30 惜別した
その後、無聊を噛みしめていると。
玄関口の方から、声がかかった。
「作業は、どうだい」
「ああ、村長」
マルガが出てきて、客を厨房に案内していく。
手前の方で話しているようで、会話はよく聞こえてきた。
「ちょうど試作品ができて、三人で試食していたところさあ」
「いいものができたんかい」
「狙いに近いものはできたんだがよお」答えたのは、リーヌスらしい。「今までに食ったことがないもんなんで、何とも評価できねえ」
「村長も、試してみておくれよ」
「おお、食わしてくれ」
ガタガタと、木製食器の置かれる音がする。
ひとしきり、何やらの行き交いがあり。
うーーむ、と村長が唸ったみたいだ。
「何だこりゃ、麺か?」
「そうだ」
「ここの小麦は、麺にしたら柔らかくて食えたもんじゃ――ほら、これも柔らかい――ん、何だ?」
「どうだ」
「柔らかいが、弾力があるっちゅうか――何をやったんだ?」
「小麦粉の生地をこれ以上ないほどよくこねて、三アーダ(時間)以上置いといた。それを麺に切って、茹でて、兎肉と野菜と一緒に炒めたもんだ」
つまりは、手打ち麺の焼きうどんだ。
スープで食べるには醤油がないのが悲しすぎたので、炒める方の調理法を教えた。同じようなパスタ料理はあるみたいなので、そちらとの比較で珍しさを感じてもらえるんじゃないか。
「うーーむ。当然柔らかいんだが――食えるな、こりゃ」
「旅人に受けると思うか?」
「味は十分旨いし、口当たりが珍しい――いけるんじゃないか?」
「そうか、よかった」
「これが受け入れられたとしたら、こりゃここの小麦じゃねえと作れない麺だというこったな」
「そうだ。他所の小麦だと、今までよくある麺にしかならねえ」
「うん、もしかすると代官様を説得できるかもしれねえ」
「そうだとしたら、嬉しいねえ」マルガが声を上げた。「ああそれから村長、もう一つ試作品があるんさ。食べてみておくれよ」
「おお――何だこりゃ、焼いたもんか?」
「おう、小麦粉の生地を野菜にまぶして、平らにまとめて焼いた」
「ふうむ――おお、なかなか旨え」
もう一品は、お好み焼きモドキだ。キャベツに近い野菜があるようなので、提案してみた。マルガの知る限り、似たような調理はないという。
それこそ玉子もお好み焼きソースも、何なら青海苔もないんだから、大阪人なんかに見せたら張り倒されそうな代物のはずだけど、変わった食感ということで受け入れられるならありがたいところだ。
さっき漏れ聞こえてきた様子では、兎肉とそれを茹でたスープを加えてコクを出したらしい。
「なるほど、こんな軽食みたいなもんも、面白いな」
「いけそうか?」
「おお。まあ、もう明日が期限だからな。これを代官様にぶつけるしかねえ」
「よし。明日までにまだ味をよくできねえか、工夫してみる」
「頼んだよ」
「おう」
上機嫌で、村長は帰っていったようだ。
ちら、と覗くと、朝からの雨は上がって外は陽射しが輝いている。そろそろ日暮れが近い頃合いだ。
大人たちは元気づいた様子で、調理を続けている。
こちらではハイダが起き上がり、ぐしぐしと目を擦っている。
少しして、ヴィリが訪ねてきた。天気が回復したので、遊びに来たらしい。
「おうハイダ、雨がやんだぞ。外に出てみないか?」
「うん」
娘が腰を上げていると、母親が覗きに来た。
昨日に比べると、晴々とした表情で。
「ああヴィリ、いつもありがとうねえ。ハイダ、少しなら外に行っていいよ。今やってるのがうまくいったら、明後日ぐらいには父ちゃんやみんなで遊べるよ」
「ほんと?」
「今日はヴィリと、危ないとこには行かないようにね。日暮れまでには戻りなさいね」
「あい」
「じゃあ、行こうぜ」
母親は厨房に戻り、子ども二人は駆け出さんばかりに出ていく。
けど、玄関口の手前あたりで立ち止まったみたいだ。「どうした?」とヴィリの尋ねる声が聞こえる。
少しだけ、何やら小声で話し合い。
すぐに、二人は部屋に戻ってきた。
どうしたのかと見ていると、いきなり少年があたしを抱え上げた。
「いいんだな?」
「うん」
外に出て、村の外に向かう。
やがて着いたのは、街道の近くだった。昨日あたしが、二人の捕獲された場所だ。
まさしくその同じ場所に、あたしは下ろされた。
正面から、ハイダが屈んで覗き込む。見ると、両目に光るものが溢れかけている。
震える手を、小さく上げ。
「……ばいばい」
ほとんど聞きとれない、小声が漏れた。
その機能があればあたしも、涙を零したかもしれない。
あたしの嘘を信じ、この子は自分の気持ちを殺して解放してくれたんだ。
――このたいしたことのない二度目の人生(?)、この子の遊び相手になって過ごしても、よかったかもしれないけど。
子どもと遊び、夢の中で親の相談相手になる、という生き方もあったかもしれない。
もしかして、自走できるところを見せれば大喜びしてもらえるかもしれない。
この小さな女の子と、野山を駆け回れるかもしれない。
それはなかなかに楽しい、心惹かれる想像未来絵図だ。
でも。
――あたしは、王都に行かなくては。
唯一の目的を、改めて噛みしめてみる。
颯人の顔が、目に浮かぶ。
そんな思いを、巡らせていると、
ふう、と溜息が聞こえた。男の子の方だ。
「よかったのか、本当に」
「……うん、カメしゃん、おうちに帰るの」
「そうか」
二人の目が、離れた。
それを確認して、あたしは素速く地中に潜った。
載せた土の一部を薄くしたので、声は聞きとれる。
「え、え? あいつ、消えたぞ!」
「カメしゃん、帰った?」
「……そう、みたいだな」
「カメしゃん……ばいばい」
グス、と啜り上げ。声が遠ざかる。
潜望鏡を伸ばすと、手をつないだ二人の後ろ姿が見えた。
――ばいばい。
その姿が見えなくなって少し待ち、あたしは土の中から這い出した。
久しぶりにキャタピラを全速回転させ、街道に戻る。北方向を確認し、進み出す。
――王都へ。
街道の前も後ろも、人の姿は見えない。これから陽が落ちて、ますます通行はなくなるだろう。
遅れを取り戻すべく、あたしは足を急がせる。




