11 試行した
再び焚き火の方を見やり、ううむ、とエトヴィンは腕組みで唸った。
「それを考えると、あなたに通常の魔法が使えても不思議はないと思うのですが。どうですか、試してみませんか」
ハンドを傾け、疑問を返す。どうやってやるの?
「我々ですと、身体の中央部に溜めた魔素を感じ、指先に集める感覚で水などを生み出します。魔素らしきものを感じることはできますか?」
さっき水辺で充電を行いながら、何かが身内に漂い満ちてくるような感覚を覚えてはいた。あれを体内に探し当てればいいのだろうか。
少しの間いろいろ探り、何かそれらしきものの手応えを覚えた。それを、ハンドの先に移動しろと念じる。
それもそれなりに成功すると、火をイメージして集結させた。
ぽ、とハンドのわずか先に小さな炎が点った。およそ親指の先、という大きさか。
「おお、できましたね!」
感嘆の声をいただき、かなりの感動。しかし――思ったより小さいんじゃないか、と首を傾げる。
「え、ああ――大きさが不満ですか。確かに、ふつうの火適性の者が作る火球に比べて小さめですね」
慣れないせいか? くり返し試みれば大きくなるか、と数度同じ行為をしてみるが、炎の大きさは変わらない。
――まあこれでも、薪に点火する程度なら使えるか。
思いがけず魔法が使えることになったのだから、喜びは大きい。これで不満を言うのは贅沢かもしれない、とも思う。
それでも欲を出して、次には水をイメージして試してみた。
ハンドの先に、水の玉が膨らむ。さっきの火よりは大きいか。
「お、水も使えましたか。これならふつうの水適性の者と同等と思えます」
試しに、とエトヴィンも水球を出して見せてくれた。
確かに、大きさはどっこいどっこいに見える。前説明の通り、拳二つ分というところだ。
エトヴィンは手を振って、それを川方向に飛ばす。約二十メートルほどは飛翔して、川面に落ちたようだ。
あたしも真似をして、マジックハンドを振ってみる。
しかし数メートルも飛ばず、水球は地面に落下していた。
「うーん、これは練習が必要ですね。飛ばすために手を振る力は不要で、あくまで飛ばすというイメージが大切なのです」
ふうん――首を傾げる。
「まあ飛ばせたとしてもさっきも言ったように、戦闘時に相手を牽制する程度の効果しか望めないのですが。ふつうに生活用水を得るだけなら、水球を出すだけで十分です」
それは、理解できる。
イメージか、と心中唸り。
もしかするとあたしの場合、イメージが悪い方に働いているんじゃないか、と気づいた。
昼間マジックハンドの性能を試して、速く動かすことはできても力は籠もらない、という認識を得ていた。
その力不足という思い込みが、水球の投擲に災いしているんじゃないだろうか。そうだとしても、一度思い込むとそれを払うのはなかなか難しいかも、という気がしてしまう。
――まあ本当に、これからの練習次第か。
火に比べて水はもう少し実用向け、という手応えを得た。それだけでも大きな成果かもしれない。
あとは――。
「ハル殿、火と水の適性があるということは、なかなか希少な存在と言えそうです。あと残る属性は風と土ですが、試してみますか?」
頷きを、返す。
「では、まず風ですか。火や水と同じ要領ですが、目に見えないので分かりにくいのです。私が掌をかざしてみますので、そこへ向けて放てるかやってみてください」
頷き。
同じくり返しで、風を念じてみる。
ハンドの先に送った魔素らしきものが、放出される感覚、はあるけど。何も起きた気がしない。
「ああ、かすかに感じます。もしかするとふつうより弱いかもしれませんが、風を生むことはできているようです」
そうなのか? 首を傾げてしまう。
「それにしてもハル殿、凄いですよ。三属性の魔法を使えるなど、伝説に残る王族ぐらいしかいないはず、今の王族貴族には存在しないでしょう」
そうなのか?
どうも三つともたいして大きな効果を見せていないので、実感が伴わない。
ここまで来たら、もう一つ。
土魔法だけは他と違って指先ではなく、地面に向けて魔素を放つ感覚だという。
試してみると。
目の前の地面が一瞬でぽっかり窪み、すぐ傍に土と砂利の小山ができた。
「おお何と、土の適性もあるのですか。四属性など、本当に聞いたこともありません!」
興奮して、科学者のひそめていた声が高まった。
慌てた様子で窪みに手を当てている。
「しかもこれ、ふつうの土魔法に比べて穴が大きいぐらいですよ。ハル殿は四つの適性持ちで、その中でも最も土が適しているのではないですか」
ふうん、と。相手の興奮に反比例して、あたしはしみじみと空いた穴を眺めた。
縦横50センチ、深さ20センチというところかな。確かに他の三つに比べてもはっきり魔法の効果が見えている。
土魔法の結果はふつうより大きい、水はふつう程度、火は小さい、風は不明、ということになるのか。
何にせよ、思いがけず魔法が使えることが分かって、嬉しい限りだ。ラノベなどに出てくるものに比べるとショボい気がしないでもないけど、この世界の標準との比較でこうなら文句を言ったらバチが当たる話だろう。
それに付随した辺りも、今のうちに調べておくべきかな。
考えて、あたしは少し川の方へ向けて進み出した。
マジックハンドをくいくいとそちら向きに動かしてみせると、エトヴィンは首を傾げた。
「えーと――あちらへ行ってみる、ということですか? もしかして、魔法をもっと確かめてみる、とか」
頷きを返す。
「じゃあ、気をつけて行ってください。夜明け前に戻ってくるのでしょうか」
頷く。
「火を離れると魔獣が寄ってくるかもしれないので、気をつけて。あと森の中で火魔法を使うと山火事の危険があるので、ということになりますが、河原なら心配ありませんね」
頷いて、川へ向けて走り出した。
川の流れに沿ったそこそこの広さの砂地で、いろいろ検証してみる。
数時間あれこれ確かめて、まだ夜明けに間があるうちに戻ることにした。一度充填した魔素だか何だかが少し減ったので、また休息をとる必要がある。
焚き火近くに戻ると、また見張り番が交代して橙騎士が石に腰かけていた。
一応見張りの目に触れないように迂回して、エトヴィンが寝ている傍に座を落ち着ける。
視界の隅のゲージで、充電が始まるのを確認する。
時刻は2時を回ったところで、聞いた通りエトヴィンの見張りが二時間程度だとしたら、再び眠りについて一時間ほど経過したくらいか。
心を落ち着ける感覚で、念じてみる。
すると、また周囲がぼんやりした薄闇に変わった。
少し離れて座っていた男が、顔を上げる。
『おお、戻られましたか』
『ああ、いろいろ検証することができた。とにかくも魔法を使えるように教えてくれて、感謝する』
『どういたしまして。と言うより、私としても驚きの経験をさせてもらいました。できましたらこれからも、ハル殿の活動を見守らせてもらいたいものです』
『お互い支障のない限り、だな』
『そうですね。ところでこの時間の検証というのは、聞かせてもらうことはできますか』
『ああ、この情報は共有しておいた方がいいと思う』
『そうですか』




