24 征伐した
――さて、どうしよう。
分かれ道の情報が得られないなら、寄り道してこの村に寄った意味がない。
他の人の夢に入ってみる選択も考えられるけど、お取り込み中、そんな暇はないというのは誰もが同じだろう。このゴブリン問題が片づかない限り、見知らぬ怪しい声に応対する余裕は持てないに違いない。
――それならその問題を解決してやるか――などというのは、物語中のお気楽主人公の発想だろうな。
さっきの五匹との戦闘を思い返す限り、あたしならうまくやれば百匹以上でも征伐できそうだ。奴らの夜目が利かないという情報が正確なら、今夜中に集落を襲撃すればほぼまちがいないだろう。
しかし別に、そんなことをするまでの義理はないんだよねえ。
おそらく大丈夫とは思えても、絶対こちらに被害なくミッションを終えることができる保障も、別にないわけだし。
あたしの身体はたぶん、ゴブリンの攻撃を受けても壊れることはない。妙な話だけど最も弱い点は、力ずくで抱え上げられることだ。持ち上げられても水鉄砲や風刃で反撃できるけれど、それが効果を上げないうちに谷底とかに投げ落とされたらそれっきりになる。
そうだとしても、破壊や故障の心配はないんだけどね。でもせっかく森を脱出できたのにそれじゃかなりの後戻り、時間の浪費ってことになってしまうじゃないのさ。
――あたしの目標は、一つ。颯人かもしれない少年に会うこと。そのために、できるだけ早く王都に到着する。薬草で命が救われたかどうかを見届ける。
現在の最優先は、そのためにできるだけ早くあの分かれ道の行き先を訊き出すことだ。
この村の問題が解決しなければ、それを訊き出せないとしたら――。
――あれ?
それなら、ゴブリン征伐が最善手ということになる?
できるだけ早くゴブリンを征伐し、できるだけ早く情報を訊き出す。それが正解?
いや、何とか手管を弄して他の人の夢から情報を引き出す、ってことも考えられるけどさ。
このお取り込み中こちらの都合だけで邪魔するってのも、気が引ける。
それにさっきの男の独白『祖先から受け継いできたこの村――情けねえ』という、悲痛な呻き。それを解決できるかもしれない力を持っていて、何もしないってのも寝覚めが悪いっちゅうか。
いや、あれ? 何だ?
あたしの思考は、何処に向かっている?
――ああ、面倒くせえ! やりゃあいいんでしょう、やりゃあ!
何をどう考えていたのか、自分でも分からなくなって。
気がつくと、充電は満タンになっていた。
これだけで、対ゴブリン戦の準備は万端だ。
このタイミングが合ってしまっただけでも、何だか誰かに「やれ」と言われているみたいな気になって。
ほとんど自棄の気分で、あたしは走り出していた。
――我ながら、何を考えているやら――いや、考えるのやめ!
村を出て、さっき来た道なき道をひた走る。
ほどなく街道に出て、すぐ向こうに暗い森が見えてくる。
正確な場所は分からないけど、さっきの三人衆がゴブリン集落を見つけてそこから一直線に逃げてきたんだとしたら、このまま真正面という可能性が高い。
足を止めず、木々の間に滑り込む。
真っ直ぐ、真っ直ぐ。
場合によっては広範囲を探し回らなくちゃならない可能性も考えたけど、行き当たった低い岩山の前に、それは見つけられた。
緑色の小柄な生き物が、胸糞悪いほど大量にゴロゴロ転がっている。ざっと見回して、確かに百匹は超えていそうだ。
その大多数が地面に横たわって就寝中、何体かがゆっくり歩き回って警戒中、ということのようだ。
その動いている一匹に向けて、突進する。
――…………。
その後の詳細は、思い出したくもない。
とにかくその集落の中を駆け巡り、起きているいないにかかわらず、全員の両足の腱を斬って回った。
数十分の奮闘の結果、そこには地面にのた打ちギャギャギャと叫ぶ百匹超だけが残ることになった。
首を斬って止め、はしない。
こんな獣相手でもさすがに殺しは気分よくないし、あの緑の血飛沫を浴びたくないからね。昼間は何とか回避したけど、この数、闇の中では、身を躱し通す自信も持てないんだよ。
だいたい何だって、あ奴らの血液は緑色してるのさ。どんな仕組みだ、血管にヘモグロビンが流れていないのか?
そもそも森の中で遭った熊や狼の魔獣なんかは、血が赤かったぞ!
――なんていう誰へとも知れない悪態は、ともかく。
もうあいつら、両足を斬られて何処かに逃げることも、ましてや人間の村を襲うことも、絶対にもうできない。
後の気分悪い処理は、あの村の人に任せよう。
ギャギャギャギャギャギャ、と甲高い大音量合唱だけが続く。それを聴いているだけで十分気分が悪いので、あたしはすたこら逃げ出すことにした。
また数十分かけて、村に戻った。
出発したときと変わらず、家並み外れの森に向いた辺りに何人も間隔を置いて見張りが立っている。顔を覚えていたわけじゃないけど、さっきと同じ人たちという気がする。
だとすると。
またさっきと同じ人家の裏に、身を潜ませる。さすがにかなり魔法を使ったので、再び充電に入る。
そうして、念じると。
またさっきの壮年男の夢の中に入った。
驚いたことに、前回と同じ調子でぶつぶつが続いていた。もしかして、夢の中では疲れも飽きも生じないということだろうか。
『情けねえ、情けねえ。祖父さんに顔向けできねえ。孫だけでも生き延びさせなきゃあ――ああ、早く夜が明けねえもんか――』
『ちょっと、失礼する』
『うるせえ、取り込み中だ。ああ、何とかなんねえもんか』
『いいからちょっと、話を聞け』
『話したきゃ勝手に話せ。夢ん中の戯言につき合う暇はねえ』
『夜が明けたら真っ先に、屈強な男たちで刃物を持ってゴブリンの集落に行ってみろ。あんたたちの心配が晴れるかもしれない』
『何? 言われなくても見にいく予定だが――心配が晴れる? どういうこった』
『見にいけば分かる。刃物を忘れるな。獣の首を斬れるくらいのな』
『どういうこった?』
『じゃあ、失礼する』
それ以上答えず、夢の外に出た。
あとはひたすら、充電に専念。
少しして、あちこちで人の潜めた声が行き交ってきた。どうも、見張り番の交代らしい。
さっきの焚き火の場所に近づいて、耳を傾ける。
十八人がまた揃ったところで、さっきの男が夢の話をしていた。
「夢の中のたわいない話っちゃあ、それだけのこったけどな。何か気になってよお。神のお告げっちゅうには厳めしさも何もなかったんだが、何ちゅうか、信じたくなるっちゅうか」
「そりゃあ村長、あんたが藁にもすがりたい思いで、勝手に夢ん中に作り出した話なんじゃねえのか」
「そうかもしんねえけどよお。まあ騙されたと思って、聞いてくれねえか」
「まあそりゃ最初から、夜明け頃に森の中を探りに行くってのは決めたことだしな。身を守るのに刃物ももちろん持つつもりだったから、話が変わるってほどのこっちゃねえ」
「おお、そうだな」
それじゃあ夜明け前頃にまた揃おう、と言い交わし、見張りを交代して残りは家に帰っていく。
新しい面子も、やはり間隔を空けて森方面を警戒する態勢を作った。
――厳めしさがなくて、悪かったねえ。
苦笑する思いで、あたしはまた充電場所に戻る。
とにかくも目的は果たしたことになり、一安心だ。
それにしても一つ幸運と言うか、なのは、あの壮年男、村長だったらしい。話が通じやすくて、助かった。
その後すぐ充電は終了したけれど、することもなくぼんやり夜空を見上げて過ごした。




