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2 水没した

――え? え――え?


 今度は、沈んでいく。

 明らかに、水の中へと。

 沈没はすぐ止まり。

 どうも水底に着いたらしい。

 一瞬濁った周囲の水が、少しずつ沈み澄んでくる。


――いやいやいやいや、そんな呑気のんきに観察思考している暇あるか。


 このままだと、溺死する。

 立ち上がり、泳いで、浮上しなければ。

 幸いこちとら、着衣水泳の経験あり、だ。


――実体験派フリーライターを舐めんなよ!


 誰にともなく威嚇を投げつけ。

 起き上がる。

 ――いや。

 起き上が――れない。


――え? え?


 身を起こせない。

 手足が動かない。

 動かし方が分からない――と言うより、手足の在処ありかさえ分からない。


――え? え? え? え?


 じたばたじたばた。

 しているうち。

 もっと重大なことに気がついた。


――苦しくない。


 呼吸できないはずなのに。

 水没してから、もう何分も経つはずなのに。

 苦しくない。

 と言うより、その前から呼吸していた記憶がない。


――え? え? え? え?


 (大事なことなので)もう一度、言おう。

 苦しくない。

 呼吸してない。

 つまり――


――なあんだ。そういうことか。


 得心の息を、あたしはついた。呼吸、してないけど。

 他に考えようもない。

 あたしは今、夢の中にいるんだ。

 水に沈んで数分、苦しくないなど、あり得るはずもない。

 考えてみれば、さっきから。

 水の中なのに、冷たくもない。濡れている感触もない。

 ついさっきにしても。

 何かに激突して、痛みさえなかった。

 何となく、相手の方が陥没した感じだけど、こちらは傷ついた気さえしない。

 何をとっても、あり得ない。

 つまり、これは現実ではないという可能性しかない。

 ただ一つ、それを否定するのは。


――見えるものだけ、異様に鮮明、現実的だ。


 肌に何も感じない。

 何も聞こえない――これはまあ、水中なら疑問ないかもしれないけど。

 匂いも、空腹の類いも、何も感じない。

 およそ、生き物として感じる最低条件を満たしていないとしか思えない。

 それなのに、目に見えるものだけは鮮明なんだ。

 水中なので、何もかもが揺らいでいるけど。

 さっき一度濁った周囲の水が、静かに汚れが沈んで透明感を増してきている。

 水は、綺麗なあお色だ。

 少し離れて、小さな魚が泳いでいる。

 下は、砂混じりの泥状だ。

 その他何もかも、テレビで観た水中カメラの映像と変わらない。

 つまり視界だけは、現在進行形で現実のものを捉えていると思って矛盾なさそうだ。

 とは言えこれだって、夢の中で勝手に現実的だと認識しているだけという可能性もあり得る。

 五感のうち視覚だけ鮮明、残り四つは存在を実感できない。となれば多数決、いくら鮮明であれこの見えているものも夢の中の想像、と思うべきだろう。


――この見えているものに、決定的に現実を信じられる決め手があれば別だけど。


 だいたい、身体が動かせないんだ。視界だって、限られる。

 きょろきょろ、周囲を見回せるだけ。

 ぐるりぐるり、三百六十度。


――え?


 視界って、三百六十度回転できたっけ。

 それもこれ、一回りしても戻ることなく、回り続けるぞ。


――あり得ない。


 と言うことは、この視界も非現実、夢の中という証明か。

 見渡す。

 上下も、自由に見上げ見下ろすことができる。

 本来なら首を仰け反らせひっくり返りそうな方向まで、自由に。

 何か、奇妙な感覚だ。


――もっと上の方まで見られないか。


 思っていると。

 さらに奇妙なことが起こった。

 するすると、視界が上がっていく。

 するするするする。

 水中から水面に近づき。

 ぽちゃり。

 水の上に、突き出した。

 外が、見えた。


――ええええーーー、何これ?


 身体が動かないのに、まるで目だけ浮上していった、ような。

 その異様な感覚に、驚きを抑えられない。

 そこで見えたものは、予想の範囲内だった。

 明らかに、あまり大きくない池か沼かといったものの水面だ。

 綺麗な水に、小さな細波が揺らぐばかり。

 池の周囲は、全方向木々が続く。

 一方向は、岸がすぐ近い。さっき転がってきてすぐ沈んだのだから、当然だ。

 つまり、見えるもの何もかも、さっき落下してきた森の中の風景として、矛盾ない。見えているものだけ異様に現実的、という実感が続いている。


――それにしても、何だこれ。あたしの目、どうなっている?


 自分の身体からかなり離れ。

 やっぱり、三百六十度自由に見回せる。

 上下も楽に見渡せる。

 ほら、くいくい――


――え?


 目を下に向けて。

 背筋が冷たくなった。


――何これ?


 真下には、動いていないのだから当然、自分の身体があるはず。

 土左衛門よろしく、水底に横たわって。

 それが――ない。

 細波の下に見えたのは焦茶色、ほぼ長方形の物体だけだった。

 周囲に他に何もない。

 さっきからの経緯で、この長方形があたしの身体だと断定するしかない。


――嘘でしょ。――いや、夢の中だから、何でもありか。


 しかしそれにしても、さっきから変わらない。

 他に感じるものは何もないのに、見えているものだけは何とも鮮明だ。

 焦茶色の長方形にしても、何処か見覚えがある。

 少し考えて。

 思い出した。


――これ、颯人が抱えていた、装甲車模型じゃん。


 大きさ、縦約40センチ、横20センチ余り、だったか。そのままと思って、不思議ない。

 真上からだと長方形、スライドして開くという円形窓が今は閉じているようながらその中央から細い柱のようなものが伸びている。

 それがこの、目の下に続いているような。

 つまり――


――潜望鏡?


 今あたしが周囲を見ているこの目、潜望鏡なのか?

 それならまあ、三百六十度回転も、するする上昇も、納得できるけど。

 そうすると――何だ。


――あたし、丸ごと装甲車模型になっちゃってる? 颯人言うところの、『超合金』ってやつに。


 突拍子ない。

 さすがは夢の中、と感心するしかない。



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