12 驚愕した
『まず知っておいてもらいたいんだが。私のこの身体、というか頭というかなんだが、魔素なのか何なのか動く素らしきものがどれだけ残っているのか知る機能がある。それから何処まで正確なのか調べることはできていないが、時間を計ることもできるようだ』
『そうなのですか』
『何しろ昨日の昼過ぎにこの身体を使うようになったばかりなんだから、この素がどの程度減っていくものか、知っておく必要がある。そういうことでさっき、河原をしばらく走り回ってみた。その結果、素が5パーセント減るのに約一アーダ(時間)近くかかるということが分かった』
『ああそうすると、100パーセントから0になるまで20アーダ(時間)程度ということになるわけですか』
『そうだな』
パーセントという考え方が通じるのか危ぶんだのだけど、同様の単位とかがあるらしくすぐに反応された。
さすがは科学者と言うか、この辺の考え方や計算は速いようだ。
『それからもう一つ、動きは止めて水魔法を連続で使い続けてみた。これだと、5パーセント減るのに約30ミーダ(分)かかる』
『え、30ミーダ(分)連続? それで5パーセント消費ということは、まだ連続使用できるということですか』
『そう』
『ふつう、30ミーダ(分)も魔法を使い続けようとすれば、その前に魔力切れになりますよ』
魔法の連続使用は二~三十回と聞いたので、そういうことになると思った。
『つまりハル殿のその身体は、魔素の蓄積量がふつうの人間と比べて膨大に多いということでしょうか』
『そういうことになりそうだ』
『走っているときと停まっているときの消費量の差は分かりませんが、走りながら魔法を使い続けても一アーダ(時間)で約15パーセントの消費、と。つまり六アーダ(時間)以上は連続でそれを続けられる』
『そうだね。まあずっと魔法を使い続けの状況などそうそうないだろうから、たまに使いながら移動を続けたとしても十五アーダ(時間)かそこらは可能ということになりそうだ』
『我々と一緒に来たとして、一日の移動時間は十二アーダ(時間)あるなしです。魔素の補充は森の中ならほとんど不自由しません。同行してもらうのに支障はなさそうですね』
『駆け足をされると分からないが、森の中を慎重に進む速さならついていくことができそうだ。あとはこの車輪で走行できない場所があるかどうか』
『そういう場合は、我々が持ち上げて運びますよ』
『助かる』
『いえいえ』
先ほどまでにも増して、エトヴィンはにこにこと応じてくる。
本気で、私の同行を喜んでいるようだ。つまりは魔法研究者として、興味尽きない観察対象に認定されたということだろう。
『目的の薬草生息地まで、三日程度と言ったか』
『ええ、かなり確度のある場所までは、ですね。もしかするとそれ以前に少数でも見つかるかもしれません。だとしたらかなり助かるのですが、何分にも群棲していない場所では他の雑草に紛れて見つけにくいものなのです』
『少数の採取でも目的に適うのか』
『ええ、葉が四~五枚もあれば、それとふつうにある魔素回復薬とで一人分の飲み薬を作ることができます。その一服で黒夢病は完治することが知られているのです』
『ふうん、黒夢病というのか。奇病と言ったね?』
『ええ、原因や発症経過など詳しいことは分かっていませんが、治療に有効な薬は知られているのです。かの子息の場合、あと一~二ヶ月の間に悪化して発作を起こしたら死に至ると予想されます。その前に治療薬を飲ませる必要があります』
『突然発作を起こして死に至ると』
『他に例を見ない特殊な病なのです。比較的強力な魔法を使う人間が発症することが多く、最終的に体内に蓄積した魔素が異常に膨れ上がり、爆発的な魔法を発現して自らと周囲を破壊することになります』
『何とも。その子息も、魔法は強いわけか』
『潜在能力だけなら、現在の王族貴族の中で最強と思われます。しかもふつうの学習能力も高く、私にとって教え子としても研究対象としてもこの上ない存在ですね』
『頭がいいというわけだ』
『ええ、幼時から身体はあまり強くないのですが、魔法の能力と頭のよさは飛び抜けていますね。まだ12歳にならないところなのに、算法の能力ならそこらの文官たちを凌駕しています。歴史や地理などの知識も、教えたり本を読ませたりしたら即、海綿が水を吸うように覚え込むほどです』
『なるほど。いわゆる神童というものか』
『そう称して問題ないでしょうね。まあいささか変わったところもあって、ときどき不思議なことを言い出したりするのですが』
『不思議なこと?』
『何でも、不可解な夢を見ることがあるというのですがね。いつぞやもしばらくぼんやりしていたかと思うと突然、〈チョーゴーキン!〉などと叫び出したり』
『え?』
――おい今、何て言った?!
今のエトヴィンの発言。
夢の中で実際に音声になっていないわけなのでややこしいけど、これまでの一連の会話はまるで音として聞こえるように現地語が伝わってきて、あたしの頭で日本語に翻訳されていくという感覚だった。
それが、今の『チョーゴーキン』という単語は、そのままそう聞こえる音声として発せられていたんだ。
『何とも意味不明なんですがね。本人も何のことか、分かっているやらどうやら不明で』
『そうなのか』
つまりそういう発音の言葉はこちらの世界になく、エトヴィンも意味を解しかねるということらしい。
ということは。
――『チョーゴーキン』って、日本語の『超合金』をそのまま発声したんじゃね?
つまりその教え子の少年、日本からの転生者、あるいはそういう記憶を持つ者、なのではないか。
いやもっと言ってしまえばその少年、甥の颯人が転生した存在なんじゃないか。
あたしがこんな、妙な格好に転生(?)してしまったのが現実だとしたら。同じ事故に遭ったはずの颯人が、同様に転生していても不思議ない。事故の瞬間膝に抱いていた模型の存在が記憶に蘇ることも、あり得るんじゃないか。
まあ無関係の日本人の転生という可能性も、まったくこちらと関係ない発声ということも、否定できないわけだけど。
それでも、颯人だという可能性が少しでもあるなら。
――あたしは、その少年と会わなければならない。
さっきまで――ここが現実の異世界だとして――ここで生きる(?)目的など何も持てない、と思っていた。
しかし、この世界に颯人がいる、しかもあの子が困難に陥っている、となれば話は別だ。
あたしはその難を取り除いてやらなければならない。もしかするとそれが、あたしのこの奇妙な転生の意味なのかもしれない。
その辺りをこのエトヴィンに打ち明けて相談するか、少し迷ったけれどあたしは口をつぐむことにした。
その少年が颯人である確証はないし。もしそうだとしても身近な人間にそれを知られる利益不利益が、現時点で判断できない。
しかしともかく、あたしに目標ができた。
――この科学者に同行して、その少年に会わせてもらう。
それに先んじて、その薬草を採取するミッションに、最大限協力する。
そう思い定めると、今まで他人事のように聞いていたこの三人の山行の詳細が気になってきた。
『それでその少年を救うため、この森に薬草を探しにきたと言うが、貴族の子息だというあんたが直々《じきじき》に来なくちゃいけないのか』
『さっきも言ったように、雑草に紛れると見分けがつきにくいのです。私は魔法の研究の関係でこの薬草も何度か見たことがある』
『それにしても護衛が二人というのは、少ないんじゃないのか。実家の領に接しているというなら、もっと大勢の兵を引き連れてというわけにいかないのか』
『ここはいろいろ事情があるのです。その患者たる子息に絡んで、様々な思惑があるので。私が大っぴらな動きをすると、邪魔が入る恐れがあるのです』
『よく分からないが、そういう事情か』




