39 追随した
明日にはカルステンと合流の予定でできるだけ早く王都に着きたいのだから、こんなところで無駄な時間を使いたくはない。
それでも今行っている充電はあと一時間ほどで終了し、日付が変わるまでに二時間ほどの余裕がある。この時間内に事を終えるなら、ほとんど時間のロスとはならないだろう。
考えたように、この付近の村々はもちろん王都の方まで被害拡大の恐れがあるのなら、できることならしておきたい。
――ただ、本当にあたしに何かできるか、だよね。
魔物の征伐みたいなことは、これまで何度かしてきたわけだけど。まあ幸運と言うか何と言うか、ある程度は成果を上げてきたわけだけど。
改めて見直して、あたしのできることは限られているんだよなあ。
水鉄砲。
風刃。
水魔法で水分を奪う。
とまあ、この程度だ。
あとまあ今回の場合、土魔法でバケツ一杯分くらいの土を移動できる、という能力は使えるかもしれない。
それでも一つ一つ検証してみると。
水鉄砲――もともと魔物相手には目にぶつけるくらいしか効果が生まれないんだけど。デカモグラ魔物は目があるやらないやら、あっても小さく、開いている保証はないようだ。
風刃――敵の表皮は硬く、剣も槍も通らない由。まずこないだのトカゲ相手の場合と同様、蚊に刺された程度の刺激しか与えられないんじゃないか。
水分を奪う――これを実現するには、相手の口がそこそこ大きく開いている必要がある。前回はトカゲが火を噴く準備のために口を開き続けていたのでうまくいったんだけど、そんな幸運がくり返されるものか。
そもそもこれらを使う前に、相手を土の中から掘り出してやる必要があるようだ。これが、土魔法でうまくいくものか。
やってみなければ、何とも分からない。
また、モグラの群れは三十匹程度と言っていたか。動きが遅いというのは救いだけど、一撃必殺という技を持たない身で、何処まで対処できるだろうか。時間はどれだけかかるか。魔力は保つものだろうか。
どれもこれも、やってみなけりゃ分からない。
例によってまあ、こちらが反撃を受けて傷つく心配はまずなさそうで、試してみる分にはためらいは少ない。
――とにかくまあ、やってみるだけか。
やってみて、難しいとなったらすたこら撤退。何もなかった顔をして、王都への進路に戻るさ。
やるぞと意気込んでみせて逃げるなんて、男らしくない? あたしゃ女じゃ!
有言実行? 何それ、美味しいの? そもそもあたし、誰に対しても「やる」なんて言ってないもんね。
――こんなところ、異世界転生者と推定される身とは言っても冒険物語の主人公には相応しくない存在だなあ、とつくづく思うね、我ながら。
わくわく物語を愛好する読者様には、聞かせられない独り言だね。
とか何とか、思いながら。
やがて、充電は終了した。
やっぱり、午前0時まで二時間以上の余裕がある。
のそのそ動き出そうとしていると。
ワン、ワン。
比較的近場から、犬の鳴き声らしきものが聞こえてきた。
今まで遭遇していなかったけど、犬みたいな動物はいるのかもしれない。
思いながら、家並みの外れまで出て周囲を見回す。
ジャイアントモールなる奴ら、西の方から近づいていると言っていたけど。えーと、だいたいあちらの見当だろうか。
考えていると、さっきの犬らしき鳴き声が寄ってきていた。どうも、人声も伴っているようだ。
闇を透かすと、若い男が二人それぞれ両手に松明と鍬を持ち、二頭の犬を引き連れている。
何だか楽しそうに、犬が交互に吠えている。見るからに大型犬の外観だ。
『鑑定』してみると、
【犬。地球の犬とほぼ変わらない。ほとんどは大型で、成獣の体長は一~二メートルになる。人間によく懐く。】
ということだ。元の呼び名はこちらの言葉で表現されているけど、『犬』に直訳して支障はないということらしい。
確かに二人の男によく懐いているらしく、引き綱もなく従順に同道しているようだ。こんな夜中にもかかわらず、散歩に出るのが楽しいという様子に見える。
ひときわ高い吠え声を上げた一頭に、男が軽くたしなめの声をかけた。
「こら、大きな声を出すと他の連中が起きる」
「もう少し村を離れたら、好きにしていいからな」
これも注意を理解したようで、犬は声を低めた。
男たちは散歩などという気安い様子ではなく、足を急がせている。
「行くぞ、他の連中が目を覚ます前に」
「領都の兵も冒険者も、明日に間に合うはずがないっちゅうんだから、俺たちでやるしかねえ」
「ああ、親父たちに無理させる前に、できるだけのことをするさ」
「西の草原の方って言ったな。あっちだ」
「もこもこ土が盛り上がっているから、すぐ分かるそうだ」
明らかに、目的はジャイアントモールらしい。
若い二人と愛犬だけで、他の村人に先駆けて魔物退治に臨むということか。
なお彼らの話に出てきた「冒険者」という名称は、一般民の口からは初めて聞いたけど、以前エトヴィンの説明の中にあった。
古くから魔獣の被害を防ぐ仕事を主に担う「魔狩人」と呼ばれる者が、多くいた。農業と兼業の者も多かったらしい。
それが、ダンジョンの発見が増えたことも関係するらしいけど、特に中ツ森の西側で、魔物退治とダンジョン踏破で専門に生計を立てようという「冒険者」と称する者がここ数十年で増えてきているのだとか。
その冒険者を管理する「冒険者ギルド」という組織がティルピッツ侯爵領とキュンツェル伯爵領の領都に設立されたのも、十数年前からのことらしい。
――その辺はともかく、二人は犬を連れてさらに足を進めていた。
「まず、一つずつな。お前ら、もこもこの盛り上がりを見つけたら、まず一つ掘り返すんだぞ。そしてモグラが出てきたら、首筋に噛みつけ」
「相手は動きがのろいし、目がよく見えないらしい。一匹にお前ら二頭で素速くかかれば、まちがいねえ」
「いいか、頼りにしているからな」
人間の言葉を理解しているかのように、二頭は張り切った吠え声を返す。
忙しげな足どりで、一行は村の外に向かっていく。
目的地は同じらしいということで、あたしも遠慮なくそれに続くことにする。
畑の間の道を抜け、小さな林に入る。
ほとんど道らしくはないけれど人の往き来はあるらしく木々の間に踏み固められた跡を、進んでいく。
やがて木立が途切れ、かなり広い草原に出た。こちらからやや下り、見渡す限り遠方まで続くようだ。
その、けっこう手前からずっと先まで、暗闇を透かして違和感のあるものが見えた。
幅五十メートルほどだろうか。草地が掘り返されたように荒れ果てた見た目のベルト地帯が、ほぼ直線状に視界の限り続いているんだ。
あの夢の中で男が言っていた、ジャイアントモールが侵攻してきた跡らしい。途中に畑があったならひとたまりもないだろう、とその惨状が想像される。
あたしほど闇目が利かないはずの男たちは、立ち止まることなく草の坂を下っていく。
かなり進んで、一段下った先が見えるようになった。先まで見えていた荒れ地ベルトの、こちら端ということになる。
話の通り、もこもこした小山がいくつも不規則に並んでいる。一つ当たり、縦横二~三メートルほどになりそうだ。
「お、あれだな」
「おお、確かに酷え。ずっと先まで、荒らされ放題でねえか」
「あの盛り上がりの下に、魔物がいるんか。すぐには数えれねえが、確かに二~三十はありそうだな」
「みんなが来る前に、できるだけでも潰そうぜ」
「おう」
さらに近づくと、高さ三十センチ程度の小山の土はそこそこ硬度がありそうだ。
男の一人が鍬でその硬さを確かめて、二頭の犬に声をかけた。
「よしお前ら、この山を掘ってくれ。いつもの森ん中での要領だ」
「「わん」」
そこまで具体的な指示が通じているかは不明だけど、犬たちは素直に返事して土の山に向かう。
向かい合った両側から、前足で穴掘りが始まった。確かに人間が鍬などで行う作業より能率はよさそうだ。
「いつもの森の中」という表現からして、よくこのような作業、例えば芋掘りのようなことをしているのか。
その辺りの成り行きをよく観察したいので、あたしは傍の草叢でぎりぎり近くまで寄って眺めていた。




