表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チョーゴーキン――車両模型に転生したアラサー女子、異世界の街道をひた走る  作者: eggy


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/53

18 採取した

 その後も直接遭遇するのは兎か鼠程度で、午過ぎまで大きな戦闘をすることなく森の中を進んだ。

 林を抜けて小さな草地に入るところで『鑑定』の報せがあり、あたしはエトヴィンの前にハンドを伸ばした。


「え、何ですか?」


 足を止める男の前から、左手に向けて指し示す。

 高い木々の根本付近に『鑑定』が光り、字幕を見せるものがあるんだ。

 覗き込んで、エトヴィンは「おお」と歓声を上げた。


「白夢草だ!」

「え!」

「本当ですか?」


 主に続いて、護衛たちもそちらへ駆け寄っていく。

 しゃがみ込んで、エトヴィンは低い草の葉を手に取っていた。


「まちがいない。予定の群生地にはまだ達していないが、これだけ採取できれば用途に十分だ」

「予定より早く持ち帰られることになりますね」

「まったくだ」

「ハル殿、報せてくれてありがとう。お前たち前回と同様、採取してくれ。必要な薬のためには葉が四~五枚あれば足りるが、三人で二十枚ずつ持つことにする。十枚ずつ、懐と背負い袋に分けて入れよう」

「はい」

「分かりました」


 それぞれ小刀こがたなを取り出して、ハート型の葉を茎から切り離している。

 集めた葉を油紙のようなもので包み、丁寧に荷物に収める。前回までの失敗に鑑みて水濡れ対策に努めるのと、三人分担して運ぶことで紛失や盗難被害を抑える意図なのだろう。

 さっき『鑑定』が【白夢草。体内の魔素を安定させる効果のある薬草】と報せてきたのだから、本物でまちがいないはずだ。

 そう思いながら、あたしは何となく傍に近づいて眺めていたんだけど。

 いきなり、


“収納”


 と、頭の中に響く声があった。


――え?


 耳を澄ますけれど、それきり何も聞こえない。


――いや、『収納』って?


 あたしはそんな能力を持っていない。もし無自覚に持っていたのだとしても、使い方が分からない。

 そもそも何だ、今の声は?

 何の意味だ?

 傍の三人は何事もなく作業を続けているのだから、今の声を聞いたのはあたしだけらしいんだけど。


――収納――。


 今のあたしにできそうなそれに近いことで、思い当たるのは一つだけだ。

 上面のスライド窓を開くと、中にレーザー砲と潜望鏡とマジックハンドが収納されている。覗いてよく見ることはできないけど、それらの周りにわずかばかりにも隙間はあるはずだ。


――この葉っぱの十枚くらいなら、入るか。


 薬草は三人が採取した後にも十分残っているので、興味半分試してみることにする。

 風の刃で葉を切り取り、マジックハンドで摘まんで中に入れる。予想通り、十枚は入れることができる。

 この薬草は水に弱いんだそうだけど、水中活動もできるこの車体は防水に優れているはずだ。

 まあそんなこんなを合わせて、このささやかな収納運搬機能の是非を確かめるということで、無駄ではないだろう。

 そういうことで自己満足に浸っていると、三人は作業を終えて腰を伸ばしていた。


「それでは、急いで戻ろう。これを、一日でも早く王都に届けたい」

「はい」

「帰り道も、くれぐれも気をつけて、ですね」

「当然だ。ハル殿も、ここから引き返すでいいですか?」

 頷きを、返す。

「よし、出発だ」


 それでもやっぱり気が逸るようで足どりは速められ、その夜は昨夜と同じ場所まで戻って休むことになった。

 夢の中でエトヴィンからいろいろ知識を得。

 見張り時間にエトヴィンの風魔法練習につき合い――かなり、草の葉を斬る精度は高められてきた――。

 夜明け前に起き出して、帰行を再開する。

 本当に気が逸るらしく、今まで以上に会話も少ないまま、山行は続いた。

 そのまま午近く、前々日に狼魔獣と遭遇した草叢に差しかかる。

 まだそのまま、七頭の死骸が転がっていた。


「今までにも増して、周囲に警戒して進もう」

「は」

「はい」


 正面や左右の林を見回し、足速に草叢を進む。

 と、カルステンが声を上げた。


「正面、何かいる!」

「む」


 足を止め、行く手を窺うことになった。

 バリ、バリ、と木が折れるような音が聞こえてくる。


「何か大きい――まずい、大王熊だいおうぐまだ!」

「何だと!」

「逃げろ! 右手だ!」


 エトヴィンの指示に、一斉に右の林目がけて駆け出す。

 しかしその間に正面から焦茶色の巨体が躍り出し、即座にこちらをロックオンしたようだ。


 グワアアアーー。


 ひと声咆哮し、四つん這いでこちら目がけて駆け出す。

 速い。

 大きさ速度ともに、軽トラックを連想させそうなほどだ。

 これが、林の中でも木々をなぎ倒して緩まないのだという。

 図体が大きく、肉食で凶暴。その鋭い爪も牙も、食らったら生身の人間はまず助からない。

 表皮が硬く、剣も槍もほとんど通じない。

 森などで向こうに見つかったら、人間はほぼ死を覚悟するしかないと言われている。

 という相手なのだから、三人の男は必死で足を速める。

 他に、打つ手はない。

 あたしは前進を止め、後ろを振り向いた。


「ハル殿?」


 走りながらエトヴィンが振り向くけれど。

 構わず先に行け、とあたしはハンドを振った。


――別に、ヒーローを気どる柄じゃない、んだけどね。


 今の場合、颯人かもしれない少年の命が懸かっているんだ。

 颯人を救うためなら、何でもやってやる!

 幸いというか、命を懸けて、という必要もないんだから。おそらく、この巨大魔獣の牙でも爪でも、何なら踏み潰されても、あたしは壊れない。

 あの三人が逃げる時間だけでも作ってやろう。


 グワアアアーー。


 そのまま正面から近づくと、こんな見たこともないだろう地を這う小さな運動物に、怪訝そうに大熊は二本足で立ち上がった。

 両前足を振り上げて、威嚇の格好だ。

 その持ち上がった顔、両目目がけて、いきなり水鉄砲をお見舞いする。


 グワアアアーー。


 首を振って、熊は咆哮した。

 さすがに狼に比べて、身体のバランスを失うほどじゃない。けれど、まちがいなく効いている。

 二発、三発、続けて射撃すると、前足で目の前を覆って吠え続ける。

 次には、その大きく開いた口目がけて水鉄砲を連射した。

 一発で拳二つ分程度の水では、あの大口にたいした打撃はないだろうけど。

 連射、連射、で十発ほども続けると、口脇から水が溢れ出し。ガハガハ、と巨体を屈めてせ始めていた。

 すかさず、あたしは前進。地団駄を踏む後ろ足に駆け寄り、風の刃を放つ。

 右足首付近に、切れ目は入れられたか。しかし、血が流れる気配もない。

 表皮が硬い予想の相手に、効果が小さいのは先刻承知。それでも少しでも切れ目が入るなら、これをくり返すのみ!

 斬る!

 斬る!

 斬る!


 グワアアアーー。


 次の瞬間、狙う足が持ち上がり。

 あたしの全身に衝撃が走った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ