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チョーゴーキン――車両模型に転生したアラサー女子、異世界の街道をひた走る  作者: eggy


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46 驚嘆した

 相手が目的の人物だと分かると、真っ先に確かめたいことがある。

 王子相手に無礼極まりない話しかけになってるわけだけど、先方もあまり気にしていないようなので、思い切ることにしよう。


『王子殿下に失礼なことは承知しているのですが、申し訳ありません、一つお尋ねしてよろしいでしょうか』

『何だろう』

『〈チョーゴーキン〉という言葉に、覚えはありませんか』

『え?』


 絶句。数呼吸分、沈黙が続く。

 相手の姿形は見えないんだけど、目を丸くして硬直している、という感じだ。

 そうして次に声が戻ってきたときには、こちらの方が驚嘆させられてしまった。


『もしかして、叔母ちゃん?』

『はあ?』それこそ目を瞠る感覚で、無防備な声を返してしまう。『何でこれだけで分かるの? つまりあんた、颯人でまちがいない?』

『うん、小鹿原颯人が転生した、オイレンベルク王国のテオバルト第三王子ということになる。そっち、悠姫叔母ちゃんが転生したんだね?』

『――うん――まあ――そうなんだけど――ここで颯人が生きていることが分かって喜ばしいって言うか、なんだけど――それにしても颯人、こっちを信用するの安直すぎない? チョーゴーキンの一言だけで結論出しちゃうなんて。もっといろいろ警戒しなくちゃならない立場なんでしょうに』

『チョーゴーキンっていう日本語の発音を口にする人、転生者だとしか考えられないからね』

『まあ、そうだね』

『それに、生前ってことになるんだろうけど元の世界で、同年代辺りでこの超合金っていう言葉を知っている人、まずいなかったんだ。若い世代には死語ってことになるんだろうね、すぐに反応するのは中年以上のほぼ男性だけって感じみたい』

『そうなんだ』

『だから僕の周辺でこの言葉を知っているのは、まず叔母ちゃんだけだったんだ。そして考えてみれば、僕があの交通事故で死んで転生したということなら、叔母ちゃんも同様ということはあり得るだろうし』

『なるほどねえ』

『それにしても僕も、叔母ちゃんが転生しているって知って、嬉しいよ。あの事故で助かったってわけじゃないだろうけど、とにかく生まれ変わって生きているってことだね』

『それなんだけどねえ。まあいろいろお互い確かめ合わなきゃいけないことがてんこ盛りだけど、真っ先に伝えなきゃいけないのはこれかな。あたし、転生したってことにはなるんだろうけど、生きているのかどうかってのは微妙でさ』

『どういうこと?』

『今のあたしの身体、あのときあんたが抱えていた超合金装甲車模型なんだ』

『――はああーー?』


 颯人――と言うか、第三王子の声が、ひっくり返った。まあ、無理もないけどさ。

 とにかくも、かいつまんで説明する。

 今のあたしの外観は、あの模型そのものだ。ただし中身や材質も含めて、まったく同じというわけじゃないみたい。

 自力で、走行できる。

 潜望鏡とマジックハンドとレーザー砲を出し入れして使える。レーザーは撃てないけど。

 装甲は、とにかく頑丈だ。何百メートルもの上空から落下して地面に衝突しても、傷一つ負わない。

 潜望鏡でものを見、音声を聞きとれるけど、発声はできない。

 その代わりにと言うか、今しているように睡眠中の人の夢の中に侵入してテレパシーのような会話ができる。

 この世界にある魔素というものを充電のように取り入れて、動力にしているらしい。

 ここの人間と同程度に、魔法が使える。

 ひと月弱ほど前に突然上空遥かでこの世界に出現し、落下の際森の中でエトヴィンたちを襲っていた大王熊の頭を破壊して、彼らと知り合った。

 その後の詳しい顛末は後に譲るけど、最低限知ってほしいのはこんなところだ。

 一気に話すと、王子は呆然と声を失っていた。

 そうしてから数往復分深呼吸、ようやく呻くみたいな声を漏らす。


『何とも凄いって言うか、理解を超えた話だね』

『だね』

『今すぐにでもこの目で見て確かめたいけど、まずエトヴィンと話をつけなきゃ駄目かな。それにしても、一つだけ疑問って言うか確認って言うか、なんだけど』

『何だろう』

『今僕、眠ってないよ。机に向かって勉強しているところだ』

『はああ?』


 予想外の事実を突きつけられて、あたしは絶叫してしまった。もちろん、現実の音声にはなってないけど。

 眠ってないのに、夢会話が通じた?

 確かにさっきから、少しだけいつもと違う感覚だけどさ。


『いや、何――どういうこと? これ、夢の会話じゃない?』

『だね。少なくとも僕は、夢を見ている状態じゃないよ。今だって手にしているペンで文字を書くことができるし』

『そんな――こんな――初めてだよ。夢の中じゃなく会話――と言うか本当にこれ、テレパシーか――そんなのができるなんて』

『初めて――やっぱり異常事態なんだね』

『つまり――颯人相手にだけ、こんなことができるってことかな。ついさっき会話ができる相手を探して、颯人にだけ通じたってことになるんだから』

『そういうことなのか』


 颯人にだけは、眠っていなくてもテレパシーが繋がる。つまり、いつでも無言会話が可能ってことになるのか。

 ますますもって、御都合主義的設定炸裂ってことになりそうだけど。

 何となく。以前から頭に浮かぶ仮説みたいなものが裏づけされてくる、そんな手応えを感じてしまうんだよなあ。

 まあいろいろ細かいことはあるのかもしれないけど、やっぱりあたしがこの世界に生まれた意味が、こうして颯人と接触を持つところにある、と思ってまちがいないんじゃないか。


『まあ、意味とか理由とか考えても仕方なさそうだね。この事実だけ、受け止めることにしよう。それよりも今急を要するのは、颯人と言うかその第三王子殿下の窮状を脱することなんだろうね。そちらの現状を教えてほしい』

『うん。この王子のこれまでの人生を説明すると長くなるけど、ある程度は必要だね。それよりも何よりも、今僕は黒夢病というものに罹患していて、治療薬が間に合わないとあと八日後に命を失うことになっている』

『え――えと――そこまではっきり、エトヴィンから説明を受けている?』

『いや、エトヴィンからはそこまで聞いていない。薬草がないとこの病は完治しないから、中ツ森に採取に出かけるってことだけ』

『じゃあ――』

『でも、僕は知っているんだ。このままだと僕は、八日後に両親である国王夫妻の前で火魔法爆発を起こして、三人とも死亡する』

『はあ?』

『説明、するとね――』

『――あ、いや――ちょっと待って。誰か来たみたいだ』


 扉の外に、人声が聞こえてきている。

 耳を澄ますと、エトヴィンとカルステンのようだ。


『エトヴィンが帰ってきたみたい。少し、この会話は中断しよう。こういうことができるっての、とりあえず人に知られない方がいいよね』

『分かった。でもそうすると叔母ちゃん、今昼間はエトヴィンとちゃんとした会話ができないんだよね。だとしたらその超合金模型、僕の部屋に移動してもらっていいかな』

『それは構わない。支障――ないよね。エトヴィンとは王宮内であれば何処でも、就寝中に会話ができる』

『その執務室と僕の部屋、百メートルくらいしか離れていないはずだよ。いつでも僕のところに駆けつけられるようにしているんだから』

『分かった』

『じゃあ後で、エトヴィンのところに使いを行かせるから』

『うん』


 こちらの会話を打ち切る間に、エトヴィンたちが入ってきていた。

 あたしが載っている机に寄ってきて、やっぱり監視盗聴を気遣う調子で、こちらを見ずに二人の会話を始める。

 それによると、薬草は無事に魔素回復薬に浸け、厳重に見張りを置いてきた。明日の早朝には加工の工程に入れる予定だという。



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