13 紹介された
どうもその颯人かもしれない少年、なかなかに危うい立場に置かれているということらしい。
はっきりは言わないけど王族か高位貴族の身内か、もしかするとその辺の跡継ぎ問題なども絡むのかもしれない。
『それと、実を言いますと最初は護衛が四名いたのです』
『最初は?』
『もう一つ実を言いますと、このために王都を出てきて約ひと月になりますが、この間で白夢草採取を試みるのは三度目なのです。先の二度は幸いに森の浅い場所で見つけることができて採取したのですが、一度目はそれを持ち帰ろうと森を出たところで予想外の大雨に襲われて、薬草が台無しになりました』
『大雨――水に弱い薬草なのか』
『採取してから必要以上に水に濡れると、薬効が失われてしまいます。それで森に戻り再度同じ場所で見つけたのですが、また帰る途中、黒毛狼という人食い魔獣の群れに襲われまして。何とか護衛たちの働きで逃げ延びはしたものの、荷物はズタズタにされ薬草は使い物にならず、二名が傷を負って戦えなくなったので町に戻すしかなくなりました。そうして、もう時間の猶予もなく残った二名とともに三たび森へ入ってきたのです。もう浅い場所に薬草は残っておらず奥地にあるはずの群棲地を目指したのですが、昨日は思いがけず大王熊に遭遇し、死を覚悟する次第となりました。本当にハル殿がいなければ、ここで一巻の終わりでした』
話題が戻って、また感謝の言葉をくり返す。
とにかく大王熊は凶暴な魔獣で、この森で最強の存在と言われる。木々の中でも素速く動き人間の足では逃げ切れない、これに遭ったらもう観念する以外ないのだという。
『重ね重ね、たいへんな苦労をしているわけだ』
『運が悪いということでしょうか。先ほども言いましたように人的妨害が入ることも警戒していたのですが、大雨や魔獣までは予想できません』
『その妨害者が意図的に起こせることでもないか』
『そうですねえ』
この事態に至って、とにかく先を急ぐ必要があるのだという。
王都からこの森まで、徒歩で半月以上かかる。近距離以外では動物に乗るなどしてそれより速く移動する方法がほぼない。
奥にあると言われる群棲地の場所も正確に把握されているわけでなく、今度の採取に時間がかかると治療が間に合わなくなる恐れがある。
しかしだからと言って、魔獣が跋扈するこの森で無理な進行は禁物だ。
『とにかく時間が貴重なわけだな。興味半分で私も同行すると言ったが、それで進行が遅れるのは本意ではない。足手まといになるようなら置いていってくれ。幸いこの身体で、餓死したり魔獣に食われたりの心配はなさそうだ』
『はあ、申し訳ありませんが確かに、目的遂行を第一にさせてもらいます。しかし恩に報いるというだけでなく、何とかあなたを王都に連れていかせてもらいたいものです』
『そうしてもらえると助かりそうだが』
『とにかくもそういうことでしたら明朝、あなたのことを護衛たちに打ち明けてもいいでしょうか。他言は絶対無用ということで』
『そうだな。この森の中の活動では、その必要があるだろうな』
『では、そういうことで』
なお確認したところ、やはりこの夢の中での会話でエトヴィンの睡眠が妨げられることはないようだ。さっきの見張り番前の数時間でも、睡眠不足は感じられないという。
またやはりこの不思議現象は、あたしの方の何らかの能力みたいなものと考えてよさそうだ。エトヴィンがさっき寝ついて夢の中であたしを呼んでも、応えはなかったという。逆にさっき、あたしが元の場所に戻って念じると、間もなくこうして繋がったことになる。
この現象にエトヴィンも興味津々だけど、何しろ自身は睡眠中でいろいろ実験などをするような行動はとれない。こんなもの、とお互い納得しておく以外なさそうだ。
エトヴィンの睡眠が続く限りこうしていてよさそうなので、他にもいろいろこの世界の知識を教えてもらった。
どうしても興味惹かれ、なかなか実感できない筆頭は魔法という存在なんだけど。
『私のいた世界には魔法というものがなかったんだが、いろいろ物語のようなものに空想の魔法なら登場した。その中に〈鑑定〉とか〈収納〉とかいう魔法があったんだが、こちらにそういうものはないんだろうか』
『それは、どういうものでしょうか』
『〈鑑定〉というのは、対象物を見るとその名称や性質などを知ることができる。〈収納〉は例えば小さな鞄やあるいは何もないところに、いろいろなものを大容量で出し入れすることができる、という感じか』
『ああ。ふつうの人間が持つ魔法とは別ですが、その話に近い〈マジックグラス〉というのと〈マジックバッグ〉と呼ばれる魔道具が、ダンジョンで見つかったと聞いたことがあります。非常に希少なものですが』
『あるのか? ――いやそれに、ダンジョン?』
『確かにその〈マジックグラス〉や〈マジックバッグ〉があれば、今回のような採取目的には非常に助かるでしょうが。我が国の王室でも所有していない貴重品ですね』
ダンジョンというのは、この大陸の中に数箇所ある不思議な場所だという。
たいていは森の中などにぽっかり口を開けていて、中は階層に分かれている。何処から湧いてきたか分からない魔物が大量に動き回り、それを狩ると死体が消えてドロップ品と呼ばれるものを残す。ほとんどは肉や素材だが、稀に珍しい魔道具ということもある。
魔物は無限に新しく現れる。また五階層ごとに『ボス部屋』と呼ばれる場所があり――。
――おいおいおい、なんやそれ? あまりにファンダジー過ぎるっちゅうか。ここはゲームの世界かい?
そこまで聞いて、あたしは首を振った。
『いやちょっと、私の常識とかけ離れすぎて理解に余る。少なくとも今回のこの森での採取作業に関係しないのだろう?』
『そうですね。この森にダンジョンはないはずです』
『ではこの知識については、目的達成以降に置いておこう』
『そうですね』
改めて訊いてみると『マジックグラス』というのは短い筒の形状で、それを通して対象物を見ると、動植物なら種類名、採取法、素材の用途、食用の可否、加工品ならその材料などを知ることができる。
どうも聞く限り、あたしが見ることができるものより高性能らしい。しかしそれが国宝レベルに希少な品であることからすると、あたしの能力を明かすのは考えものという気がする。
そんなことを話しているうち、夜が明けてきたらしい。見張り番をしていた橙騎士がエトヴィンを起こしに来たようだ。
また周囲がぼやけ、あたしの意識は元の模型の中に戻る。
「ちょっと二人、食事をしながら聞いてくれ」
ひとしきり洗顔などに動き、三人で焚き火を囲んで干し肉を囓り始めながらエトヴィンが話し出した。
騎士二人は、黙って頷く。
「俄に信じられないだろうが、私は昨夜眠りながら、その昨日の拾い物である不思議な箱型物体と会話したのだ」
「「はあ?」」
二人は、ぽかんと口を開ける。
まあ、当然の反応だ。
「もちろん夢の中だけのこととしか思えないわけだが、昨夜の見張り時間に確認した。その物体、ハル殿というのだが、意思を持って動くことができる。また、こちらの話を聞くことができる」
「それは、何とも……」
「信じがたいと言いますか……」
「ハル殿、来てもらえますか」
呼びかけられて、あたしは前進した。昨夜のエトヴィンの枕元から焚き火まで、二メートルほど。
「お、本当に!」
「動いた!」
「ハル殿、こちら二人が私の護衛、緑の髪がヘルビヒ、橙の髪がカルステンと申します」
紹介され、よろしく、とあたしはマジックハンドで頷く。
二人は全身硬直し、これ以上ないほど目を見開いている。
「どうも会話のやりとりはこちらが眠っている間しかできないようなのだが、ふだんもこうして一方的な会話はできる。ハル殿もこうして、肯定否定の動作を返すことはできる」
「は、なるほど」
「了解、しました」




