31 懐疑した
単調な旅が続く。
だいたいは右側に森、左に草原の広がり、という同じような風景で、街道は時にうねりながら北に延びていくようだ。
通行人は、増えたり減ったり。たまに左手方向に、畑や集落らしきものが過ぎていく。そうして場所による人口の増減がくり返されるらしい。
未だに、大きな町のようなものには行き当たらない。王都に向かう主要街道ならそうした町に寄るのが当然に思え、それがないのがやや不安に感じられる。
――いやエトヴィンの説明では、大きな町に寄らず北上できるんだったっけか。
それでも何でも、とにかくこの道を進むしかないんだけど。
ハイダの村を去ってから四回目の夜を迎えた。
街道から少し距離のできた森へと逸れ、木の間で充電に入る。
指折り数え、前回のエトヴィンとの通信から五日経ったはず、と確認。念じると、やはり夢に入ることができた。
『エトヴィンさん』
『ああ、ハル殿。ご無事でしたか』
『ああ、そちらはどうだろう。王都まであと二日ほど?』
『ええ、そこは予定通り進んでいます。明後日の夜には、王宮に入れるでしょう』
『それはよかった』
『しかし――何と言うか、とんでもないことが起きています』
『どういうことだ』
『運搬している薬草の十枚の束が残り二つになっていましたが、一昨日その一つが失われました』
『何だって? またか。注意して運んでいたのだろう?』
『ええ、それなのに、です。何と言ったらいいか、ある意味、今まで以上に不可解なことが起きたというか』
『どんなことが?』
『最初に起きたことだけなら、珍しくもないんですがね。一昨日侯爵領の領都に入って大通りを歩いていたところ、カルステンの荷物が掏摸に奪われたのです。それも担いでいた袋でなく、懐に仕舞っていた薬草の包みだけを』
『何とも』
『カルステンは当然鍛えた護衛ですから、すぐにその掏摸に追いすがり、捕縛しようとしました。ところがその掏摸を地面に引き倒そうとしたとき――発火して全身炎に包まれたのです』
『何だって?』
『それで犯人は焼死し、奪われた薬草は永久に使えなくなりました。駆けつけた役人の話では、その掏摸は有名な常習犯の男で、手配されていたとか。今回の結末、本人が火魔法の適性を持っていたということなんでしょうが、加えて燃えやすい油のようなものを身体のあちこちに所持していたらしいと』
『つまり最初から、焼身自殺を目論んでいたと?』
『ええ。それも起きたことだけを辿ると、最初から薬草だけを狙って、それを使えなくするためだけに命を懸けた、としか考えられないのです』
『誰かに薬草を奪う依頼を受けたか、脅迫されたか、ということになるんだろうか』
『そんなことしか考えられませんね。しかし役人の話ではその掏摸、仲間のような者も家族や身寄りも一切いないはずだと。誰かを人質にされて命を懸けなければならなくなった、などという事情は考えにくいようなのです』
『動機がまったく不明なわけだ』
『そういうことです』
――何とも。
不可解な話、ということになる。
しかしそれでも今までの他の件に比べると、王子の命を狙う何か人間の意思が働いている、と考える余地はあるだろうか。
これまで、エトヴィンたちが薬草を失った件。
大雨で薬草を台無しにされた。
黒毛狼の群れに襲われた。
暴風鷲に襲われた。
十人ほどの盗賊集団に襲われた。
掏摸に奪われた。
その他薬草は失わなかったが、大王熊に二度襲われている。
これがすべて誰か人間の意思による、というのはあり得ないだろう。
盗賊や掏摸を雇うことはできるかもしれないけど、それにしても犯行が薬草奪取だけにあまりにもうまく填まりすぎている。
暴風鷲や黒毛狼を操る方法など、知られていない。
ましてや大雨など、人間の意思で起こせるはずもないんだ。
まあ、大雨だけは偶然、という可能性もあるけどね。
それに続いて他の件がすべて偶然に起こるなんて、よほど王子かエトヴィンかが地獄の王にでも呪われているんじゃない限り、あり得ないと思う。
とにかく、これらの経緯を思い返しても。
こんなことがまだ続くなら防ぐ対策の立てようがない、ということだけは言えそうだ。
残っている薬草は、エトヴィンが懐に抱えた一束だけ。中ツ森に引き返して採取する時間の余裕はない。
『あと二日、くれぐれも気をつけて、と言うしかないか』
『そうなります。この残る一束、五枚ずつ二つに分けてカルステンと分担しようと思いますが、とにかく死守するしかありません』
『頑張ってくれ』
とにかく薬草五枚だけでも王宮に持ち込めば、王子の命は救われる、ということだ。
夢の中だというのにかなり切羽詰まった必死さの籠もる声を、エトヴィンは返してきた。
『この侯爵領から伝書鳩を送って、王宮から追加の護衛を呼び寄せています。慎重の上にも慎重を期して、残りの旅程を急ぐつもりです』
『幸運を祈る』
通信が切れても、とにかくあたしにできることはない。
ただ彼の奮闘が実を結ぶことを願いながら、王都に向けて急ぐだけだ。
次の会話が繋がるはずの五日後にはエトヴィンが王宮に到着し、その結果が出ていることになる。一方、あたしはまだ十日以上旅程を残していることになるだろうか。
ただただ気が急き、その夜も0時を機に街道をひた走り始めた。
その日は、拍子抜けするほど何もなかった。
ほんの時おり旅人と遭遇し、急ぎ脇へと身を潜めてやり過ごす、ということがあった程度だ。
また夜が更けて森へ入り、充電態勢に入る。
そうしてからまた念じると、思い通り入ることができた。
前回から五日経ったはずの、マルガの夢の中だ。
『失礼する』
『あ――こないだのお告げの人かい。また来てくれたんだね、助かったよ』
『先日の結果が気になったのでね』
『ああ本当に、助かったよ。あの麺も焼き物も、代官様に気に入ってもらえたさあ』
『そうか、よかった。もっと難しいことを言われるものかと思ったが』
『あたしたちも、そう簡単に受け入れられないかもって構えていたんだけどねえ。村長の話じゃああの焼き麺を食べて目を丸くして、あとはあっさり上機嫌に認めてくれたんだと。前はものすごい難しい態度だったのが、まるで憑き物が落ちたみたいだったって』
『そうなのか』
『うちの店で旅の客に出してみても、大好評だったしねえ。他にはない料理だからってすこし値段を高くしても、よく出ていくさ。麺の手打ちが間に合わないぐらいだよ。売り上げが増えて、これからも繁盛できそうだ』
『ほう』
『村では、今育てている小麦をそのままでいいことになったしさ。うちの店のこと聞いて代官様は、新しい村の名物にしろって、大乗り気になっていたって』
『よかったな』
『ほんと、あんたが教えてくれたお陰さあ。何かお礼がしたいんだけど――』
『夢の中の住人に、それは無理だ。感謝だけ受けとっておく。それと、娘のハイダは元気か?』
『ああ、元気さあ。昨日は約束してた通り、一日中ふた親で遊んであげたんだけどねえ、大喜びではしゃいでいたさあ』
『それはよかった。では失礼する』
『あ、ほんとにありがとう――』
まだ礼を続けようとする女の言葉を遮って、通信を切った。
こちらは好結果だったということで、万々歳だ。
まあ別にあたしに利益があるわけじゃない、あの拘束から何とか早く解放されたいということでお節介しただけだけど。とにかくも首尾よく終わったという点では、気分がいい。娘も鬱いでいないということで、安心だ。
ちょっと引っかかるのは、代官の態度豹変が極端すぎることだけど。そもそも最初の命令がかなり強引だったことと合わせて、何か事情があるんだろうか。
とにかくもまあ、上機嫌だったというなら問題はないんだろう。
あの料理が好評で村の小麦の価値が上がるなら、代官にも利のある結果だということなんだろうと思う。




