29 提案した
『何か問題を抱えているのか。娘の相手もできないほど』
『まあねえ。言ってみれば、村の危機なのさ』
『村の危機?』
『そうさあ。この村のほとんどは農家なんだけどねえ。今はこの春蒔いた小麦を育てているところなのさ。それが、領の代官様からたいへんなことを言われてねえ』
『何だ、たいへんなことって』
『この領内は何処でも小麦がよく穫れるんだけどね、どういうわけかうちの村だけは他のところと違う種類の小麦しかよく育たないのさ。価値が低い小麦だけど仕方ないって、今まではそうしてやってきたんだけどね。今年の今頃になって、この小麦じゃ税として認められない、他と同じ種類の小麦を蒔き直せって』
『それは、強引な話だな』
『前から言われてた話じゃあるんだけどね。この村で穫れる小麦はパンにしても膨らまないし、麺とかにしても歯ごたえがない。せいぜい団子にするとか、たいして価値のないものしか作れないって』
『ふうん』
――つまり、強力粉と薄力粉の違いといったところだろうか。
『このまま今の小麦を育てても、税として認められない。今から他と同じ小麦を蒔いても、ただでさえよく育たないのに時期遅れでますます収穫が望めないさ。この村の者に死ねって言ってるのと同じだよ』
『ひどい話だな』
『それで、村長が代官様に言い返したのさ。ここの小麦だってそれなりに価値があるはずだって。そしたら、それならその価値を見せてみろ、ここの小麦で売り物になる料理を作ってみろって言われたんだと』
『ほう』
『それで、うちの亭主が任されちまってね。この村で一軒だけ、旅人相手の料理屋をしているんで。ここの小麦だけを使って、旅人に満足される料理を作れって。でも、少し前から工夫を始めたんだけどなかなかうまくいかなくて、その期限が明後日なのさ』
『なるほどな。で、どんなものを考えてみたんだ?』
『そんな驚くほど目新しいもんを思いつくわけにはいかないさ。小麦粉を衣にして肉を焼くとか、溶いた小麦粉をスープに入れてとろみをつけるとか今までにやっていることを工夫しても、そんなのじゃ小麦が主役じゃないから認めらんないって言うし。仕方ないからありふれた団子のスープで、味つけをいろいろ変えてるところだよ』
『なるほど』
『味つけったって、塩味にいろいろ野菜で風味をつけるぐらいしかできないしさあ。やることも限られるんさ』
――当然、味噌も醤油もないんだろうからなあ。
質問してみたところ、胡椒や唐辛子みたいなものもないようだ。
野菜で風味づけと言っても、ハーブのような特殊なものもない。まあ森の中を探せば何か見つかるかもしれないけど、そんな時間の余裕もないだろう。
この村の産物のうち、何とか聞いてイメージできたのはキャベツみたいなのと蕪みたいな野菜程度で、確かに変わった風味を生み出せる期待は持てそうにない。
あともしかするとタマネギに近いのかというものはあっても、その他ではジャガイモの類いも望めないみたいだ。
つまり、たとえアドバイスするにしても、薄力粉と塩、キャベツと蕪とタマネギだけで考案する、というかなりの無理ゲーになる。
それでもこのリーヌスとマルガという夫婦、そのミッションコンプリートで娘の気を晴らすことがあたしの解放に繋がるんじゃないかと思うと、何とか考えるしかない。
『いくつか思いつく案はあるんだが。ダメで元々で、やってみるか?』
『ああ、教えてくれるんなら、何でも歓迎さあ。もう亭主も行き詰まって、いくら頭を絞ってもこれ以上、何にも出そうにない』
『こっちは夢の住人だから、昼間話をすることはできない。しっかり聞いて、覚えてくれ』
『あいよ、頼んだよ』
夢なんだから、メモなんかをとるわけにもいかない。
エトヴィンに確かめたところ、この夢会話の内容は起きた後も鮮明に覚えているということなので、そこに期待するしかないだろう。
その後、朝になるまでくり返し、この若い女房にいくつかの説明を続けた。
夜明けを迎えるやマルガは早々に起き出し、夫を叩き起こして厨房へ向かった。同居している夫の母と三人で、早速料理を始めるという。
「夢でお告げがあったんだよ。新しい料理だよ」
「何だそりゃ」
「とにかく、やってみようよ。ほら、早く準備して」
妙に夫婦間で温度差のある会話が聞こえてくる。
まだ眠り続けている幼女の寝顔を眺めながら、あたしは好首尾を願って待つしかない。
この日は雨模様だけど、どうも気温が高いらしい。外に遊びに出られない娘を寝室に残し、熱中症などの心配からか戸を開いたまま大人たちは向かいの厨房で作業を続ける。
ハイダはまた、あたしと木の人形を相手に一人遊び。
その間に、厨房の声が漏れ聞こえてくる。
夫婦とその母親は、さんざん苦労しながら新料理に取り組んでいるようだ。
バタンバタンと何かを打ちつける音が聞こえてくると、ハイダが目を丸くしていた。
やがてさんざんこねた生地を板に載せ、リーヌスが廊下の奥に運んでいった。その辺が厨房の中よりは冷暗所に近くなっているんだろう。
それから間もなく、マルガが娘を呼びに来た。
「ハイダ、お昼だよ」
「あい」
厨房の奥の方に食卓があるのか、そちらに入っていく。
一家四人の会話が、ぼそぼそと聞こえてくる。
ここへ来て初めて、あたしは戸の開いた状態で放置されたことになる。またとない機会なので、そっと戸口に寄って廊下を見回してみた。
左手は昨日入ってきた玄関口だけど、しっかり扉が閉ざされている。やっぱり、脱出は無理そうだ。
右手奥には、さっきリーヌスが運んできた板に載せた生地に布が被せられている。
厨房の方の気配を窺いながら、あたしはそっとその生地に近づいた。
布を捲って、マジックハンドの先で軽く突いてみる。
夢の中でマルガに説明した通りの作り方ができているようだけど、少し水分が多いかもしれない。何しろ計量カップのようなものはないのだから、「手にべとつかないぎりぎりの感じ」などという説明しかできないんだ。
少し考えて。水魔法を使ってみる。
以前にエトヴィンとも検討したことだけど、練習工夫を重ねてある程度狙ったところから水分を奪うことができるようになってきていた。
たぶんこれ、この世界の誰も試してみていないと思う。水魔法の際近くにある水分を移動して使われるという事実自体、エトヴィンの周辺で最近実験して確かめられただけで、まだ広く知られていないらしいんだ。
それでもあたしは、一人になってからも夜の充電後などに練習して、かなり精度を高めている。
今も、生地全体から少しずつ水分を抜く、という指定でそこそこ成功した。
生地――要するに、うどんだ。
これもまた「実体験派フリーライター」活動で、手打ちうどん教室に参加したことがある。
――あのときは爺ちゃん婆ちゃんに交じって、珍しく「若い娘さん」扱いを享受したっけ。「お嬢ちゃん」なんて呼ばれたの、人生最後の経験だったかも。
――それはともかく。
その体験で、うどん生地の手触りは記憶している。マジックハンドで触覚は持たないけど、おおよその弾力は確かめられる。
少し水分を抜いたことで、理想に近づいたと思う。
こんなズルをしてここの調理人たちの試行として大丈夫か不安なところだけど、とにかく最初に計量してやっているわけじゃない。最終的にこの寝かせた生地の手触りを覚えてもらえば、今後失敗しながらでも再現はできるだろう。
そう御都合的に考えて、またそっと部屋に戻る。
ハイダが戻ってきて、またしばらく一人遊び。
大人たちは厨房に生地を運び戻し、いくぶん声を弾ませて作業を続けているみたいだ。
やがてまた、幼児は昼寝に入っていった。
他にどうしようもなく。到底、褒められた行為じゃないけど。
あたしはまた少女の夢の中に入って、『ぐすんぐすん』を聞かせてみた。
ちらとこちらを見ただけで、ハイダはそれきり横向きから顔を上げようとしない。
しばらく声を聞かせ、やがて諦めて夢から出る。




