17 教示した
見張りを交代して、エトヴィンは睡眠に戻る。
その夢の中にお邪魔して、会話を再開することにする。何度かこれをくり返して、やはり睡眠に障害を与えていないことが確かめられたからね。相手を疲れさせることもないようで、安心してつき合ってもらうことにする。
相手の方も迷惑そうとかまったくなく、それどころか顔を合わせるなり立ちどころに食いついてきた。
『待ってました、ハル殿。教えてくださいさっきの風魔法、何かコツでもあるんでしょうか?』
『コツというか――とにかくあんたも言っているように、力を入れて飛ばそうとしても無駄だと思う』
『そこははい、分かります』
『力じゃなくてイメージ、この場合風をどんな形にするかだろう』
『形、ですか』
『ものを斬るんだから、刃物の形が望ましい。剣とか――しかしあんたたちの使っている剣は、イマイチかなあ』
『武器にしている剣は、斬ると言うより撲る方が主体ですからねえ。さっきの草の葉相手に振るっても、斬ると言うより払い飛ばす感覚になりそうです』
『もっと切れ味のいいもの――カミソリなんていうものはないのかな』
『カミソリ――どんなものですか』
『主に髭を剃るのに使う薄い刃物、かな』
『髭剃り、ですか。小さな刃物ですね』
『そんな感じで、大きさより薄さをイメージして、切れ味を高める練習をすることだと思う』
『なるほど』
何度も頷き、諦めず練習を続ける、と言っている。
その後は話題を変えて、こちらの知識増量に力を貸してもらう。
聞いておきたいことはいくらでもありそうだけど、とにかく喫緊必要のある点に絞ると。まず最優先はこの森を安全に抜けて、薬草採取を果たすことだ。
『この森について詳しいことを聞いていなかったが。かなり広いところらしいね』
『ええ。ハインケス大森林、通称中ツ森と呼ばれる、この大陸でも有数の森林地帯です。正確な面積や形なども分かっていないほどで。南北、東西、ともに五百ケター(キロメートル)を超えていて、中にいくつもの山岳地帯や湖などを含んでいることになっています』
『ふつうに気楽に入る場所ではないんだろうな』
『そうですね。現在目指している白夢草群生地辺りまででも東の我が伯爵領から百ケター(キロメートル)程度ですが、決死の山行という捉え方になります。もっと深部には人が足を踏み入れたことのない一帯が広がるという感じで』
『それは、地形の険しさのためだろうか。あるいは危険な獣などが多いせい?』
『両方ですね。今いるこの付近では黒毛狼が最も警戒する相手ですが、もっと進むと大王熊のような大型の魔獣が多くなります。さらに高所の岩場などに暴風鷲といったような大型の肉食鳥類が巣くっているはずです』
『これも詳しく聞いていないが、魔獣というのはふつうの獣より凶暴な存在、という解釈でいいんだろうか』
『そうですね。これも正確に解明されていないのですが、体内にかなりの魔素を溜め込んで凶暴かつ強力になっていると言われます』
『魔素を溜め込むということは、魔獣も魔法を使うということか』
『意図して魔法を使いこなすという発見の報告はありません。ただ真偽は不確かなのですが、無意識のように火を纏う大熊の話が伝わっています』
『確かなことは分からないわけか』
『そういうことです』
当面は狼魔獣に警戒する、最悪は大王熊との遭遇だがこれは徹底して事前に発見の上避けて通ることを考えるしかない、ということだ。
黒毛狼については昨日の経験で、状況次第だが十頭程度までは水鉄砲と護衛たちの剣で対処できそうだ。
しかし大王熊に同じ対処ができるかは、甚だ疑問だ。水鉄砲でも、突進を止めることはできないかもしれない。
『まあしかしとにかく大王熊は図体が大きいので、森の中でもかなり遠くから目視することはできるはずなのです』
『そうなんだ』
『一昨日の場合接近を許してしまったのは、まだ大王熊が出没するには早い浅い場所だったので油断していたのと、やや広い草地で出逢ってすぐ相手にも視認されてしまったのが原因と思われます。この先はくれぐれも油断せずに進もうと打ち合わせています』
『なるほど』
他に警戒が必要なものとして、森の深部には猿型の魔獣が棲みついていることがある。
数頭程度ならそれほど脅威ではないが、その集落に近づくと数十、下手をすると数百頭レベルで襲ってくる危険がある。こうなるとすばしこい上に協力してかかってくるので、到底勝ち目はなくなりそうだ、という。
対策としては、群れや集落の場所を早めに見つけることくらいしかないらしい。
その他に湿地に近づくと、大蜥蜴のような魔獣が出没することがある。こちらは表皮が硬く、剣では対処しにくい。
どれも魔獣というのは肉食で人肉を好む。遭遇したとしたら、決死の覚悟で臨むしかない。
『どれもとにかく、遠くから早めに見つける程度しか対処法はありません。今の我々は護衛も半減して、この森に挑むには心許ない現状なのは否定できないのです』
『そうなのか』
夜明け前に起こされて、エトヴィンはすぐにまた風魔法の練習を始めた。護衛たちにも説明しながら、何とか草の葉を破りとる程度の効果を上げられるほどになったようだ。
損傷を与えることはできるものの、切れ味が足りないというところらしい。やっぱりあたしとの差は、カミソリのような薄くてよく切れる刃物のイメージを持てるか、という点だと思われる。
それでも練習を続ければ向上しそうだ、という手応えを掴んだみたいだ。とにかくも今は、魔力不足にして山行を続けるわけにもいかないので、練習もほどほどにして朝食をとる。
見張り番のカルステンが焼いておいた兎魔獣の肉を食べ、残りは携帯して旅程に戻る。
「ますます魔獣の棲息が増えるはずですので、十分注意して進みましょう」
「そうだな」
道の態を辛うじてなしているかという程度の山道を進みながら、カルステンの提言にエトヴィンが頷き返した。
この一行の中ではカルステンが最も目と耳がよく、周囲への警戒役を務めているという。
あたしも潜望鏡を目一杯伸ばし、定期的に三百六十度見回しながら前進を続ける。高さ一・五メートル程度だけれど、とりあえず草の上から木々の間などを見通すことができる。
見回すとときどき、木陰に動物の影が目に入る。意識して『鑑定』を続けていると、【山兎】【茶狐】などといった表示が視界に浮かぶ。
これを一歩進めて『動物や魔獣が見えたら報せてもらえないか』と念じたら、木の陰を通り過ぎるものが光って見えるようになった。なかなかに便利な機能だ。
ついでなので、薬草の発見もその報せ要請に加えておく。
そうしてしばらく、午近くまで行軍を続けて。
あたしの視界に光るもの、さらに字幕が現れた。
急ぎマジックハンドを伸ばし、カルステンの目の前に振る。続けて右手の木陰を指さすと、護衛は目を凝らした。
「みんな、身を屈めて。猿の魔獣だ」
「複数いるのか?」
「見えたのは、二匹です。しかし奥にはもっといるかもしれません」
慌てて指示に従いながらエトヴィンが問い返し、カルステンが答える。
半ば草に隠れるように身を低めて離れた木陰を窺っていると、魔獣はこちらに気づかずに遠ざかっていくようだ。
「もうしばらく、このまま前進しましょう」
「そうだな」
三人の男は、腰を屈めたまま前に進む。
やがてまったく魔獣の気配がなくなり、警戒しながら身を伸ばすことになった。
「猿魔獣に仲間を呼ばれては、たいへんなことになるからな」
「まったくです」
エトヴィンの言葉に、ヘルビヒも頷いている。
それにしても、とカルステンはあたしを見下ろした。
「ハル殿が逸早く気がついてくれましたが、その潜望鏡ですか、遠くもよく見えるのですね」
まあね、とマジックハンドで頷く。
「頼もしいです」
カルステンの真顔の発言に、他の二人も頷いている。
とにかくこの先も気を緩めずに警戒して進もう、と申し合わせ、前進を再開した。




