表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/23

間話3 無用な来訪者

 それからまた冬の始まり。

 ここに来てから一年が経った。

 

 ウザかったシエラ様はあれからかなり、なりをひそめている。

 よほどキスが効果的だったらしい。

 そして私達の関係は良好だ。

 でも少しだけ、勿体ない事をしてしまった気がする。

 悪戯でするようなものじゃなかった。

 

 ――――――ボォ〜〜〜ン


 奇妙な音が鳴り響いた。


 これはシエラ様が張った広域結界に、誰かが触れた時になる音。

 来客が来たという知らせだ。

 いつもはシエラ様が音を聞いて、結界の外まで確認しに行ってるけど、今の時期は冬なのでおそらくまだベッドの中である。

 もう朝なのだから、早起きして欲しいとは思うけど、寒いのがかなり苦手らしいから仕方ない。


 私が外に出て来客の人の様子を見に行くのは、禁止されているので、まずシエラ様を起こしに行く事にした。




 ---




 静かに眠る彼女の耳が、ふわふわと揺れている。

 柔らかな毛並みが日の光を受けてほのかに輝き、吸い寄せられるように視線が固定された。


「お客様がおいでになっています。早く起きてください」


 体を揺すりながら言った。

 

「…………あと1時間待たせておいて……」

「それは流石に遅すぎです……」


 分かってはいたけど起きない。

 

 でも大丈夫。

 きっとあれをすれば起きてくれる。


「シエラ様。起きないと――キス、しちゃいますけど、よろしいですか?」


 フサフサした耳に口を近づけて言った。

 

「…………うるさい……」


 どうやらして良いらしい。


 いつもは唇を肌に近づけるだけで、逃げてしまうからやらないけど、今は状況的にも仕方ない。

 お客様を待たせているのだから。


 ……う〜ん。でもやっぱり2回目のキスを、寝ている主の唇にするのも何か違う。

 どうしようかな……

 

 思案しながら、私は一つしかない獣耳にそっと手を伸ばした。

 毛並みの温かさと柔らかさが指先に伝わると、自分の胸がわずかに高鳴るのを感じる。

 だけど、それだけでは足りない。

 悪戯心が頭をもたげ、唇をシエラ様の耳へと近づけた。


「はむっ」


 やってしまった……

 

 口いっぱいに広がるふわふわの毛の感触。

 その瞬間、シエラ様の耳が私の口の中で、ぴくりと動いた。

 小さな動きに息を呑むが、彼女はそのまま規則的な寝息を立て続けている。


まふぁおふぃない(まだ起きない)ふもり(つもり)ですか?」


 ――――――ボォ〜〜〜ン

 ――――――ボォ〜〜〜ン

 ――――――ボォ〜〜〜ン


 お客様が痺れを切らしているようだ。

 いつもとは違い、連続で音が鳴っている。


 しょうがないので次は、耳に口を当てたままそっと噛むように力を込めた。

 

 微かな弾力と温もりが心地よく、ついもう少し触れていたくなる。


「ひっ――な、何?!」

 

 が、その願いは叶わず。

 シエラ様は飛び起きてしまい、口の中から耳がスルっと抜けてしまった。


「ふぃ、フィオネ。何してるの……?」


 すっかり顔が赤くなってしまった、うぶすぎるご主人様。


「お客様がお見えになっていますよ。すぐに着替えて下さい」


 私は弁明もせず、笑顔でそう返した。


 許可はもらったし、寝ていたシエラ様が悪いので、何も言うことは無い。




 ---




 準備を早々に終わらせて玄関前。


「帰ってきたらお仕置きするから!覚悟しておいて!」


 怒鳴るシエラ様。

 だけど目は合わせてくれない。

 

「はい。次は跡が消えないように、強く首を絞めてください」


 笑顔で返事をすると扉を思いっきり閉め、急いで飛び出てしまった。


 あんな赤い顔で、人と会って大丈夫だろうか?

 まぁ、寝坊した主が悪い。


「あっ、ご飯を作らないと……」


 シエラ様は起きたばかりだから、きっとお腹が空いている。

 

 そう思い、ここから離れようと歩き出した瞬間。


 ――カランッカランッ!


 玄関から扉の開く音がした。


 帰ってくるのがあまりに早い。

 何か忘れ物でもしたのだろうか?

 全く、おっちょこちょいなご主人様だ。


「シエラ様。早く行かないとお客様が――」


 そう言いながら後ろをゆっくり振り向くと、立っていたのは別の人物。


「はぁ……まさか本当に小動物を飼っていたとはな。とうとう寂しさに限界を覚えたか」

 

 銀髪、金眼の女性が付いた雪を払いながら、とても不機嫌そうに、この家の中へあがりこんできた。

 それも一人で。

 初めてのケースだ。


「あの、貴女は……?」


 私は一歩後退りながら質問をする。

 

 シエラ様と入れ違いでここに来た?

 いや、今までそんな状況になった事はない。

 まず家の中を出入りしてるのは、ここ一年を通して私達二人しかいないはず……


 もしかしてこれ、とてもまずい事態なのでは?


 銀髪の女性は怠そうに一息吐いて、ゆっくりと口を開いた。

 

「それにしても綺麗になったな、ここも。お前が……ん?――」


 女性は途中で言葉を切り、一瞬、何故か唖然とした顔になった直後、突然、目の前から姿が消えた。

 私が疑問に思う間もなく、喉に冷たい圧力がかかる。


「なんだお前、よく見たら人間族か」


 苦しさと同時に、背中が壁に押し付けられる衝撃が走った。

 

「くる……しい…………はな……して……」

「知っているか? 人間族は妾に反論なんて出来ないんだ」


 なんでいきなり初めて会った人に、こんな事をされているんだろう。

 それに首を絞めているこの人の方が、辛そうに見える。

 第一印象でしかないけど、とても悪人のようには見えない……

 

 私は人から恨まれるような事をした覚えがないから、余計にわけが分からない。


「何故シエラと一緒に暮らしている?何が目的だ?――いや、喋らなくて良い。勿体無いがこのまま記憶を覗いた後、処分する」


 ……喉が締め付けられる痛みと、呼吸が出来ない辛さで、頭の中がじんじんと痺れ。意識が薄れていく。


「しえらさま……たす………け…」


 声にならない声が喉の奥で消える。

 手足が言うことを聞かない。

 死を間際にして、ほとんど反射で名前を呼んでいた。


 思えばさっき、シエラ様を怒らせてしまったばかり。

 あんな事を言った後で、ご主人様に助けを乞うのは、あまりに図々しすぎるかもしれない。

 馬鹿な返事なんかしないで、ちゃんと謝れば……良かった。

 

 目の前がぼんやり白く霞む中、遠くで、何か大きな音が響いた気がした。

 重い衝撃音と、足音――誰かが来る?それとも幻聴?

 その瞬間、扉が爆発するように壊れる音がして、冷たい空気が一気に流れ込んできた。


「ゼレシァァアア!お前!!何をしている!!!」

 

 ぼんやりした視界の中に現れたのは、鋭い瞳と一つしかない獣耳――シエラ様だった。




 ---




 低い唸り声が聞こえた。

 

 まるで野生の獣のような気迫が、部屋全体を支配しているのが分かった。

 シエラ様がこちらを見ている。


「……あっ、ぁぁ……」


 向けられた冷たい視線。

 獲物を狙うその眼光に私は思わず、村での出来事を思い出してしまい、一瞬だけ眼を背けてしまった。


「フィオネ…………ッ!……」

「ん? あぁ、なるほど。記憶を読んで理解した。シエラ、お前――」

「うるさい黙って!なんでお前がここにいる!!何しに来た!!」


 この威圧感を前にしても、ゼレシアと呼ばれた女性は顔色一つ変えていない。


「何でだと? 妾は再三、使いの者を送ったはずだ。もちろん要件は何一つ変わっていない」


 掴む手の力が緩み、私は咳き込みながらもすぐに息を吸った。

 

 手は離してくれたけど、魔力を纏っている手刀を、首元に当てられている。

 逃げることは許されていない。

 

「魔物との戦争に参加するつもりは無いって、何度も言った!今もそう……だから分かったら早く、フィオネを……私に渡せ……!」


 今のシエラ様の言葉で、ゼレシア様と呼ばれた女性の雰囲気が変わった。

 

「馬鹿さ加減は、相変わらず変わってないらしいな! 戦争だと……?いや違う。これは世界を守るための戦いだ!!」


 声が荒々しく、疲れきった顔。

 我慢の限界だというのが、顔色から見て取れる。


 何か私の預かり知らない内容で、2人は言い争っているようだ。

 とても口を挟める状況じゃない。

 黙って話を聞くことにした。

 

「それをなんだお前は!召喚にも応じず、忙しい中妾が直々に様子を見に来てみれば、なんだこれは!?随分と楽しそうじゃないか、あぁ!!?」

「それでも……私には、関係ない」


 シエラ様は一向に頷かない。

 その様子を見て呆れたのか、ゼレシア様は体の力を抜いたように見える。

 

「まだ気づいてないのか阿保が。この人間族の故郷を滅ぼしたのも、その魔物の軍勢だ」

「…………」


 私には全く理解出来ないスケールの話を、この人達はしている。

 

 魔物がどうとか、世界の終わりがなんだとか。

 そして私がその戦いの被害者という話まで。

 それで戦力だったはずのシエラ様が来ないから、わざわざこの人が森の中まで呼びに来たという。


「そこから動くなよシエラ。妾についてくるならこの人間族は解放するが、そうでなければここで殺して、無理矢理にでもお前を連れていく」

「……フィオネを殺したら、例え刺し違えてでも、お前を殺す」

「育ての親に向かって「殺す」とまで言い切るとはな」

 

 多分、私がこの家にいるから、うちのご主人様は動こうとしないんだと思う。

 それで多くの人が被害に遭っている。

 救えるはずの命があったはずなのに。


 ただ1人、自分だけは守られ、ここでのうのうと暮らしている間にも、大勢の人が昔の私のような目に遭っているという話。

 何も知らなかったとはいえ、とても……とても最低だ。

 この世界で私と真剣に向き合ってくれた優しいお母さんは、きっとそれを良しとしない。


「……世界の滅びが、例えシエラにとってどうでも良いことでも、そこで膝を付いているか弱い女は、どうやら違うらしい」


 魔力が纏われた手が離れていく。

 もう必要ないと判断されたようだ。

 

「……ゼレシア様、と言いましたよね?」

「あぁ」

「すみません。少しだけ時間をください。シエラ様とお話がしたいんです」

「……良いだろう」




 ---




 ゼレシア様はその後、すぐに立ち去ってしまった。

 この場から消えたということは、残り数日ほど猶予をくれるということ……だと思いたい。

 そしてシエラ様は……


「シエラ様、昼食をお持ちしました。部屋の中に入っても――」

「駄目……来ないで……」


 鍵は掛かってないけど、そう言われたら入ることは出来ない。


 シエラ様はあの後すぐに寝室へ行き、部屋に篭ったまま出てこなくなってしまった。


 原因は私。

 あの時、助けに来てくれたシエラ様を、一瞬……それも反射的とはいえ、恐れてしまった。


「……部屋の前に置いておきます。また夜に来ますので……」


 深く考えずに会おうとしてしまったけど、今、顔を合わせたら、また勝手に体が反応して、シエラ様を落ち込ませてしまうかもしれない。


 ゼレシア様はシエラ様が来なければ、私を殺して無理矢理連れて行くと言っていた。

 シエラ様の様子だと、戦っても勝ち目が薄いのだと思う。

 

 なのでどちらにせよ一度、お別れしなければいけないのは確定しているのだ。

 どれだけの期間、ここを離れるのか分からないけど、こんな別れ方じゃいけない。

 だからそれまでに、自分の気持ちに整理を付けて覚悟を決める。


 私は窓の外を眺め、仕事をしながら、空がゆっくりと暗くなるのを待った。




 ---





 空が赤く染まり、陽が西の地平線に近づく。

 まだ完全には落ちきっていないけれど、その明かりが薄らいでいるのを感じる。

 

 寝室の前に置かれた昼食に、手が付けられた様子は無い。

 お腹が空いているはずなのに……これはそれほどまでに傷つけてしまったということだ。


 仲が良くなったのに、いまだ魔物と同様に見られている……私にはそんな経験をしたことは無いけど、イメージは出来る。

 それはきっと、とても寂しく、やるせなく、自分ではどうしようもない無力感に苛まれる……と、私は思う。

 だからこっちから、歩み寄らなければいけない。


「シエラ様。中に入らせてもらいますね」

「…………来ないで……」


 部屋に鍵は掛かっていない。


 私は一度深呼吸をして、扉の取っ手に手をかけた。


「いえ、入ります」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ