25 復帰した
やがて、東の森の上辺りが薄ぼんやり明るくなってきた。
すぐに、村人たちが動き出す。
相談してあった通り、若い者中心の十人が鎌や庖丁のような刃物を手に、出発していった。
女たちも集めて、村長が「避難はもう少し様子を見てからにする」と説明している。それを聞いてわけ分からない様子ながらも、全員がいつもの朝の作業に入ったみたいだ。
十人が戻ってきたのは、それから二時間程度経過してからだった。
「聞いてくれ、ゴブリンは全頭征伐した!」
「何だと?」
「征伐できた? 思ったより少なかったんかい」
「いや、数えたとこじゃ、百頭以上いた。それがどうしたわけか、みんな転がって呻いていたんだ。俺たち十人で首を斬って殺して回るのに、造作もなかったさ」
「転がって呻いてた?」
「何だ、そりゃ?」
「俺たちにも、わけ分からん。とにかく、その集落にいた全頭、まちがいなく息の根を止めてきた」
「何と――」
「信じらんねえ」
「村長の夢の通り、心配は晴れたわけかい」
「奇跡――か?」
「本当に、神のお告げだったんか?」
「いやとにかくもお前ら、ご苦労さんだった」
男も女も、村の大人たちほぼ全員が集まって、納得できないまま納得しているようだ。「これで安心していいんかい?」と女たちが歓喜の声を上げ、その周りで子どもたちもつられて笑っている。
森へ遠征してきた十人は、半苦笑の顔でどっと疲れた様子になっている。
「何だかわけの分からんことの連続で、百頭以上も奴らの首斬って回って、ほとほと疲れたさあ」
「夜の見張りをして睡眠不足だしなあ、お前らご苦労さん、家に帰って少し寝直せや」
「そうさせてもらうぜえ」
笑い合って、それぞれ家族で家に戻っていくようだ。
いくつもの家から笑い声が飛び交い、やがて落ち着いていく。
朝食を終えて、ということらしく、何人もの男女がまた外に出てきていかにも日頃の作業に入っていく光景になる。
言い交わしの通り、さっきの十人は寝直したことになるんだろう。
そうした一軒の裏に、あたしは近づいていった。
念じると、初顔の男の夢に入ったみたいだ。
『失礼する』
『え、何だ、あんた』
『何でもいいが、少し話ができるか』
『いや、なん――え、もしかしてあんた、村長の言っていた夢の中に出てきた人ってやつか?』
『そこは勝手に思っていてくれ。とにかく、訊きたいことがあるんだ』
『いや、そうだとしたらあんた、村の恩人ってことになるが――何、訊きたいこと?』
『ここは何領の何村というのだろう』
『ティルピッツ侯爵領のアヒレス村さ』
『あの森への途中の街道、ずっと北へ向かっていくと王都に通じることになるんだな?』
『ああ、そうだ。俺は行ったことがないが』
『すぐここを過ぎたところで分かれ道になっているが、王都に通じるのはどっちだ?』
『ああ、左だ』
『分かった。ありがとう』
『いや、とにかくあんた――何――』
『じゃあ、失礼する』
すぐに、会話を打ち切る。
それだけ聞けば、もう用はないからね。
この村で、十分時間を浪費した。すぐにも、出発したいと思う。
あたしは家並み裏の茂みから村を出て、街道に向かう。
街道に出て、左折。
一時間かからずにあの三叉路に当たり、左の道をとる。
――ようやく、北行路に復帰したことになる。長い寄り道だったね。
遅れを取り戻したいところだけど、こちらの最高速度は変わらない。やっぱり人の速歩程度で、粛々と歩みを進めることになる。
街道には変わらず人も獣も姿を見せず、坦々《たんたん》とした道行きになった。
雨が降ろうとあたしにはさほど関係ないけど、とりあえず空に青い面積が多く周囲は明るい。それだけである程度、気分が晴れてくる。
遠ざかっていくあの村で人助けをしたという自己満足程度はあるけれど、思い返そうとするとあ奴らののた打ち顔と金切り声ばかりが蘇って、胸糞悪くなるばかりなんだよ。当分はあのビジュアル、思い出したくないという気がする。
だから、ただ坦々と前を見て進行を続けるんだ。
進むうち、たまに人の姿を見かけるようになった。
かなり離れた畑らしい場所で、作業をする数人を見かけた
予定通り街道に遠く人を見つけると、傍らの草叢に隠れてやり過ごす。
そんなふうに人を見かけるようになったのは、北に進むにつれ人口の多い地域に近づくせいかと思う。
この日も夜が更けたところで、森に近づいて充電休憩にする。
前回から五日目だなと思い、念じると。
エトヴィンの夢の中に入ることができた。
『エトヴィンさんか?』
『おお、ハル殿。久しぶりです』
『ようやく繋がることができた。ということは、やはり五日ごとということでまちがいなさそうだな』
『そのようですね。ハル殿は、まだ森の中ですか?』
『いや、二日前に出て、街道を見つけることができた。ティルピッツ侯爵領のアヒレス村は分かるだろうか』
『ああ、何となく。ティルピッツ侯爵領の南の方だと思いますね』
『やはり、予想したうちでは遠めの場所だったか』
『今地図を見ることができないので正確には言えませんが、王都まで徒歩で二十日以上、おそらく二十五日程度は見るべきでしょう』
『分かった、それを知るだけでも助かる。とにかくただ北へ向かって進むだけだな。そちらは、まだ王都への途中だろうか』
『ええ、あと七日程度のはずです。ただ、困ったことがありました』
『何だろう』
『先行させていたヘルビヒが、盗賊に襲われて負傷しました。荷物もすべて奪われ、持たせていた薬草が失われました』
『何と。怪我はひどいのか』
『全身打撲と足の骨折なのですが、幸い命は助かるようです。街道近くで倒れていたところを通りかかった旅人に救われ、昨日私たちが到着した町に運び込まれていて、連絡をつけてもらうことができました』
『命が助かるなら、不幸中の幸いか。しかし、薬草が失われた?』
『ええ、これで十枚ずつ六つに分けていたもののうち、四つが失われたことになります。残るは、私とカルステンが持っている二つだけですね』
『何とも。不運が続いているということだったが』
『不運にもほどがありますね。盗賊は十人ほどの集団だったそうですが、ヘルビヒのような明らかな戦闘職の一人旅を襲うなど、ふつうは考えられません。金目のものを所持しているようには見えず腕が立つらしいとくれば、わざわざ危険を冒しませんよ』
『そうだな。だとすれば、意図的に彼を狙ったという可能性もある?』
『今回の件だけなら、そうしたこともあり得るかもしれません。ここの領主の伯爵は、王子殿下が助からないことで利益を受ける派閥の人ですし』
『何と』
『しかしやはり、これまでの不運はそうした可能性が窺えないですからね。暴風鷲を飼い慣らして操ることができたなど、聞いたこともありません』
『そうなのか。しかしとにかくその盗賊の件だけを見ても、あんたたちの残りの旅程は油断できないと考えるべきか』
『そういうことですね。ゆめゆめ油断しないように気を張っていきます』
『うん』
ますます真剣な響きになっている声音に、頷き返す。
そのまま気づかないふりで、話を続けようとも思ったんだけど。
失言だと思うけど重要な単語を聞いてしまって、流しておくのもどうかな、という気がしてしまう。
『それにしても、少々重大な言葉を聞いてしまった気がするが。命が危ぶまれているのは、王子殿下だったわけか』
『あ――』
『いや、思わず口に出てしまったのだろうけど。まあ私にそれが知られても、問題はないだろう。もちろん、誰にも言わない。夢の中ででも』
『はあ、お願いします。確かにハル殿に知られても実害はないでしょう。私の教え子で病を得ているのは、現国王陛下の第三王子、テオバルト殿下です。私が王子殿下の家庭教師をしているのはよく知られたことなので、それを隠すことは難しいのですが。現在、殿下が病に伏せっていることは、王宮の外には秘密なのです』
『なるほど』




