4 確認した
実際、夢が醒めない限り結論の出ようがない。
――こんなとき定番の、頬をつねることさえできないんだもんなあ。
仕方なく、現実か夢か分からないまま現状確認を続けることにする。
周囲の状況は、前述の通り。あと確認すべきは、と考え。
動いてみた。
今の自分の身体たるこの機械だか何だか分からない存在の、機能を確かめるべく。
前後、動ける。左右の車輪を互い違いに動かして、回転できる。
まあプラモデルなんかの戦車の動きとして、想像できる範囲だ。
速さはやっぱり、全力でも人の速歩きとどっこいくらいか。
あと、何ができるか。
潜望鏡の出し入れ、上下伸縮。
それを引っ込め、円形のスライド口を閉じる。それでも前方の視界が開けているのは、他にカメラの類いがついていて自動に切り替わるのだろう。
音はずっと聞こえているけど水中で聞こえなかったところを見ると、水中走行時には側面か何処かについているマイクの類いに蓋がされる仕様なのか。
再び円形口を開く。颯人から聞いた装備を試してみると、レーザー砲と推定される物騒な見てくれのものがニョキリと出現した。明らかに円形の口より大きいんだけど、どうやって収納、出し入れされるものか不明だ。夢または異世界でのご都合設定なのかもしれぬ。
前方を狙う照準みたいなものが、視界に表示された。
ただ何とか念じてレーザーやら何やらを発射できないか試してみたけど、何も出ない。
――……うん、分かってた。
そこまでご都合主義じゃない、と。
しかしそうするとこの砲身、何のために存在しているものやら。颯人所有の模型に装備されていたようだから、ただそのままつけられているのか。
情けない思いで、砲身を格納する。
もう一つ、映画では存在していたという装備。マジックハンドを試してみる。細い一本ものだけど、出して使うことができた。
円形口から突き出し、肩、肘と手首に当たるかという箇所を曲げてかなり自在に動かすことができる。先端の手に当たる部分は、大昔のロボットマンガで見るような半円二つを開き閉じする格好だ。
試しに地面まで下ろしてみると、何とか小石を拾うことはできた。
しかし人の拳より大きいかという石になると、手の開きの都合で掴めない。何とか手に載せようとしても、持ち上げられない。腕力不足らしい。
つまり、足元に転がる小石やゴミを拾う程度の用途にしか適さない、ということらしい。
少し持ち上げて横に振ってみると、ピュン、と風を切る感じにそこそこ速度は出た。
しかし傍にある木の幹を叩いてみても、ほとんど傷をつけることもできない。叩く速度は出て材質はかなり硬いようなのだけど、おそらく重量が乏しいせいと思われる。
まあ華奢な見てくれだけどこのマジックハンドも車体と同様の超合金製と思われ、硬いものを叩いても壊れる感じはしない。
――でもでも、ほぼほぼ役に立たない、か。
それでも現状、ものを掴んだり何か合図のようなものを作り出したりするにはこの装備でしかあり得ないので、利用するしかない。
他に装備はないようなので、しばらく今の試行をくり返してみた。
結果、今までの三つの装備、同時に出して使うことができるのは分かった。
まあレーザー砲は役立たずで、出しても意味ないけどさ。
そんなことをしていると。
「××××」
かすかに、人声のようなものが聞こえた。
後ろの、茂みの向こうか。
そちら方向は紛れもなく、さっきあたしが落下した、その後こちらへ転がってきた元の場所、のはずだ。
何か、いるのか。
やっぱり興味は持たざるを得ず、茂みに近づき。そっと、潜望鏡を伸ばして見る。
やや高い草の上に突き出し、向こう側を覗くことができた。
そこには、人がいた。三人だ。
――何、あれ。
それは一見して、異様な風体だった。
一人は深緑色の衣服の上に、濃灰色のマントというのかローブというのか、ゆったりとしたものを羽織っている。髪の色は青だ。
あと二人は、白っぽい灰色の服装だが胸と肘膝などに茶色のものを当てている。腰に剣らしいものを下げ、何処かのアニメか何かで見た創造世界の剣士のようだ。髪の色はそれぞれ、緑とオレンジ色に見える。
つまるところ。
――コスプレかい。
という感慨しか持ちようがない。ふだん生きている生活圏で、そうそう出逢いそうにない外観だ。
ただテレビなどでお目にかかるそうしたコスプレイヤーたちと決定的に違うのは、その見た目の汚れ方だ。三人とも衣服のすべてがよれよれで、あちこち破れかけたり土などがこびりついたりの有様に見える。特徴的な髪色も色鮮やかではなく、汚れにくすんでいるようだ。
要するに、いかにもゲームやアニメにしか登場しないような身なりの人たちを、長旅か戦闘などの果てに薄汚れたように装わせた結果か、という感想を抱いてしまう。
――何とも、凝った夢を見せてくれているもんだね、こりゃ。
おそらくのところ、何やかやの演出でいわゆるいかにもな「異世界」と呼ばれる映像を見せようとしているらしい、この夢は――夢だとしたら。
何しろ、その三人のすぐ前にさらに決定的なものが転がっている。
それは、大きな生き物のなれの果てらしい。
三人のおそらく男性だろう人たちは、そこそこ長身らしく見える。
その前に横たわる毛むくじゃらの巨体は、おそらく直立したら男たちの身長の三倍を超えそうだ。地球上くまなく探しても、伝説の巨大熊でさえこんなに大きくはないだろう。
これもつまるところ、いかにも異世界定番の「魔物」の類いを、夢さんは用意したものらしい。
何となく熊か大猿かといった外見が予想されるけど、結論は出ない。何しろこちらに向いた頭部が完全に潰れて、真っ赤な血肉が露出している状態なんだ。
そこまで観察して、不意に気がついた。
――もしかして、あの頭部を破壊した犯人は、あたしか?
先ほど上空遥かから落下して何かに激突、破壊陥没させた感触があった。あの巨大な獣、その衝突事故の被害者なのではないか。
三人の男は、しきりとその獣の死骸と思われるものを指さし、会話を交わしている。聞いたこともない外国語のようで、まったく意味はとれない。
その男たちが獣と遭遇したのが生前か死後か分からないけど、彼らの持ち物は二人の剣の他、背に負う袋程度。周囲にも、獣を殺戮するに適う武器のようなものは見当たらない。
つまるところあの巨大な獣の頭部を跡形もなく破壊するほどの凶器は、この現在あたしの身体となっている、颯人によると推定約三キログラムの超合金製車体以外ありそうにないんだ。
かなりの上空からの落下、どれだけの速度が出ていたかは分からないけどこの重量と硬度で、まずたいていの生物表皮を貫くことは可能なんじゃないか。
――いや、あの高さからの落下で獣の頭部に命中なんて、偶然が過ぎるなんてもんじゃないけど。
可能性がゼロではなく、他に考えられないとしたら、それを真相とするしかない。
あの獣の不運度が最高限度に達していたか、何かの意志が働いていたか。はたまた、この夢の創造主のご都合主義炸裂か。
おそらくのところ確実に、不幸な衝突事故が発生したのかと思われる。
とにかくまあ、そんなすぐに結論の出ないことを考えていても仕方ない。
今比較的重要なのは、さっきからの夢の中としか思えない体験の末、ここに人間が登場したということだろう。
薄汚れたコスプレイヤーであろうが何であれ、何か話の進展につながりそうなものだ。
これがゲームであれば、「話しかけますか? YES/NO」などといった選択肢が画面に出てきて不思議がない。
しかし、ここで大きなネックとなるのが。
彼らの話す言語が理解できない。
こちらの現状は超合金模型で、発声のすべが分からない。
ということだ。
つけ加えるなら、身振り手振りで意思を伝える方法も見当たらない。もちろんこの世界の文字も分からないし、書くすべもない。
――どん詰まりやん。