一次試験
今日は聖女昇格試験の一次試験の日だ。
一次試験は、ポーション作りの実技だそうだ。
薬草を採取するところから始まって、指定されたポーションを一人で全部作り上げるところまでがお題らしい。
リリアンもエラも頑張ってるから、俺も頑張らないとな!
試験を受ける聖女見習いがいるチームは、今日は強制的に業務がお休みになる。
本来なら、そういったチームの余ったメンバーは雑用とかに回されるんだけど、俺は父上の命令で、例の解毒薬を作ることになっていた。
解毒薬も中和の香も在庫はギリギリだし、教会本部から事件解決のために助っ人も来てくれてるけど、まだ犯人が捕まってるわけじゃないから、これからも必要になってくるだろう。今のうちに量産しておかないとな。
調薬室は全て試験のために使われてるから、今日は教会の敷地内でも端の方にある倉庫みたいな場所で、解毒薬を作ることになった。
ここなら他の職員も滅多に訪れないしな。
メンバーは相変わらず、ユーフォリア様、グラントさん、そして俺の三人だ。それから、ユーフォリア様が呼んだ精霊たちが手伝ってくれている。
倉庫内では、緑や青、黄色の玉型の精霊たちがふよふよ浮かんでいた。親指と人差し指で丸を作ったくらいの大きさで、チカチカと淡く光って倉庫内を照らしている。
「いつもよりも精霊が多いですね」
「今日はいっぱい作る予定だもの! 張り切ってみんなに声をかけちゃったわ!」
俺が感想を言うと、可愛らしいフリル付きエプロンを身に付けたユーフォリア様が、楽しそうに教えてくれた。
解毒薬は、ポーションとほとんど同じ作り方だ。
材料を細かく刻んで、魔術鍋に水と一緒に入れて加熱する。鍋をかき混ぜる時には、癒し属性の魔力を少しずつ込めるんだけど、そこは癒しの精霊たちにお任せだ。魔術鍋の周りに緑色の淡い光の玉が浮かんで、まるで不思議な薬を調合する童話の中の魔女のような気分になれる。
途中で、魔術抽出したエッセンスを加えて、さらに一緒に煮込む。鍋の中の液体が、魔力反応を起こして青色になれば完成だ。
解毒薬の入れ物は、飲み終わったポーションの空き瓶を再利用している。
空き瓶を洗ったり、乾燥させたりは、ユーフォリア様が連れて来てくれた水と風の精霊がやってくれている。
彼らのおかげでポーション瓶の準備まで俺たちがしなくていいから、本当にありがたい。
一方で、中和の香の方は体力勝負だ。
大量の薬草や樹皮などの材料を、大きなすり鉢で、ひたすら粉状になるまでゴリゴリとすりつぶしていく。
粉状になった材料は、つなぎ材のタブ粉を加えて、均一になるまで混ぜ合わせる。そこに水を少しずつ加えて、こねて、三角錐の形にする──教会ではお香の調薬は無いし、あまり慣れない作業だからな。少し不格好になってしまうのは、ご愛嬌だ。
最後に、風の精霊にお願いして、乾燥してもらう。
自然乾燥だと、一、二週間はかかるそうだけど、精霊たちの力を借りれば、ほんの一瞬だ。
グラントさんと俺は、交互に解毒薬と中和の香を担当して作ってる。今日の午前は、俺が解毒薬担当で、グラントさんが中和の香担当だ。午後には交代する。
解毒薬は魔力をそこそこ使うし、中和の香は体力を使うからな。交代で作って、互いに疲れすぎないように注意してる。
「二人とも、そろそろお昼にする?」
ユーフォリア様に声をかけられて、俺たちはハッとした。
朝から集中して作業してたから、気づいたら昼になってたみたいだ。
作業台の上に散らばった材料や器具を端の方に寄せて、代わりにユーフォリア様が持って来てくれた昼ごはんを広げる。
バスケットの中には、クロワッサンサンドが入っていた。
ふかふかのクロワッサンの真ん中には切れ込みが入っていて、ハムやチーズ、ゆで卵、スライスオニオン、キャロットラペなんかが具材として挟まれてる。
ミルクもポットに入れられて、ドンッと豪快にテーブルの上に置かれた。
「遠慮なく召し上がれ」
「ありがとうございます!」
「いただきます!」
ユーフォリア様に勧められて、グラントさんと俺はクロワッサンサンドに手を伸ばした。
「お昼だ」と意識すると、急におなかが減ってきた。クロワッサンサンドは、どれもおいしくて、俺は夢中でかぶりついた。
ふと気がつくと、ユーフォリア様がじーっと俺を観察するをように見ていた。
食べているところをじっと見られるのは気まずくて、俺は話題を振ることにした。
「ユーフォリア様は、お昼は召し上がらないんですか?」
「精霊は魔力が主食だから、本来食事は食べなくてもいいのよ」
「あれ? グラントさんは?」
グラントさんの方を見ると、普通にクロワッサンサンドも食べてるし、ミルクも飲んでる。
「俺は人族が多くて、魔力が薄い所に住んでるからな。魔力を摂れない分、食事の方でカバーしてるんだよ」
「へぇ~、そうなんですね」
確かに、魔力で食事がとれないなら、別の何かでエネルギーを補給する必要があるよな。
「先祖返りの子は、魔力じゃなくて、ご飯を食べるのねって感心して見てたのよ」
ユーフォリア様は、テーブルの作業台に両肘をついて、組んだ手の上にちょこんと顎をのせて言った。
普通に食事してるだけなのに、感心されるとは……!
なんだか不思議な気分だ。
精霊は神秘の生き物って言われてるし、ユーフォリア様やグラントさんは見た目は人間だけど、やっぱり人間とは全然違う生き物なんだなぁ。
「まぁ、あとはこれだけ人に囲まれて生活してるから、人間みたいに食事しないと怪しまれるっていうのはありますね」
「確かに、それもそうよね~」
グラントさんが苦笑いして言うと、ユーフォリア様もおっとりと頷いた。
「そういえば、魅了の香の犯人の捜索はどうなっているのでしょうか?」
食事が終わると、グラントさんが真面目な顔をして質問した。
俺たちが頼まれているのは、解毒薬と中和の香の量産だ。
作る方に集中しているから、犯人探しの方はノータッチだ──ずっと解毒薬を作り続けるわけにはいかないし、犯人が早く捕まってくれるとありがたい。
俺もそのことについては、すごく気になってた。
「あとからオリヴァーの方から説明があるとは思うけど、ある程度犯人の目星はついてるみたいなの」
「それでは、もう……?」
ユーフォリア様の言葉に、グラントさんも俺もテーブルの方に身を乗り出した。
「でも今は、大事な聖女昇格試験があるでしょう? 周りへの影響も考えて、いろいろ調整してからでないと、犯人を取り押さえるわけにはいかないみたいなの」
ユーフォリア様が小さく肩をすくめると、俺とグラントさんは逆に肩を落とした。
でも、教会側の考えも一理ある。
聖女昇格試験中に、魅了の香の犯人を捕まえたって発表したら、それこそ大騒ぎになるだろう。
今回の試験に賭けてる聖女見習いもいるだろうし、余計な心配事がかかって、試験に影響が出たりなんかしたら、それこそ大変だ。
「それに、今日はフェリクス様とユリシーズが試験の見学をしてるでしょ? あの子たちの予定にも影響しちゃうから、今すぐには動けないみたいね」
ユーフォリア様が、さらりと爆弾発言を落とした。
「うえぇっ!?」
「どうしたの、ノア君?」
俺がびっくりして声をあげると、ユーフォリア様もグラントさんも目を丸くして、パッと俺の方に振り向いた。
「……えっと、今日の一次試験も大司教様たちは見学されてるんでしょうか?」
「そうよ。ユリシーズは『楽しみにしてる』って言ってたわよ?」
「わぁ……」
お偉いさん方の前で大事な試験──俺だったら、それだけで緊張しすぎてぶっ倒れてそう……リリアンとエラは、大丈夫かな……?
「あとで、チームメイトの様子を見に行ってもいいでしょうか?」
「あら、いいわよ。お友達が気になるのね。休憩も兼ねて、行ってらっしゃいな」
俺が確認すると、ユーフォリア様は手をひらひらさせて、快くOKしてくれた。
***
試験が終わるくらいの時刻に、俺は調薬室の前の廊下で待った。
しばらくすると、調薬室の扉が次々と開いて、聖女見習いたちがぞろぞろと出て来た。
「リリアン! エラ!」
人混みの中から、俺はリリアンとエラの顔を見つけて、大きく手を振った。
「ノア!?」
「来てくれたの!?」
疲れた表情をしていたエラとリリアンが、パッと顔をあげた。二人とも、人波に沿って俺の方に来てくれた。
「うん。二人とも大丈夫かなって、気になって。大司教様も見学にいらしたって聞いたし」
「それどころでは……」
「ねぇ、なかったわよね」
リリアンとエラが顔を見合わせた。
二人によると、試験のはじめに大司教二人を紹介されたらしいけど、試験の方に頭がいっぱいで、気にかける余裕もなかったらしい。
「どこで減点されるか分からなかったから、ヘマしないようにって、そっちの方に気が向いてたわ」
「ポーション作りに集中してたから、大司教様も何も……試験官のじっと見つめてくる視線の方が気になったくらいよ」
エラとリリアンの言葉に、俺は心配しすぎだったかなと、少しホッとした。……この分だと、二人とも一次試験は大丈夫そうかも。
リリアンは、周りの様子を少し確認すると、一歩俺に近づいて声をひそめて言った。
「……それよりも、試験後に言われたことの方が問題よ」
「え?」
「明日の二次試験は、王都郊外で行うそうなの。それも、聖騎士とチームを組んで、彼らの怪我を治すみたいなの」
「あ……」
この前父上が言ってた、試験内容の変更のやつだ。
「急に聖騎士との立ち回りを見るって言われてもね……」
「今までそんなこと、なかったじゃない?」
リリアンもエラも、かなり困惑しているようだった。
「王都郊外って、魔物も出るんだよね?」
「聖騎士が守ってくれるとは言われているけど……」
俺が確認すると、リリアンは片頬に手を添えて俯いた。いつもはしっかり者で気丈に振る舞ってるけど、魔物が出るとなると、やっぱり不安みたいだった。
「いざという時には、これを使って欲しい」
俺は、リリアンにプレゼントしたバレッタにそっと触れた。今日も付けてくれてたみたいだ。
「でも……」
「試験は来年でも受けられるよ。でも、命を失ったらそこで終わりだ。だから、いざという時には、自分の身の方を大事にして欲しい」
いくら聖騎士が付いているとはいえ、魔物相手に絶対なんてない。どんなに高ランクの冒険者パーティーだって、ちょっとした気の緩みやミスで、魔物から大怪我を負わされることだってあるんだ。
「……それもそうよね、分かったわ」
リリアンは肩の力を抜いて、少しだけホッとしたような表情になった。
「そんなことはないとは思うけど、いざという時は使わせてもらうわ」
「うん、応援してる。頑張って!」
リリアンは、はにかんだような笑顔になってくれた。
エラは腰に手を当てて、「ちょっとお二人さん、私もここにいるのよ?」と横でぼやいていた。




