41 拾取された
数秒後、獲物が飛び出してくる。
この瞬間、たぶんあたしの現状が好作用しているんだと思う。
さっきの犬との攻防を見る限り、本来ならこの魔物、地上に顔を出した時点で警戒し、敵がいたら高速で噛みついていくはずなんだ。しかしあたしは生物じゃないので、その瞬間動いていなければおそらく匂いも気配も感じられず敵認識されない。
そうすると奴としては警戒に次ぐ最優先事項、深呼吸を行うことになるはずだ。
そこに、数秒間水分を奪う隙が生まれる。
結果、最初から一~二分程度の所要で、魔物を脱水症状、活動不能状態に持ち込むことができている。
そのモグラが倒れると、確認もそこそこにあたしは次へ移動した。
次、次、とモグラ魔物を引っ張り出し、仕留めていく。
「お、や――こいつまだ、動いているぞ」
「鍬で、止めを刺せるか?」
「やってみるべ」
ようやく動き出した男たちが、最初のモグラへと鍬を振り下ろしていた。
聞いていた通り皮が硬く、重い金属道具も跳ね返されるみたいだけど――。
「お、やった」
「やっぱり、目の付近なら刃は通るか」
「よし、続けて息の根を止めるべ」
幸い、何とか止めを刺す方法は見つかったようだ。
安堵して、あたしは次々作業を続けた。
ほとんど単純作業と化して、いい加減飽き始めたりもするけれど。油断だけはしないように気をつけて、機械的に手順をこなしていく。
その数、十は超えたか。そろそろ、全数の半分といったところ。
次の山へ移動していると、離れて声が聞こえてきた。
「何だお前ら、先に来てたのか」
「何だ? 何やってるんだ」
村の男衆が松明を手に、予定通り現地の様子を見に来たらしい。十人を超えるだろうか。
先に来ていた若い二人は、何処かバツの悪い声を返した。
「いや、こいつらを使ったら何とか始末できるんじゃないかと思ってよお」
「だけども、あっさりやられちまったさあ」
倒れた犬たちを示して、説明しているようだ。
すぐさまわいわいと、男たちの声が制御のすべもなく飛び交い出す。
「何勝手なことやってんだ、お前ら」
「お前らに怪我はないんか」
「しかしあっさりやられたって――その寝ているモグラみたいなのは何なんだ」
「いや、それがさあ――」
「何だか分かんねえ。俺たちが襲われそうになっていたとき、いきなり倒れちまったさあ」
「何が起こったか、分かんねえ。何かちっこいのが地面に動いていた気がすんだが」
「何だその、ちっこいのって」
「いやだから、分かんねえ。そっちの方へ進んでいったみたいなんだが」
「おい、何だ?」
言われて横を見たらしい別の男が、叫び声を上げた。
「こっちにも、モグラが倒れていんぞ!」
「何だと!」
「わ、まだひくひく動いてる!」
「止めを刺せ、何とかしろ!」
「おおそいつ、目の辺りなら鍬も刺さるから!」
「そうか、やってみんべ!」
わいわいがやがやと、全員が動き出す。
それを確かめて、あたしは処理の速度を上げた。
愚図愚図していたら、彼らに追いつかれてしまう。
まだ最初期の数匹に対して全員がいろいろ試行錯誤、確かめている様子の間に、残り十個ほどの小山征伐を進めていく。
最後の一山、となったとき、向こうの男に見咎められたようだ。
「何だあれ、あそこ、今モグラが飛び出したぞ!」
「わ、ありゃまだ元気に動いているんじゃねえか」
「あ、倒れた」
「何だ、何が起きた」
闇の中を見透かしすぐに駆け寄ってきそうな姿勢を見せるけど、男たちとこちらの間にはまだ二十匹以上のひくひく痙攣する魔物が転がっている。そいつらの処理を後回しにすることもできないようで、ようやく手分けの算段を決めながら、一同は動き出しているようだ。
一通りの山征伐を終え、取り残しはないか確かめて、あたしはそちらに背を向けた。一散、この場を離脱する。
わいわいと声かけ合いながら作業を続ける喧噪を離れ、近くの林の中へ。
――まだ、時刻は0時を回っていないね。
確かめ、木の根元に身を落ち着ける。
かなり魔法を乱発したので、再充電の必要があるんだ。
とりあえずもこれで、モグラ魔物による畑被害の拡大は防げたことになるだろう。
エトヴィンたちの訳分からない被害と同様、こちらの伯爵侯爵領では魔物だのウィルス感染だの一見人知を超えた災害が連続していることになるけど、これで少しは落ち着いただろうか。
――とにかくこれで思い残すことなく、王都への進行に集中したいもんだ。
日付が変わったら当日、カルステンとの合流を目指すことになる。
馬に相当するらしいミーマという騎乗用動物がどれだけの速度を出せるのか未見だけど、それに乗って早期の王都到着が果たせるものと信じたいよね。
かなり離れたところで、男たちの松明の動きは小さく見え続けている。
三十分ほども経っただろうか。あちらから、大勢の歓声のようなものが聞こえてきた。モグラ征伐が終了したんだろう。
しばらく周辺を動き回り、やがて松明の集団はその場を離れていった。
0時を回り、少しして充電は終了した。目論見通り、ほとんど時間のロスなく出発することができたよ、と安堵。
ここまで来て、へまをしないように。慎重に方角を確かめ、街道に復帰した。まちがいなく、北向きの進路をとる。
いつも通り、夜明けまではまず他の旅行者などと出くわす恐れもない。今のうちに距離を稼ごうと、踏み固められた道を全速で進む。
右方向の森の上が明るみ始めると、ぽつぽつと近所の農民らしい姿が見えるようになった。まだ街道にそうした姿は少なく、少し離れた畑の中などのようなので、あまり気にせず進みを緩めない。
またしばらくすると、長距離移動の旅行者らしい身なりの歩行者が見え出した。こうなると人目を気にしなければならず、脇の草叢にたびたび逸れながらの前進となる。
そうした街道通常前進と叢中匍匐前進をくり返すうち、陽は真上に差しかかってきた。
この日の留意点として、ただ旅行者の目を避けるだけでなく、そうした前方の確認を絶やさないようにしなければならない。カルステンとミーマに目印をつける打ち合わせにしているけれど、それをあたしが見逃したらすべて台無しだ。草の中に潜んだこちらを、ミーマ騎乗者が見つける幸運はまず望めないからね。
草叢に逸れている間には、ほぼ欠かさず潜望鏡を伸ばして道の先を窺うことに努めるようにした。これなら歩行者や逆側の農作業従事者に見咎められることは、まずあり得ない。
そうして、進むうち。
――来た!
前方を見通す潜望鏡に、赤いものが映った。
明らかに待ち人で、人が走るより速い騎乗がぐんぐんと近づいてくる。
急いで、街道に戻り。マジックハンドを伸ばして左右に振る。
幸い見つけてくれたようで、ミーマの足が緩められた。
以前一度だけ目の前にしたことがある馬の種類、サラブレッドよりは脚が太く見える。それでもかなりの大きさで、大柄なカルステンを乗せてびくともしないようだ。
その首と騎乗者の頭に、打ち合わせ通り赤い布が巻かれている。
少し離れて歩行者は数名見えているが、もう気にする必要もないだろう。
ミーマの足がほとんど止まりかけ、素速くカルステンは飛び下りてきた。
「失礼します、ハル殿」
囁き程度の声をかけるや、返事も待たずあたしは抱え上げられた。そのまますぐに布の袋に収められ、カルステンの背に負われて落ち着いたらしい。
大きな上下の揺れは、再び騎乗に戻ったということだろう。
もう周囲は見えないけど、そのまま息もつかず馬首を返して元来た方向への疾走が始まったはずだ。
カッカッカッ、と小気味いい蹄の土を蹴る音が響き渡る。




