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3 観察した

 装甲車模型。

 颯人が、いろいろ解説していたな。ほとんどこちらの耳をすり抜けていたけど。

 キャタピラで動く。

 水陸両用、湖の底を走ることもある、だったか。

 今真上からではよく見えないけど、上面長方形の下に、キャタピラ付きの車輪があるんだろうか。


――それを動かせば、水底も走れるのか。


 思っていると。

 ギギ。

 ――動いた。

 何となくだけど、自分の身体が移動しているという感覚がある。

 下方で車輪とキャタピラが回転しているのも、何となく分かる。

 体感とか触覚からではないけれど、本当に何となくだ。

 下はかなり軟らかい土らしいけど、キャタピラが滑ることなく踏みしめているようだ。

 ゆっくりゆっくり移動する。水面から突き出した視界の風景も、ゆっくり後ろへ過ぎていく。

 水底から岸へとなだらかな斜面があったようで、それを登ることができた。上昇に合わせて潜望鏡も縮め、やがて全身が水から上がっていた。

 岸辺の草地に上がり、あまり広くないけど明らかな平地で一息をつく。


――息苦しくなかったとはいえ、やっぱり陸地が落ち着くねえ。


 それにしても。

 おかしい、とあたしは思案し始めていた。

 この身体、助手席で颯人が抱えていた模型そのものだと思ったけれど、違うみたいだ。

 あたしがプレゼントしたあの模型には、モーターなど動力はついていなかった。

 それに、映画の中での本物の装備には、潜望鏡、レーザー砲、簡易なマジックハンドなどがあって上面の円形スライド窓から出し入れできるという設定だけど、模型にはレーザー砲だけしかついていないと颯人が悔しがっていた。つまり模型に潜望鏡は付属していないのだ。

 つまりこの身体、あの模型そのものではない。

 大きさは実物より小さい模型サイズだけれど、装備としては模型にない本物に近いものがついている、ということになりそうだ。


――さすがは夢の中、ご都合主義。


 ますます「夢の中説」が信憑性を増す。

 一方でそれに反して、見えるものはいっそう現実感満載だ。

 周囲は鬱蒼とした林、密生する草々。今さっきまで潜っていた、静かに佇む池。

 相変わらず、手にとれそうなほどに鮮明だ。

 それも、木や草にしてもこれまで見たことのない、種類の名前も浮かばない外観のようだ。それがずっと、夢の中定番のようにぼやけたり消えたりすることなく、ずっと変わらず鎮座している。

 さらに。水から上がって、気がついた。

 周囲に、音がある。

 さわさわと木の梢や草々が風にそよぐ。遠く、鳥が鳴いている。

 ポチャリ、と池に魚が跳ねる。

 見事なまでに違和感のない、自然の中、森の水辺の音声だ。

 ただそう思わされているだけかもしれないけど。


――何とも見事な、現実と違和感のない夢の中。


 それでも何処となく安心して、あたしは寛ぎの気分になっていた。

 今のところ周囲に、身の危険を感じる類いのものはなさそうだ。

 ここは一度落ち着いて、現状を考えてみるべきではないか。

 十中八九、これは夢の中だと思うんだけど。もし万が一現実だとしたら、今後の行動方針を検討しなければならない。


――現状を、整理してみよう。


 あたしは、宮嶋みやじま悠姫はるき、32歳女性、独身。

 地球ちたまの島国、日本ひのもと国の地方都市在住、現在の職業はローカルタウン誌のフリーライター。地域のいろいろな職業や趣味講座などの、突撃体験レポート記事連載を抱えている。

 1LDKのアパートに独り暮らし、比較的近所に住む姉夫婦と甥の家族とはかなり頻繁に交流。

 こんな事態に至る直前の記憶は、甥の小鹿原おがわら颯人12歳と入学祝いを買いに隣市へ赴き、帰りの運転時に対向車がすぐ前に迫ってきた光景だ。


――うん、記憶に障害はなさそうだ。


 してみるとあたしは、あの正面衝突事故で死亡したのか。

 はたまた意識を失って、こんな得体の知れない夢を見ているのか。

 そうだとすると、同乗していた颯人はどうなったのか。

 この辺は、どうにも確認のしようがない。当然ながら意識不明で夢見中だとしたら、目が覚めるのを待つしかないだろう。

 一方、万々が一。あたしが死亡して、こんな模型として生まれ変わった、という可能性はあるか。


――いやいやいや、ないないない――。


 夢の中という可能性は目が覚めるのを待つしかないから、今はこっちのほとんどあり得そうにない方の検討をしてみるけどさ。


――あり得ないっしょ。あらゆる面で。


 あたしだってこれまで、異世界転生系ライトノベルというものを何冊か読んだことはある――と言うより、仕事の知り合いには控えめに言っていたけど、かなりの数を愛読している。男性向けも女性向けも。

 その辺にのっとれば、交通事故で死亡して転生、というのはかなりの定番のはずだ。たぶん、ブラック企業で過労死というのと、二大巨頭と言っていいだろう。

 その際の展開としてかなりの大多数は、死後神様のような存在と面談して、転生が行われる。少数派として神様にスルーされて、というのはあった。もしそうだとするとあたしの場合は、その少数派の方か。

 また転生先として大多数は、当然人間。かなり少数ながら動物、魔物、さらに少数植物というのもある。

 そのごくごく少数の植物とタイを張りそうな頻度の設定で、非生物に転生(?)というのも確かにあったと思う。ゴーレムとか盾とか、杖とか剣とか剣とか。

 しかし――ここ重要!

 その非生物パターン、当社調べで一切の例外なく、何らかの方法で人間と意思を通じることができ、自ら強大な魔法を使うことができる、という設定になっていたはずだ。

 翻って、あたしの場合は。

 人間と意思疎通の方法――ありそうにない。そもそも言葉を紡ぐ口などないんだし。超合金装甲車の映画中の現実でも、スピーカーがついていて発声できるなどなかったはずだ。

 強大な魔法――自らの体内に、そんな気配さえ感じられない。まあこれも定番としては、転生後に誰かの指導を受けて使えるようになるという設定は多いわけだが。


――神様の説明もなく、他人との意思疎通もできず、どうやって?


 会話、というか発声、できないよ。さっきからいろいろ試みて、まちがいなく。

 会話できずに、この先どうしろと言うんじゃい。

 いやあたしこれまで、自他ともに認める紛れもない「おひとり様」だったけどさあ。それだって引き籠もりで他人との交流拒絶していたわけじゃないのよ。

 姉の家族とは頻繁に会っていたし、仕事上でやりとりをする相手は何人もいたさ。

 何なら「実体験派フリーライター」だもん、初対面の相手との会話だって不得意にしていられない。

 だからさ、それなのにさあ。

 人との交流方法なく、どうしろって言うんさ。

 こんな推定深い森の中、人が歩く程度しか速度が出ない移動方法の模型姿で。

 人間とも動物とも意思疎通の方法なく。


――現実の「おひとり様」なんか目じゃない、究極の「おひとり様」状態じゃん。もうたくさん、もう飽きた、夢すぐに醒めろ!


 …………。

 心中絶叫しても、覚醒の気配なく。現実に音声が発せられるでもなし。

 深い森の中に、長閑のどかな鳥の声がするばかり。

 こんな不毛な検討、続けても仕方ないのだけど。

 もしももしももしも、万々々々が一、これが現実に超合金装甲車への転生(?)だとしたら。

 どうしても気になることが、二点ある。

 颯人はどうなったのだろう、というのが一点。

 もう一点は。

 あたし、ここから何かする意味ある?

 という疑問だ。


――だって、便宜上転生なんて言ってるけど、生きてないじゃん。


 この先、生きる目標なんて持ちようがない。

 このままここで動かず、朽ちていっても何の未練も持てない。

 ということになる。

 この超合金が映画の設定の通りなら、永久に錆びたり朽ちたりしないらしいけどさ。

 このまま夢が醒めないなら、ふて寝しちゃうよ、あたし。



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