害が広がりかねず、小麦生産地の中央付近ですから呪いのかかった麦だなどといって収穫前に焼き払うなどすることになったら、国全体への大打撃になりかねないところでした』
『……へええ……』
『その後続けざまのように起きたのが、キュンツェル伯爵領の東部に地面龍が出現したという件ですね。これはハル殿から聞いた話の方が早かったわけですが、伯爵領から龍の目撃に関する一報が伝書鳥で届いています。とにかくそれがまちがいなく地面龍なら伯爵領から王領まで蹂躙されて不思議はない。その被害もまた広大な小麦畑に及び、収穫に大打撃をもたらしかねない、というわけです』
『……ああ』
『この件はとにかく、ハル殿から即伝えられて助かりました。あの後すぐ王宮から調査の兵を出して、伯爵領からの報告に先んじています。間もなく現地に入って、その報告がもたらされると思います』
『なるほど』
『ハル殿が征伐してくれたということで、被害の広がりを案じる必要はなくなりました。問題はこの件に王太子殿下が巻き込まれていないかどうか、ということになります』
『そうだね』




