52 補充した
それからしばらくして、王宮の中はすっかり寝静まったということになるようだ。起きて動いているのはおそらく、不寝番の衛兵くらいなのだろう。
王宮は大きく分けて、王族たちの生活棟と貴族や職員が通って勤務する執務棟で構成されている。今ここで就眠しているのは王族たちとその生活を支える住み込みの職員がほとんどで、原則として執務棟の方で働く者は残っていないはずだ。
他にどの程度いるか知らないが例外になるのはエトヴィンとその護衛と助手で、翌日明け方すぐから調薬に入るためこの日も執務室に泊まり込んでいるという。
静まり返った建物の中に、『夢会話』が通じるかどうかの小手調べで探りを入れてみる。昼間より人は大きく減っているとはいえこれほど人口密度の高い状況での試行は初めてなので、改めての発見があった。
探りを入れていくと、会話が繋がりそうな睡眠中の人が見つかる。これは、今までも経験してきたことだ、
それが複数見つけていくと、だいたいの相手の区別がつくことが感じられた。まあおおよそながらの、性別や年齢、身分によるのかどうか不明ではあるけど落ち着き具合、といった程度だけれど。
この第三王子の居室より奥側はほぼ王族の私室になるわけで、見つかるのは圧倒的に女性が多い。かなり奥の方に壮年らしい落ち着いた男性の手応え、おそらくこれが国王だろう。かなり手前側の若い男性は、第二王子か。しかしここのオーラフのような男の側仕えもいるようで、はっきり区別はつかない。妃たちの存在も分かるような分からないような、あまり自信が持てないところだ。
とはいえ現状で国王や妃と会話を繋げる気にもなれないので、その辺明瞭にする緊急性も感じない。
そういった、やや暢気な試行を続けているのは。
ふだんならもう寝ついているはずのエトヴィンと何度も繋げようと試みているのだけど、それが果たせないでいるせいだった。
泊まり込んでいるということにまちがいないなら、まだ眠っていないというわけだろう。王子から、十分休息をとっておくように、と声をかけられていたはずだけど。
もしかして緊張で眠れないのかな、と想像する。何にせよ、もうひと月以上も苦労を重ねてきた成果の、ゴールが数時間後に迫っているんだ。無理もないところと言える。
そんな探りをくり返しているうち。
やはりエトヴィンは見つけられないけど、カルステンの手応えがあった。
こちらはこの日まで二泊三日の遠出をして、その間ほとんど睡眠をとれなかったはずなんだから、当然この時間は他の者に不寝番を任せて休んでいるんだろう。
『失礼する』
『おお、ハル殿ですか』
『遠出から戻って疲れているところ、申し訳ないが』
『いえ、構いません。エトヴィン様によると、この会話は睡眠に影響しないということですし』
『このたびは私を遠くから運んでくれて、たいへん助かった』
『助かったのは、私どもの方です。本当にエトヴィン様は王宮に戻ったところで最後の薬草を失ったことを知り、まるで生きる気力を失われたようなご様子だったのです。そこへハル殿が、希望をもたらせてくださったのですから』
『まったく、無事に到着できてよかった。カルステンさんの功績だ』
『エトヴィン様や王子殿下のお役に立てたのでしたら、幸甚です』
『ところでね、今この時間、エトヴィンさんと会話が繋がらないんだが、まだお休みになっていないんだろうか』
『いえ、私が休憩室に引き揚げる前に、お休みになったはずです』
『それではやはり、明日が気になって眠られないということか』
『それはあるかもしれません。いよいよこれで、ずっと難航してきた目的を成し遂げるわけですから』
『そうだな。無理からぬところか』
『はい』
その点は確認が取れたので、納得。
あとは、カルステンの身体に負担のようなものはないと思われるので、世間話というかこの世界の知識について補充させてもらうことにする。暴風鷲に攫われて彼らと離れてから、そういう会話の時間が十分とれていなかったので。
何より西側の街道をひた走る間に、新しい体験が目白押しだったんだ。そういった辺りの肉付け知識確認がほとんどとれていない。
と同時にさっきの第三王子からの情報で、そちらの地域に緊急事態が起きているとのこと。その辺、新しい事実を掴んでいないだろうか。
『話は変わるが、ここ数日私が通ってきた侯爵伯爵領に異変が起きていると聞いた』
『ああええ、私も先ほど聞いたところですが、魔物の活動が険呑になっていると』
『やはり、事実なのか。どういった魔物なんだろう』
『どうもいろいろな種類のものがほぼ同時発生しているようなのです。ゴブリンのような小型のものから、数匹で村一つを壊滅させてしまいそうな強大なものまでですね。ゴブリンにしても百匹単位で一度に侵攻してきたなら、小さな村なら持ち堪えられないでしょうし』
『そんなのが、各地で同時期にか』
『ええ、こんな事態はこれまで聞いたことがありません』
『人的被害が起きているんだろうか』
『まだ何処もほぼ第一報が入った程度なのですが、被害を被りそうな村では避難を始めているはずです。ただそうすると、残された村の畑では作物が食い荒らされることになります。問題の二領は国内でも有数の小麦産地ですから、被害が広がると国家的大打撃にもなりかねません』
『対策としては、軍が征伐に向かっているんだろうね』
『ええ、それぞれの領軍と招集された冒険者たちが急行していると思われます。状況確認の上、国軍を動かす検討もされているとか』
『なるほど』
話に出てきたものの中でも冒険者というのが何とも現実的に実感できないので、掘り下げて聞いてみた。以前簡単にエトヴィンから聞いていたものだけど、やはりというかカルステンの方がそうした下々の話題の詳細に通じているようだ。
簡単に結論づけると冒険者とかギルドとかいう存在は、ほぼ生前のラノベなどで読んだものそのままだ。
決定的にそちらと異なるのは、人間の魔法の能力が弱い点かね。よくあるような、Sランク冒険者の攻撃魔法なら龍でも一撃で吹き飛ばす、などということはあり得ない。どちらかというと上級になる条件は、剣の腕の方が優先されるみたいだ。
ああ話の順序がおかしくなったけど、つまり、冒険者に冠するA~Fのランクづけというのは、ここにもあるというんだ。もちろんAの方が上で、そのうえに特別扱いのSランクがある。
ついでに言うと、冒険者の身分証明になるランク証というのはあるみたいだけど、魔物討伐実績が自動でそれに反映されるとか、別のギルドにもすぐ連絡がつくネットワーク的なものは、ない。一応カルステンに確認すると、『何ですかそれ?』と呆れられた。
――まあ、当然の話だ。
王宮にだって、遠方とすぐ連絡をつけるとか何かしらの情報共有をするとかの手段はないんだ。せいぜい鳥型魔獣を調教した伝書鳥や、見た目犬に近いグーズという魔獣を調教して小さめの荷物を運ばせることができる、という程度だという。
中央政府にもないような超科学的手段を冒険者ギルドだけが持っているなんてことがあるとしたら、驚きひっくり返るしかないわなあ。
ともかくも。
こと魔物討伐に関してに限るなら、生態や狩猟方法などの専門知識は冒険者の方が詳しい。こうした大規模被害が危ぶまれる際には、軍と協力して事に当たるのが常だという。
へたをすると国家的危機になりかねない事態も予想されるというのだから、頑張ってもらいたいものだと思う。
さっき聞いたノベルの破滅ストーリー絡みだけなら、この災害に公爵侯爵が危機を覚え問題の侯爵との取り引きに乗るというプロセスが必要なのだから、敵側に時間の余裕はほとんどない。数日間でも持ち堪えることができれば、最悪の事態は避けられるんじゃないかと思えるんだよね。
もちろん、実際の現地の被害は別だけどさ。




