間話1 故郷を滅ぼされた転生少女
この世界の千年以上前のお話で、主人公は別キャラです。
話を飛ばしても多分問題無いですが、百合をお望みならこの間章の全4話を見て損はないと思います。
百合描写度は作者基準で高めです。
夜の帳が降りた世界で、雪が荒々しく降り注ぐ中、魔物達は街を襲い、人を殺し愉快に嗤う。
剣を持って立ち向かっていったお父さんや村人達は、闇に飲み込まれ……帰ってきたのは断末魔と血の匂いだけ。
「逃げようよ! 家の中にいても死ぬだけだよ!!」
「……無駄よ、私達の足じゃあ追いつかれてすぐ殺される」
今のまま家の隅に隠れていても、確実に死ぬというのに……お母さんが私の提案を受け入れてくれない。
この恐怖の中、ただただ死ぬ順番を待つだけの時間。
いっそのこと自殺したい。
泣いて助けを乞いながら喰われるくらいだったら、自分で死ぬ瞬間を決めた方が遥かにマシだと思えるのだ。
覚悟を……いや、ただ楽になりたいという自分の弱さに負け、護身用で手元に置いていた剣を取り――
「貴女がそんなことする必要はないわ。フィオネ……良いことを思いついたの。これが最善の手よ」
お母さんは自殺しようとしていた私からすぐさま剣を奪い取り、自分自身を大きく切りつけた。
「お母さん!なんで!!!」
「……隠れなさい…………頭の良い………フィオネなら…………」
それだけを言い残して動かなくなってしまった。
わけがわからない。
なんでお母さんは自殺したのだろうか。
……ただ、生きて欲しいと願われた気がする。
泣いて迷っていたら、確実に死ぬのだ。
生き残るためには……今、頭の中を駆け回っている全ての感情を押し殺すしかない。
私は周辺を照らしていた僅かな灯りを消し、自分で部屋を荒らした後、臭いの強い食料とすぐに冷たくなったお母さんの血を大きな布に塗り付けた。
死体の下に隠れるだけでは、見つかってしまう可能性がある。
酷く汚れた布や大きな道具、そしてお母さんを部屋の壁側に置き、私はその1番下に隠れる。
今、この場で出来る精一杯はこれだけ。
これで魔物の目を欺けるよう、神様に祈る――
---
暗く、寒く、そして臭い部屋の中、外から聞こえてくる悲鳴と足音がピタリと止まった。
分厚い布の下で震えて待つだけなので、どれだけ時間が経ったのか分からない。
ただ一つだけ確かなことがある。
私は生き残った。生き残ってしまった。
開けられた扉に大きな足跡。
もちろんこの家にも魔物達が押しかけてきた。
だけど私が自作した酷い悪臭の罠に耐えられなかったのか、部屋を物色された様子もなくお母さんの死体も放置されたままだ。
泣きたかった。
叫びたかった。
生まれ変わってこんな目にあうなら、転生なんてしたくなかった。
……だけど、泣いて喚ける状況でもなく、
そんなことに時間を割いているのなら、生き延びることを考えなければいけない。
じゃないと、私を生かすために死んだ両親の命が無駄になってしまう。
「お母さん、今までありがとうございました……」
それだけ言い残して家を後にした。
---
明るい。
外は一面が真っ白に覆われていて雪が大地を優しく包み込んでいた。
友達や村人達の死体と共に。
外に魔物の姿は見えない。
興味を無くしたのか、おそらくここを通り過ぎて行ったのだろう。
私も魔物達に習い、早々に見切りをつけて村を出た。
この場所で生活するのはもう不可能だ。
新しく人が生活している場所を、自分の寄生先を見つけなければいけない。
次は魔物に侵されない、安心できる場所を。
魔物に見つからない事を祈りながら、寝ずにひたすら森を歩く。
すごく眠い。
でも襲われる恐怖とこの寒さの中、寝る判断をするというのが途轍もなく馬鹿なことに思えて、実行に移せなかった。
持ち出した食料はすぐに尽きてしまったけど幸か不幸か、見渡せば一面の雪。
水分にはしばらく困らない。
……眠れない原因でもあるけど。
---
何度目の朝だろうか。
食料、そして睡眠も無しで歩くのに限界が見えてきた。
魔物に出会わない奇跡に感謝する気力も失せ始め……
お腹が空いたのはもちろん。
でも、それ以上に眠い。
気づけば目の前は真っ白。
私の体は地面に伏していて、もう立ち上がれそうもない。
――ザクッ…ザクッ…ザクッ――
固まった雪をどける音が体に伝わってくる、足音だ。
人――いや、こんな森の中を人間がうろついてるとは思えない。
結局、全て時間の無駄……
足音がすぐ近くで止まった。
どんな相手に殺されるか、見たくは無かったけど、見ないという選択肢を取る方がありえない。
私は最後の力を振り絞って顔を持ち上げ、霞んでる視界で目の前を見た。
尻尾に獣の耳、
しっかり服を着ていて、首には暖かそうなマフラーを巻いている。
魔物……いや、これはおそらく獣人族。
「た…………すけ……」
考え無しに、殆ど反射で言葉が出てしまった。
他に選択肢が無いとはいえ、獣人族に助けを求めて良いのか、そもそも私の言葉が伝わるのか……分からない。
小さな村で暮らしていたせいで、あまり外の知識が入って来ないのが、ここで災いするとは。
「…………」
返事がない。
諦めて顔を下ろす――と同時に、ほとんど感覚の無かった首に違和感が襲い、更に体が宙に浮くような感覚を覚え、
目をもう一度開けると、私はその獣人族の長い尻尾で体を持ち運ばれていた。
尻尾が首に巻かれている事に恐怖は無く、
揺籠に揺られてるみたいで……暖かく、とても心地が良くて、私はすぐに目を閉じた。
……ただ少しだけ呼吸がしづらかった。
* * *
酷い頭痛とともに意識が戻った。
重い瞼を開けると、目に映ったのは見知らぬ天井。
どれだけ寝ていたんだろう。
気がつけば自分の家……という淡い希望を持っていたので、少しだけ落胆してしまう。
やっぱりあれは悪夢などではなく、現実だったのだ。
怠い体を無理やり起こし、周りを見渡した。
綺麗に整頓された部屋で、一人、高価そうな椅子に腰を下ろしていた。
おそらく気を失う前、最後に見た赤茶色髪の獣人さん。
「あ、ありがとうございます!助けて頂いたみたいで……」
私はすぐさまお礼から切り出す事にした。
この人が何を考えてどうして助けてくれたのか分からない。
ただ、第一印象は大事だ。
縋りつける相手がこの人しかいない間、人が生活している街に行くまで、必死に媚びを売らなければならない。
今、ここから叩き出され、森の中に逆戻りするような事になれば次こそ死んでしまう。
「なんでこんな場所にいるの? ここ、人間の生活圏からかなり離れてるはず」
「それは……」
流暢に人の話す言葉が返ってきた。
どうやら言語は同じらしい。
あんまり自分の記憶を掘り起こしたくないので、山菜を取っていたら家族とはぐれてしまった。
という馬鹿みたいな嘘で誤魔化した。
それを聞いた獣人さんは『ふ〜ん』と、特に興味も無さそうな反応をしただけ。
「あの、人が住んでる場所に連れて行って欲しい……です」
少し歯切れの悪い言い方になってしまった。
助けて貰っておいて、更にお願いをしなければならない無力さ、図々しさには流石に自分でも嫌になる。
「私に人里まで護衛しろって言ってる?」
「ひっ…………は、はい……その、出来れば……」
機嫌を損ねてしまったのか、とても嫌そうに返事が返ってきた。
凄く怖い。
恐怖で震えと冷や汗が背中を伝っているのが分かる。
でも、これは私が悪い。
獣人さんは人間の生活圏が遠いと言っていた。
私の頼み事はとても面倒くさいものだと思う。
赤の他人からお願いされて、すぐに頷けるような事じゃない。
「……今の時期は嫌、それも無償なんて絶対に無理」
「そう……ですか……」
「だから、冬が終わるまでここで働いて。外が暖かくなったら送る」
「え、働く……ですか?」
獣人さんは無表情のまま頷く。
続けて説明された仕事の内容は特に難しい事ではなく、ただの家事全般をやって欲しいとの事だった。
家政婦……それともメイドや侍女と呼ぶべき職になるのだろうか?
「嫌なら――」
働くというのは想像もしなかったことだけど、これは別に悪い条件じゃない。
それなら取る選択肢はもちろん――
「いえ……凄く嬉しい提案です!喜んでやらせて頂きます!!」
「……?」
私が喜ぶ理由が分からないのか、怪訝そうな視線が送られてきた。
この話、
今の私には丁度良かったのだ。
滅んだ街のこと、
家族のこと、
魔物こと、
その全てを、今は考えたくなかった。
だから、丁度良い。
脳によぎる隙を与えないくらい必死に頑張ろう。
この人に捨てられないように、人のいるところへ行けるまで……
「あの、よろしければ名前を教えてもらっても……?」
「……私はシエラ」
「シエラ様ですね、私の名前はフィオネです。これからよろしくお願いします!」
「よろしく」
でも、注意しなければいけない。
相手は人間ではなく、初めてコミュニケーションを取る種族。
獣人族について詳しく知ってるわけではないけど、腕力が強いって言うのはお母さんから聞いた。
魔物同様に警戒しなければいけない相手だ。
下手をすれば殺されてしまう……




