20 前進した
ものすごい速度で、上昇。
あっという間に、眼下の森の木々が小さくなる。
再々度の降下は止め、暴風鷲はこの場を立ち去ることにしたようだ。両足にそこそこの獲物を握り、成果に満足したものか。
今度は水平に、真下の森の景色が猛スピードで後ろに流れていく。
しかし、獲物――。
――あたしは、鷲の獲物かい!
こんなの食っても旨くない、と思うぞ。
などと思っても、声をかけて文句垂れることもできず。
ただただ無抵抗に、あたしは運搬されていく。
――暴風鷲――。
前に、エトヴィンから説明は受けていた。
おそらく鳥の形をした動物として、この世で最大の魔獣。体長約三ガター(メートル)、両翼を広げると七ガター(メートル)を超えると言われる。
この中つ森の中心部にある岩地を主な棲み処とし、数十羽が確認されている。
肉食。主に強靱な足の爪で獲物を狩る。下手をすると大王熊とも互角近くに戦う。
今『鑑定』をしてみても、その事実にまちがいはないようだ。
がっしり爪に掴まれ、痛覚を所有しないのが幸い、としみじみ実感してしまう。
とは言え、このままなすがままでいるわけにもいかない。
この鷲が飛翔する方向は、どうやらほぼ南向きのようだ。あたしがとりあえず目途とする王都とは真逆と思われる。
何とか、事態を打開しなければ。
爪の隙間から、頭上を仰ぎ。
一心に飛翔する、鳥の頭部にわずかに片目が覗けた。
――南無三!
迷っている、暇はない。このままでは、刻々目標が遠ざかっていってしまう。
思い定め、あたしはレーザー砲を取り出した。
目に狙いをつけて、発射!
ギアアーーー!
ひと声吠えて、足の力が緩む。
それ以上何をするでもなく、この世の摂理。あたしの身体は自然落下に移っていた。
ひええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
事前に覚悟を決めての事態、だけどさあ。
前回のときとは事情が違う、とは言ってもさあ。
落下の恐怖がなくなる、わけじゃないのよ。
やっぱり頭の中に、絶叫を響鳴させてしまう。
上方は、青と白半々の空。
逆の下方は、見渡す限り広がる緑の木々。
その真上から見下ろす木々が、何とも小さい。
けれど当然ながら、見る見るうちに大きさを増してくる。
緑の木々が大きく。
大きく。
迫る。
近づく。
木々の間を抜け、その下。
地面が。
近づく。
近づく。
――ギャアーー。
ドシン。
ヌプ。
音声は、聞こえたやら聞こえないやら。
とにかくもあたしは、地面に到達していた。
どうも、軟らかめの土に、半ば陥没して。
――まあ五体無事に、心配はなかったけど。
生きている(?)
感じた限り、破損もないらしい。
ぐりぐりとキャタピラを動かし、地中から抜け出す。
周囲は、見渡す限り木と草ばかり、だった。
遠く、甲高い鳥だか虫だかの声。獣らしきものも混じっているか。
何にせよ、迷いようなく、疑問の余地なく。
紛うことなく、深い森の奥、そのものにしか思われない。
――さて、どうするか。
現在地は、おそらく人の足が踏み込まない森の奥地。
森を出るのにどちらを目指せばいいのかも、分からない。
地図はない。
方位磁石もない。
道を尋ねる相手もいない。
ついさっきまで曲がりなりにも、一方通行だったりしながらも、会話の相手がいたんだけど。現状、そんなものの求めようもない。
――本当に、完全無欠の、「おひとり様」になっちまったぜよ。
これまでもさまざま考えてきたように。何もなければ、あたしに必要なものはない。
特に生きているっていう実感もないんだし、このままじっとしていようがふらふら歩き回ろうが、飢えることも朽ちることもないみたいだ。
人に会える当てもない森の中だろうが、何不自由もない。
ずっと気ままにジャングルブックごっこをしていたって、誰からも文句のつけられようもない。
――颯人の件さえ、なかったらね。
ただ一つこの懸案のため、あたしはできるだけ早急にこの国の王都を目指す必要がある。
それなのに、現在地から王都を目指す径路が、まったく分からないんだ。
せいぜい見当をつければ。
ここはまだ、今までいたハインケス大森林、通称中ツ森の中のはずだ。エトヴィンたちと歩いていた範囲からは、かなり南下した位置と思われる。
聞いた知識で、この世界の東西南北、および日周の動きは、元の地球と同様とのこと。
なので、今の時刻およそ15時と太陽の方向から、だいたいの南の向きは分かる。
また、王都の位置は大森林から見て北西だという。
森林から西方向に出れば、そのまま北に向かう街道沿いに王都に至る。
東に出れば、大きく森林の北か南側を迂回しなければならない。
さっきまでいた位置は、エトヴィンの自領と薬草群生地の位置関係から、南北で見ると森林の中央よりやや北側、東西で見るとかなり東側になっていたはずだ。
今は、それよりかなり南に来ている。まったく正確には分からないけど、あの鷲魔獣の飛行速度からして軽く数十キロからへたをすると百キロ超、森林の中央より南側に来ているんじゃないか。東西については、完全に不明。
ということを考慮すると、王都を目指す上で最もまちがいなくかつ最速そうなのは、西向きに森を出る方向と思われる。
問題は、やっぱり――
――地図がないこと、なんだよなあ。
西へ向かって、どんな障害があるのかないのか、まったく分からないんだ。
まあこの身体、生身の人間にとっての障害はほとんど問題にならない。
毒草や毒虫の類いは、まず無視できる。
獣や魔獣に出遭っても、じっとしていれば相手にもされないだろう。少なくとも、餌認定される心配はない。
川は急流でなければ水中走行で横断できるだろうし、峡谷は断崖絶壁でないルートを探せば上り下りできる。
聞いた限りで、高山は森の北東方向にしかないらしいから、ある程度平地に近い箇所を辿れるはずだ。
問題は、このキャタピラで走行できない箇所に填まってしまうことか。
底なし沼とかアリジゴクの巣とか、そんなところに填まったらどうなるのか、検証はしていない。してみたいとも思わない。
とにかくそういう場所に近寄らないように気をつける、一手だろう。
――そういう見込みで、行くしかないか。
とにもかくにもあたしは、颯人かもしれない少年と会うと決めたんだ。
王都を目指すんだ。
何が待ち受けるかしれない、この森を半横断する。
そう心の中に再確認して、推定西の方向を見やる。
それこそ北東と思われる方向、木々越しの遥か遠くに山並みは見えるけれど。それ以外は森の緑以外何も見通せない。
それでも木立の間を抜けて、進むしかない。
ジメジメしていそうな草の地面を踏みしめて、あたしは前進を開始する。




