38 予感した
家並みの多い一角に来て身を隠しにくくなり、何とか草叢を辿って迂回しながら街道の向きに進む。
村の中央付近で人が集まり、興奮して声を交わしているのが見えてきた。
「いいか、決めた通りしっかり準備するんだぞ」
「男たちは夜中にここに集合、女子どもは早朝出立できるように支度しておけ」
「まずしっかり寝て、体力尽きないようにな」
何度も同じような内容の呼びかけをくり返し。
やがて人々は散り、自宅に入っていくようだ。
…………。
――何となく、デジャブ。
この数日間で、二回だったよな。同じような光景を見たような。
前のはゴブリンの襲来と、何たらウィルスの汚染だった。
ここでも、同じようなトラブルだろうか。
こちらとしてもここらで充電場所を求めなければならず、無関心で過ぎるわけにもいかない気がする。
それにしても。
――ちょっとあたし、トラブル遭遇頻度が高すぎやしないかい?
以前、テレビ時代劇を観ながら揶揄めいた感慨を持ったことがあった。
この諸国漫遊の爺さん、七日に一回必ずトラブルに遭うって、律儀に頻発が過ぎるんじゃないかい、などと。
しかし。
あたしが森を出て街道を進み出してから、十四日。あの女の子に捕獲されて小麦料理に協力した件も含めると、これまで大きなトラブルは四回。
作り物でき過ぎドラマをさえ遥かに凌駕する頻度、ということになるんじゃね?
ついにあたし、テレビドラマ主人公を超えてしまったか?
――いやいやいや。そんなの、御免被りたいし。
もう先を急ぐ身、関わりなく通り過ぎたい。
でもでも。
ゴブリンの群れ襲来くらいなら、まだいい。いや、村一つの存亡に関わるわけで、「いい」などと言うのは申し訳ないけど。それでもおそらく、数日中には領の軍などが到着して制圧する案件だろう。
しかしもし、××ウィルスや地面龍レベルの問題発生だったら。
この国の現実として早期に終結できず、南の領都や北の王都まで被害を広げることにもなりかねない。
利己的な理由だけでも、王都には颯人かもしれない王子がいるんだ。放っておくわけにはいかないだろう。
この手で何もできないのなら仕方ないけど、ある程度の対処はできてしまう、という実績があったりする。どうにも、座視して通過するつもりになれないところだ。
とにかくも、今の村人たちの様子で判断できることじゃないけどさ。
いつもの通り、充電しながら誰かの夢にお邪魔するしかないか。
――悪い予感がするって言うか、やりたくねえなあ。
でもここで見過ごしたら、のちのち後悔しそうな気がしてならない。
ウィルスやドラゴンみたいなのなら、早期対処が肝心だし。
あたしが今後どれだけこの国にいることになるか、分からないけど。知り合いになってしまったエトヴィンたちや、颯人かもしれない王子が暮らすこの国、荒廃するはめに陥りさせたいとは思わない。
前のときと同じように、見た目年長者らしい男が入った家の裏に身を潜める。
充電しながら試みると、夢に入ることができた。
『失礼する』
『な、何だ、あんたは何者だ?』
『何者かは、気にするな。夢の中の悩み相談だ。何か村に、異状が起きているのか?』
『何だ、よく分からねえが夢の中だもんな、気にしても仕方ねえか。おおさ、村の危機なのさ。魔物が迫ってきてるっちゅう』
『魔物が迫っているってわりには、慌てていないな』
『いや、危機はものすごい危機なんだが、慌てるこっちゃないのさ。ジャイアントモールっちゅう魔物が群れをなして近づいてきてるってんだが、こいつら進み足は遅い』
『ジャイアントモール?』
『ドデカいモグラの魔物だ。身体の縦の長さは、大人の男の背丈より大きいっちゅう。足は遅いが、凶暴で強くて始末に負えねえ。地面のすぐ下を穴掘って進むんだが、特に畑の作物を根っこから食らっちまうのが好物だ。場合によっちゃ、人や動物を噛み殺す。外の皮が強くて、狼の牙も、剣や槍も通らねえ。そんなのが三十匹近くの群れで、西の方から近づいているっちゅう話だ』
『剣や槍も無理――退治することができないわけか』
『おおよ。隣村じゃ畑が全滅、村人は皆逃げ出したっちゅうこった。領都まで助けを呼びに行ったっちゅうが、兵を出しても明日には間に合わねえ。奴ら明日にはこの村に入って、畑全部を食い荒らしちまうだろう。真下を通られたら家や建物も皆潰れっちまうと言う。もうまちがいなく、村はおしめえだ』
『それで、明朝には避難するつもりか』
『おう。ただその魔物、ここじゃ誰も見たことはないんだが夜中には進み足が鈍るって言う。試しに何か足止めでもできねえか、今少し休んだ後、男たちで様子を見に行くつもりだ。岩でも砕いたり上を乗り越えたりするっちゅうが、それでもあっちの岩場の方にでも誘導できたらこちらに着くのを遅らせるかもしんねえ』
『なるほどな』
『そんなんで領兵たちが着くのに間に合わせれたら、少しは被害が少なく済むかもしんねえ。このまま奴らが進むのを許したら、この領内からへたすると王領の方まで被害が広がるかもしんねえ。このままじゃ小麦が全滅して、領だけじゃなく国全体まで影響が出る。領も国も、のんびりしてられねえはずさ』
『しかし領兵でも退治できないかもしれないんだろう、剣も槍も通らないんじゃ』
『ああ。話じゃ、数十年前に同じような被害が出たときにゃ、国の軍が出てもすぐに止められず何日も被害が広がり続けたという。しかし昔とは違って、何か方法を考えてくれるかもしれん。とにかく領兵が早く来てくれることを願うしかねえ』
南のティルピッツ侯爵領とこのキュンツェル伯爵領は小麦の大生産地で、国の食糧庫と呼ばれているという。
被害が広がってこの領の大半で小麦が収穫できなくなったとすると、国を揺るがす大問題になるだろう。この報せを聞いたら、確かに領も国も即座に動き出すしかなさそうだ。
――しかし、数十年前の際には、国軍でもすぐに止められなかったって?
数日前には地面龍、今度はジャイアントモール、どちらも村や町をいくつも滅ぼしかねないという大災害級の魔物が連続して出現って。この領なのか国なのか、いったい何が起きているんだ。
『とにかく軍隊で出迎えても難儀するっちゅうのは、まちがいないらしいんさ。土ん中を進んでくるのはもこもこ地面が盛り上がるんで分かるらしいが、退治しようとしたらその土から掘り出さなきゃならん。深さは数百ミター(ミリメートル)ぐらいっちゅうが、掘ろうとしたら飛び出してきて鋭い歯で噛みついてくるんだと。本当に背も腹も何処も硬くて、剣も何も通らねえ。せいぜい通りそうなのは目か口かってぐらいらしいが、モグラの目は小さいしほとんど開いちゃいねえだろう。口は鋭い歯で噛みついてくるんで厄介と言うし。以前のときは上から火を点けてやっても、効かなかったっちゅう。火も水も止めるのに役立たずで、お手上げっちゅうことらしい』
『確かに、厄介らしいな』
『夜中に男たちで見に行って、危なくない限りそんなとこを確かめてこようと思うさ』
『十分気をつけて、当たることだな』
『当たり前だ、命あっての物種だからな』
『悩み相談』と名乗ったわりには何の回答も与えることができないまま、年輩男の夢から退場することになった。
とにかくも男は数時間後に魔物の様子を見に行く予定で頭がいっぱいらしく、『聞いたより数が少なければいいが』『何とか足止めだけでもできないもんか』などとぶつぶつ呟き続けている。
――さて、どうしたものか。
草叢で充電を続けながら、あたしは心中唸っていた。




