22 発見した
『それから……え、あれ?』
『え、何だ?』
そうしたことを話すうち、相手の声が遠のいてきた。周囲のぼやけも強まってきたような。要するに、いつもの会話終了時の徴候だ。
『限界のようだな。またできたら、連絡する』
『はい』
慌てて、最低限を告げておく。
そのまま、視界は元の森に戻っていた。
これも驚きというか、意外な成り行きだ。
これまでの夢会話は、放っておけば相手エトヴィンの睡眠が続く限り切れなかった。ところが今回は、会話を始めて一時間経つかどうかというところだ。
これも、長距離離れているための限界か。そう承知しておくしかないだろう。
――こんな奇跡的な状況で連絡がついて情報が得られたことに、感謝すべきなんだろうね。
やがて充電満タンを確かめ、0時を目処にあたしは進行を再開した。
やっぱり何処まで進んでも、周囲の景色に代わり映えはしない。それでも山地めいた多少の上下を踏破し、走行困難そうな凸凹岩地を迂回し、一日の旅程を終える。
また目立たない木陰で動きを止め、充電態勢に入る。
この夜はいろいろ試しても、夢会話が繋がることはなかった。
充電を終えて、また進行。
そうしたくり返しで三日が過ぎ、小高い丘のような場所に出た。
前方に、今までにない広い眺望が開ける。
――おお、絶景!
紛れもない、平地の風景だ。ところどころに林のようなものは散在するけれど、ほぼ一面緑の草原が地平線まで続いている。遙か遠くにやや色が変わっているのは、よく分からないけどもしかすると畑のようなものかもしれない。
とにもかくにも、平地だ。
つまり、森を抜けたんだ!
勇んで、あたしは丘から下りる場所を探す。
――ありがたやありがたや。
ほどなく、キャタピラ走行でも可能そうな下り坂を見つけた。
さっきの眺望正面ではないものの、円を描くみたいな径路で見下ろした草原に近づいていく。
草原に入り、草を踏みしめ進み。
数時間は過ぎたろうか。
いきなり、草地が途切れて土の露出した場所に出た。幅二メートルほどの土肌が、見渡す限り長く左右に続いている。
つまり、人の歩く道と考えてよさそうだ。
――よし、第一目標物発見!
としたら、進むべきは右側、北の方向だ。
ガラガラガラと、今までにあまりなかった直接の土地面を、キャタピラが踏みしめる。人にとってそれほどでなくてもこの身には広く感じる道幅で、左端を進行することにする。
前も後ろも、人影どころか獣の姿も見えない。かなり寂れた田舎の地域なんだろうか。
それでも、いつ人と出遭うか分かったもんじゃない。
ここもまた、ふつうの迷子とはとるべき行動が違ってくる。
ふつうならとにかく人に出会ったら、道を尋ねるなりするところだろうけど。あたしの場合、それが不可能だ。
話しかけることが不可能、というだけじゃなく、こんな人ならざる姿なんだから。見つかったら化け物と騒がれるか、興味半分お持ち帰りされるか、この世界の人間の反応が予想つかない。分からないというのは確かにせよ、どう転んでも好ましい状況になりそうはない。
――少なくとも昼間は逃げの一手、人影を見たら隠れること、だよね。
というわけで、道の左端運行を続けて、いつでもすぐに脇の草むらに潜り込めるようにしておくんだ。
ガラガラガラと、街道を進む。
あまり周囲の景色が変わらないという点では森の中と似たようなところもあるけど、この先の目算が立つということで雲泥の差だ。これが主要街道でまちがいなければ、エトヴィンの説明によると半月から二十日程度で王都に至ることになる。
道である以上おそらく人里に通じているだろうし、そうなったら何らかの情報を得ることもできる。
とにかく何処を彷徨っているかも分からない森中の逍遥とは、別れを告げることができたわけだ。
しかしそれでも。狭い島国の日本とは、やっぱりわけが違うみたいだ。人の速歩程度の速度で半日以上歩き続けても、まったく人間らしい姿と出会わない。森の中と違って鼠や兎とさえ遭わないので、何となく孤独感を噛みしめる道行きになった。
日が暮れて夜間歩行になっても山中より障害物の心配が少ないのは、ありがたい。
時刻が21時を過ぎたところで道を逸れ、近くの林に入って休憩することにした。調べながら移動したところ、やっぱり木の近くの方が充電に適しているみたいなんだ。
0時を機に、進行再開。やっぱり街道は歩きやすい、と実感する。
ようやく人の姿を見たのは、翌日の午過ぎになってからだった。ただ、姿を見かけたなどという平和な感覚じゃない。
「わああーー!」
「急げーー!」
「止まるなーー」
数十メートルほど右手前方に、いきなり絶叫めいた音声が上がった。何だと思う暇もなく、声とともに三人の男の姿が右から左へ街道を横切り全速で駆けていく。
――何だ何だ?
当然、右手の森の方に何か恐怖に駆られるみたいなものがあったのだろう。
そのまま前進して右手を見やる、と。
何とも奇天烈な、しかし何処かでビジュアルを見たことがあるみたいな、そんなものが駆け出してきていた。
おそらく、ふつうの人間の大人よりはかなり小柄。頭髪体毛はほとんどなく、全身緑の肌。腹がぽっこり出て、腰蓑を纏った二足歩行。手に太めの木の棒を握ったそんなのが、五体ほど。
ギャギャギャ、などと甲高い奇声を上げている。
――現実にお目にかかったことはないけど、マンガやイラストで嫌というほど見たような。
まさかまさかね、と思いながら『鑑定』してみると。
【ゴブリンと呼ばれる魔物。雑食で人肉を食らう。人間と一対一では脅威は少ないが、大きな集団になると人の集落を滅ぼす例もある。人間女性を攫い繁殖の苗床にする。人の持つ道具等に興味を示し、集める習性がある。】
――…………。
いや、ここに来てゴブリンの登場?
その種のゲームやラノベに必ず登場すると言っていい、あれ?
まあ確かに、鑑定結果はラノベ等のものと比較してほぼ差異がない。
しかし何だって、森を出た今になってこんな異世界定番の存在と出くわすんだ? 今まで遭った魔獣はこんなポピュラーな名称でなく、妙な漢字の組み合わせみたいに翻訳されていたものばかりだったのに。
――などと。のんびり考察している暇はないことに気がついた。
今の『鑑定』様のご教示は、いつになく詳細だったけど。おそらく最後の一文は、今のあたしに必要な情報だという理由からだったらしい。
かなりの速度で駆け、街道を横切ろうとしたゴブリン五人衆は、数メートル手前まで近づいていたあたしを見つけ、足を急停止したんだ。
――人の持つ道具――傍目、あたしはそう目に映るだろうなあ。
たった今まで人間三人を追っていたのは「人肉を食らう」という理由からだろう。一方あたしを見て足を止めたのは、「道具等に興味」の故か。
――いやふつうそういうとき、餌の方への興味が勝つもんじゃないかい。
などと文句を言っても仕方ない。
五人衆は顔を見合わせ、ギャギャギャと声を交わし、こちらへ歩み寄ってくる。
人間道具コレクションにあたしを加える決断をした、ということか。
こいつらに捕まっておそらく破壊とか傷つけられる心配はないだろうけど、蔵みたいなところに密閉されるなどしたら面倒でしかない。ここは、逃げる一手だろう。
急いであたしは、横手の草叢に駆け込んだ。
草をかき分け踏みしめ、奥へと逃げる。
後方から、ギャギャギャという金切り声が近づいてくる。




