49 絶句した
『さっきは中途になっちゃったけど。何よりも、何なの、八日後に火魔法爆発を起こすっての。あんた、予知能力でもあるっていうの?』
『予知能力じゃないけど、知っているんだ』
『どういうこと?』
『信じられないだろうけどね、今いるここは、前に僕が読んでいたラノベ〈転生王子はさらに転生して、破滅ルートを逆転する!〉、通称〈テンテンテン〉の世界なんだ』
『……はあ?』
つまり、あれ?
ノベルやコミックではよくある、「まあ私、乙女ゲームの世界に転生してしまったんだわ!」ってやつ?
正直あたしが読んだ経験のある数多のラノベの類似パターンのうち、最も現実にはあり得ないだろうって思えるやつだ。
異世界と呼ばれる、地球とは異なるけどよく似た惑星が存在する、ということは天文学的低確率ながらもあり得なくはないのかもしれない。とにかくも地球という実例があるのだから、同じ例が他に存在しないとは言いきれない――んじゃないかな。お偉い科学者先生はどう言うか知らないけどさ。
人間やその他自然体系は似通った上でさらにそこに「魔法」というものが存在するっていうのも、魔素だか何だか特殊なものが作用して実現ってこともあり得るかもしれない。
転生とか輪廻とかいう現象だって、あり得ないという証明は誰にもできていないはずだ。
だけどさあ。
地球に存在するゲームやノベルやの世界に転生――おそらくは一個人が頭の中で創造しただけの世界が実在――って、テメーはダメだろう。
そんなの、天文学的確率にしても、自然には実現するわけがないわさ。
異世界も魔法も転生も、あり得るあり得ない以前にあたしはここで現実のものとして実感してしまっているんだから、今さら否定しても仕方ない。
しかしこのラノベの世界だってのは、颯人の思い込みに過ぎないっていう可能性大なわけだから、まず否定から入らざるを得ないと思う。
フィクションの世界に転生なんて話、それこそフィクションの中でなら面白いだろうけどさ。実際に自分が生きている世界がそうだなんて、まず信じろというのが無理だろうさね。
たまたま一つの固有名詞が一致していたとか、ゲームプレー時の推しと瓜二つのイケメンに出会ったとか――ゲームの画像が実写だったのか、そのイケメンがCGさながらの顔立ちだったのか知らんけど――その程度の一面的な経験で即座に確信できるような軽々しい認識じゃないだろう、と思う。
『一応確認するけど、何をもってそれを確信したわけ? 国名とか人名とかが一致していた?』
『いや。国名や地名、王族貴族の家名なんかは一致していない。でも一方で、僕の周囲のファーストネームはほぼ皆ノベルと同じなんだ。父である国王がマインラート、正妃がクレスツェンツ、第二妃がマクダレーネ、長兄で王太子のヴェンツェル、第二王子のラインマー、第三王子テオバルト。それにエトヴィンやカルステンまで』
『偶然の一致――にしては、多いかあ』
『それに何より、起きている出来事がね。ああ、先にそのノベルの説明をしようか。〈テンテンテン〉は大きく二章立てになっていてね。主人公は第三王子テオバルト。第一章では主人公の身の周りに次々と不幸が起こり、最後に両親の国王夫妻とともに爆死して、国は隣国に乗っ取られるんだ。それが第二章では主人公は五年前の自分に戻っていて、未来の破滅の記憶をもとにその回避を目指す』
『ああ、過去に戻ってやり直すって、これもラノベによくあるパターンか。破滅ストーリーに一章分使われてるってのが、わりと珍しい?』
『そんな感じだよね。で、今の僕はその第一章の終盤に差しかかろうってところにいることになるみたい』
『ふうん』
つまり、次々と起こる不幸ってやつが積み重なっている最中というわけか。
まあ本人が難病罹患中、放っておくと余命数日、というだけで十分不幸なわけだけどさ。
そんな中にいて颯人が妙に落ち着いて達観したみたいに見えるのは、どうもそのノベルストーリーが頭にあるせいのようだ。もしかするとそのせいもあって、何処か現実と乖離した思いなのかもしれない。
『その第一章のストーリーなんだけどね。第三王子テオバルトは生まれつき病弱で体力がないんだけど、とりあえずも剣の修行と勉強に精を出して幼年期を過ごしていた。それが10歳のとき王宮の庭で黒い花の花粉を吸い込んだことで、黒夢病を発症する。一年後、突然北東の隣国が山間を縫って進撃し、北部の一地域を奪われる。その戦闘の結果休戦の話し合いで、隣国の第三王女がこちらの第二王子に輿入れすることが決まる。翌年その王女がこちらの王宮に顔見せに来た際、テオバルトの病が急速に悪化して国王夫妻の傍らで火魔法爆発を起こし、三人ともに死亡。その騒ぎの中で第二王子が王女の手の者を引き入れ王宮を制圧、隣国の属国として王位に就くことになる。まあ大まかにそんな流れになるんだ』
『何ともすごい、乱暴なストーリー展開だね』
『だよね。それでこちらの現実としては、三年前に突然僕は前世の記憶を取り戻した。それ以来いろいろ細かなところで例のラノベと似ている世界だなあと思っていたんだけど、王宮の庭に黒い花があるのを知って、その疑いを強めることになった』
『えーと――え? その花粉を吸い込む前に?』
『そう。それで調べてみると確かに、この50年ほど前から原因不明だけど黒夢病という奇病が存在することが知られてきている。僕にはそのラノベの知識があって病気の原因が黒い花だということの見当がつくけど、まだそれが完全一致するという確証はないし、人に話して信じてもらえるとも思えない。とりあえず自分では、その花のある近くには寄らないように気をつけていたんだ』
『うん』
『それが10歳になったある日、ずっと昔からついていた侍女に突然庭で突き飛ばされた。本来黒い花が咲いている場所とは離れているんだけど、僕が倒れたそこにたまたまというか数本、花が咲いていて花粉を吸い込んでしまった』
『はあ?』
『そのまま侍女は出奔して、今に到っても行方不明。僕も怪我をしたというわけじゃなく、周囲では何が起こったか理解不能。僕自身もそのときには黒い花に気がつかなくて、重大性を認識していなかったんだ。黒夢病は潜伏期間と言うのか明らかな症状が現れない時期が長いらしくてね、しばらく年単位で体力が落ちるなどの傾向が続いて、その後魔法の発現の制御が困難になるようになると言われる。もともと僕は体力が弱かったので症状に気がつくのが遅れて、去年の終わり頃になって魔法の異状が顕著になったので調べて、黒夢病の発症が確認された。その突き飛ばされた場所に黒い花があったことに気がついたのも、その後だったんだ』
『何と――それにしてもその侍女、最近のエトヴィンを襲った護衛や、今日カルステンに火魔法を仕掛けた職員と、似ている感じだね』
『うん。その狼藉を働いた瞬間までは、ずっと僕に優しく忠実に仕えてくれていたんだ。原因不明の豹変って感じだよね。今でも僕以外にはそんな重大事を起こしたと認識されていなくて、主を突き飛ばすという不祥事と出奔について、不思議がられている』
『はあ……』
つまりとにかくも、颯人はこの世界とラノベの類似性を半信半疑でいながら最悪の奇病罹患を避ける努力を続けてきたのに、かなり強引というか思いがけない事態でそれも無駄になったということだ。
前世でも他のフィクションでも見たことも聞いたこともない黒夢病という存在と、ほとんど運命で定められていたようにそれに罹患させられてしまった事態、これらに鑑みてここがそのラノベと無関係であるとはどうにも疑いにくいということになる。
『他にもあってね。かのラノベとまったく同じとは言えないけど、いろいろな面でこの国の破滅に向かう条件が整ってきているの』
『そうなの?』
『ラノベのストーリーに戻るとね。その第一章で破滅の結果に到るのに、いくつか大きな要素がある。一つが、この第三王子の黒夢病罹患。第一王子である王太子が行方不明になる。隣国からの侵攻で北部の一地域を奪われる。これに加えてその後の王宮で起こる騒乱は、国の北東部に領地を持つもともと現国王に批判的な侯爵が隣国に通じているのと、中立派だったいくつかの領主がその侯爵に懐柔されていた、という条件が揃ってのことなんだ』
『ふうん』
『だからね、去年の時点ではまだ完全に信じていたわけじゃないけど、これらの事態もできるだけ起きないようにしたいと僕は考えた』
『うん』




