こだわりは幸せの種でもあり、不幸の種でもある
再試験からさらに一週間が経ったある日──
その日はリリアンもエラも、朝からずっと機嫌が良かった。
常にニコニコしていたし、治癒院でのお勤めも、いつもよりも患者さんとの会話が弾んでいるようだった。
休憩時間になって、職員用の食堂で、チームで昼食をとることになった。
サンドイッチとスープ、ホットコーヒーを食堂のカウンターで受け取って、全員が席に着いた時だった。
「グラントさん、ノア……私たち……」
「ふふっ、私たち」
リリアンとエラが、にんまりと見つめ合った。
「「合格しました!」」
それから、満面の笑みで報告してくれた。
「そうか、おめでとう! 良くやったな!」
「おめでとう! リリアンとエラなら、合格できると思ってたよ!」
グラントさんと俺は、心からお祝いの言葉を伝えた。
今朝の雰囲気から、そうじゃないかな、とは薄々気づいてはいたけど、やっぱり二人の口から直接聞けたのは嬉しかった。
「これで私たちも正式な聖女ね!」
「制服も新調しないとね!」
食事をしながら、エラもリリアンもニコニコとおしゃべりを続けていた。
「そうか、聖女になったら制服も少し変わるな」
グラントさんが、うんうんと相槌を打つ。
聖女の制服は、ちょっぴり特別だ。
女性用の神官服にも似た詰め襟タイプのワンピースだけど、ウエスト部分にリボンがついていて、施されている刺繍も、他の属性の女性神官の制服よりも華やかだ。
白と緑色を基調としていて、清楚だけど可憐な印象だ。
「午後から、新しい制服の採寸があるんです」
「だから、午後の業務は少しだけ抜けますね」
「ああ、そういうことならかまわないぞ。良いものを作ってもらえ」
「「はい!」」
エラとリリアンが午後の予定を伝えると、グラントさんも快諾していた。
──その時、不意に、食堂の出入り口付近が騒がしくなった。
「ねぇ、掲示板が更新されてるわよ」
「あら? 例の事件のことが張り出されてるわ」
職員の誰かが、何かに気づいたようだった。
食堂の出入り口近くには、大きな掲示板が置かれていて、職員向けのお知らせや通達、注意事項などが貼られている。
ひと目につく所にあるからか、それとも他の人も注目して見ているからか、掲示板の前にはどんどん人だかりができていった。
「『ウィンザー元司教とその一味は、聖鳳教会から永久追放』か……まぁ、あれだけの事件を起こしたんだ、妥当だろうな」
「『教会組織の転覆を狙って』って……本当にそんなことができると思ったのかしら?」
「げっ!? 暴動の煽動に使った香って、国で持ち込み禁止にされてるやつだったのか!? 俺、いつの間にかその香を吸ってたらしくて、治るまでしばらく薬漬けだったんだぞ!」
「『不法薬物所持・使用のため、ドラゴニア王国側に引き渡し済み』……聖職者なのに、とんでもないことをしてたのね!」
掲示板の前にたむろしてる人たちは、好き勝手にいろんなことを口にしていた。
盗み聞きなんてちょっとはしたないけど、俺たちもピタリとおしゃべりを止めて、彼らの会話に耳を澄ませていた。
「『以下の者も同罪とし、王国側に引き渡し済み』……結構いるな……お、イザベラ嬢もいるじゃん。やっぱりやってたのか!」
誰かの声に、俺たちは思わず互いを見合わせた。
「イザベラ様……まさか、そんなことに関わっていたなんて……」
エラが口元を両手で押さえて、顔色をかげらせた。
「お父上から命令されて逆らえずにやった、とかではないのかしら……?」
「ウィンザー元司教の性格上、あり得なくはないと思うな」
リリアンの冷静な意見に、グラントさんが大きく頷く。
「確か、廊下で一度イザベラ嬢に会った時、魅了の香の匂いがしたんだ。……でも、俺がハッキリ『苦手な匂いだ』って伝えてからは、そんな匂いはしなくなったけど……」
俺が思い出して言うと、なぜかリリアンもエラも、グラントさんまでも、微妙な視線を向けてきた。
「それは、まぁ……」
エラは腕を組むと、「う〜ん」と難しい顔をして唸った。
「異性から、間接的にでも『臭う』みたいなことを言われたらねぇ……気にしちゃうわよ」
リリアンは、片頬に手を添えて、少し呆れたように説明してくれた。
「ノア、女心とはそういうもんだぞ……」
グラントさんは、同情するような憐れむような視線を俺に向けてきた。
──みんな、俺のこと、デリカシーが足りてないって言いたいのかな!?
「でも、それでイザベラ嬢は魅了の香を使わなくなったんだから、結果としては良かったんじゃないかな!?」
俺はなんだか焦ってしまって、とにかく思い付いたことを口にしていた。
「う〜ん、それはそうだけど……」
「ある意味、これで良かったのかしら?」
「怪我の功名というやつか?」
三人とも、なんとも言えない表情だけど、一応頷いてはくれた……
ゔぅっ、女心って難しいなぁ……
「そういえば、リリアンとエラが聖女になるということは、この見習いチームは解散することになるな」
「えぇっ!? そんなの聞いてないですよ!?」
グラントさんが話題を変えてくれたけど、寝耳に水の内容に、俺はびっくりしてコーヒーを吹き出しそうになった。
「このチームは、見習いを一人前に育てるためのものだったからな。リリアンとエラは聖女に昇格することになったし、ついに卒業かぁ〜。立派になったもんだなぁ〜」
グラントさんが、しんみりと感慨深そうにうんうんと頷いてる。
リリアンとエラも互いに何やら視線のやりとりをしていて、なんだか俺だけ置いてけぼりみたいな気持ちになって、急に寂しくなってしまった。
「そんなぁ……!」
俺は、聖鳳教会に転職してからのことを思い出した。
初めはみんな互いに慣れなくて、少しぎこちない感じがしていた。
でも、一緒に教会の仕事をしていくうちに、みんな真面目で良い人だって分かって、どんどん仲良くなっていった。
後方支援の仕事はハプニング続きだったし、慰問の仕事は現地の悲惨な状況を目の当たりにして大変だったけど、それでもみんなで一緒に乗り越えてきた。
せっかくまとまった良いチームになれたと思ってたのに、ここで解散するなんて……!
俺がちょっぴりパニックを起こしていると──
「ノア」
「これ見て」
リリアンとエラから、同時に紙を一枚ずつ差し出された。
二人とも、笑いを隠そうとして隠しきれないのか、目元と口元が少しピクピクしてる……
「…………うん、辞令???」
上質な紙には、父上の綺麗な文字で『貴殿を聖者の補佐役として任命する』と書かれていた。
「リリアンとエラは、特別に聖者の補佐役に選ばれたんだ」
グラントさんは、してやったり、といった感じのニヤニヤ笑顔を浮かべていた。
「えっ!? グラントさんは知ってたんですか!?」
「チームリーダーだからな、もちろんだ」
「えぇっ!? ……ということは?」
俺は、リリアンとエラの方を振り向いた。
「今までと変わらないわよ」
「これからもよろしくね!」
「はぁ……!!! 良かったぁ……!!!」
リリアンとエラに言われて、俺は食堂のテーブルにガバッと突っ伏した。へなへなと力が抜けていく感じがする。
でも、まだみんなでチームを続けられるって分かって、ホッとしたよ……
俺以外の三人は、やけにニコニコしていた。
──これがサプライズだったってことに俺が気づいたのは、午後の業務が始まってからのことだった……
食堂を出る前に、俺は少し気になって掲示板を見てみた。
他の人はもう見終わったのか、掲示板の前にはあまり人はいなかった。
「グラントさん、これ……」
「あぁ、さっきみんなが騒いでたやつだな」
掲示板には、聖女昇格試験の間に起こった暴動事件について、犯人や経緯、顛末なんかが書かれた紙がでかでかと貼り出されていた。
事件の内容は、他の人がおしゃべりしてたとおりのことが書かれていた。
その中でも俺の目に止まったのは、「ウィンザー元司教の動機」だった。
動機の部分には、「大司教、その後に教皇の座を狙っていた」ということが、ずいぶんあっさりと書かれていた。
また、ウィンザー元司教は生まれながらに魔力量が少なく、自分の寿命は短いと考えていて、その焦りから魅了の香に手を出したとも書かれていた。
人間は、保有する魔力量が多いほど、寿命が長くなる傾向がある。
特に魔力量の多い魔術師なんかは、三百歳くらいまで生きるって聞くし。
今の教会上層部は、みんな魔力量が多いといわれていて、現教皇様も、もう百年ぐらい今の職務に就かれている──自分は百年も生きられないと、出世するには圧倒的に時間が足りないと悟ったウィンザー元司教は、目的達成のために、なりふりかまっていられなかったのかもしれないな……
「過ぎた欲を持ったばかりに、身を滅ぼしたな」
グラントさんが、ぽつりと呟いた。
「司教も、十分に高い地位のはずなのに……」
司教として、自分の教会支部を守って、周りの人に尽くす道もあっただろう。周りを大切にして、相手からも尊ばれながら、穏やかに司教を務める人生もあったかもしれない。
でも、ウィンザー元司教は、大司教や教皇の地位にこだわって執着したばかりに、判断を誤って、人として決して踏み外しちゃいけない道を踏み外した……
その選択の結果として、たくさんの人に迷惑をかけたんだ──きちんと反省して罪を償ってもらいたい……
俺とグラントさんは、掲示板の内容を読み終わると、さっさと治癒院へと戻って行った。




